嘘なのか本当なのか

 おなかがいっぱいになったアスタロト猊下げいかは、玉座に身を預けながら、うとうとと寝入ってしまわれました。


 僕は退屈なので、テラスから少しばかり離れて、サルガタナス伯爵はくしゃくとトランプ遊びをしておりました。


「キングのフォーカードです」


「ああ、またわたしの負けか……」


 伯爵は豚のカードをながめながら、うるんだ目つきをなさっています。


「ダミエルは強いねえ。わたしは昔から、勝負ごとには弱くてね」


「何をおっしゃいますか。智天使チェラブの師団を肉塊にくかいに変えたお方が」


「昔の話だよ、昔のね」


 伯爵はかたわらのワインをそっとすすられました。


「おや――」


 ギリギリという音で僕が廊下のほうを向くと、赤いパーカーを羽織ったベリアルきょうが、爛々らんらんとした目つきでやってくるではありませんか。


「あれ、ベリアル卿。どうなさいましたか?」


 伯爵がワインを置いて話しかけました。


「サルガタナス、アスタロトはどこだ?」


「はあ、そちらのテラスに……」


「ふん」


 卿はまたブゥツをギリギリいわせながら、猊下のほうへ歩いていきます。


「おい、アスタロト。寝てんじゃねえぜ、起きろ!」


「ぐが――っ!?」


 卿がテェブルをたたくと、猊下の鼻提灯はなちょうちんが破れました。


「ったく、いびきなんざかいてる場合じゃあねえぜ。てめえは豚か?」


「なんだ、ベリアルか……いったい何事かね? せっかくいい気分で休んでいたというのに。用の内容が内容なら、ただではおかんぞ?」


 眠りを破られた猊下は不快そうです。


 卿は猊下の差し向かいにドンと座られ、太い足を組まれました。


「アバドンがイナゴをまきすぎだ。俺が大事にしてる天使をひねりつぶした泉にまで入り込みやがった。どうしてくれるんだ、あ?」


 卿の体の刺青タトゥーが生き物のようにうごめいております。


「なんだ、そんなことか」


「そんなことか、じゃねえよ! 2億年もかけて熟成した俺の天使汁てんしじるが腐っちまったじゃねえか! この落とし前、どうつけてくれるんだ!?」


「君ね、ベリアル。アバドンはベルゼバブの部下だろう? なぜ彼に直接言わんのだ? わたしのところに来る意味がさっぱりわからないのだが」


「おう、言ったさ。ベルゼバブに直接な。そしたらやつはこう言った。アバドンはいま、アスタロトのめいで動いているとな。ほら、どうなんだよ? 何か言ってみろ」


「……あいつめ」


 猊下は手のひらで頭をペチペチとたたかれました。


「いいか、ベリアル。それは嘘だ。ベルゼバブのことだ、またいつものいたずらだよ。あいつはわたしのことが嫌いでしかたがないからね」


「ふうん、嘘ね。それ、本当か?」


「本当だよ、嘘なのはね。なんならアバドンをとっつかまえて、直接聞いてみればいい。臆病者のやつのことだ。君のその瞳でにらまれたら、たちまちのうちに白状するだろうよ」


「へえ、そうかい。わかった、そうする」


「わかったんだね、いまので」


「なんだ、俺のことをバカにしてんのか?」


「いやいや、そんなことはないってば」


「ふん」


 卿は立ち上がり、またブゥツをギリギリ鳴らして、お帰りあそばしました。


 猊下は冷汗をかいておいでです。


 伯爵がそうっと近づいていきます。


「猊下、いまのはいったい、なんだったのでしょう……」


「知るか。まったく、ここにはバカしかおらんのか」


「認識の不一致でございますね、おそろしや」


「ああ、くだらない。まったく、くだらない」


 猊下は手の甲にあごを乗せて、星の降りつづける空を見つめました。


 そのまなざしははるか遠く、故郷をしのんでいるようにも、僕には感じられたのです。

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