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「えっ、シールさんって結婚してるんですか?」
「そうですよー。厨房に立つこともあるので衛生面でよくないですし、普段は指輪は外しています。ほら、ここに」
シールは襟を少し開いて中からネックレスを取り出す。
先端に指輪が光っていた。
里奈はついつい結婚相手のことを聞いてしまう。
それに答えたのはソルトだった。
「シールの旦那は私の部下だった男だ。私よりも出来る男で、私が異界部隊に移籍して元の隊の隊長を辞してしまったから、後任を彼に任せている。彼なら任せられると思ったからね」
へー、と素直に感心した里奈。
シールがぷっと吹き出す。
「ナイナイ! お兄ちゃんより出来るなんてあり得ないから! この前もお兄ちゃんの後釜がツライってグチグチ言ってたんだから!」
「おいおい、ここは旦那を持ち上げておくところだろうに」
「いいの。お兄ちゃんより出来る出来ないとかは、私が彼に惚れているのと全然関係ない話だから」
シールのその言葉に、ソルトは肩をすくめてみせる。
これを見た里奈は二人がただの仲のいい従兄弟同士なのだと納得する。
そして、さっきまで騒いでいた自分を思い出し、恥ずかしくなった。
なにがイケナイ関係よっ。
もうっ、圭太のせいなんだから! ソルトさんが女癖が悪いってずっと言うから!
神崎先輩と亜美ちゃんにデマカセ教えなくてよかったーっ。
里奈が胸をなでおろす。
シールがぱんと両手を鳴らす。
「そろそろ用意しなくちゃね」
「今日は紅茶じゃなくて、彼女に合わせて――」
「はいはい、その辺はメイドの私にお任せくださいな。でも、お兄ちゃん、そういうとこに気づくからソツがないよねー」
「?」
ソルトたちのやりとりに、里奈は首をひねる。
東屋のテーブルには蓋つきのバスケットが置いてあった。
シールがテキパキと中を取り出していく。
ソルトの前にハムレタスのサンドウィッチが並べられる。
里奈の前にもクッキーが数枚。
「リナ様は今、満腹になるとあとが大変なので、私のおやつのクッキーで我慢してくださいね」
「えっと、これは?」
「今から私の朝食なんだ。少し付き合ってくれると嬉しい。どうかな?」
里奈は戸惑いながらもオッケーした。
シールはその間にも準備を進めていく。
ポータブルの電気ケトルが一瞬でお湯をわかす。
ティーポットに茶葉が入れられ、お湯がそそがれると、香りがただよってくる。
「あ、カモミール」
「リナ様、正解です。詳しいのですね」
「あたしも一応、料理とかするんで。ソルトさん、ハーブティーが好きなんですか?」
「いや、私はもっぱら紅茶派だ」
「なら、なんでハーブティー?」
「ふむ……あまり女性に直接指摘するのは気が引けるが、リナ、目の下にクマができている。昨晩は寝付きが悪かったようだね」
「えっ、うそっ」
「大丈夫ですよ。そこまで目立つものではないので。それでも、気になるようでしたら後でファンデーションをお貸しします」
シールがハーブティーをカップにそそぎ差し出す。
里奈はカップをすする。
はちみつがたらしてあって飲みやすい。ほっと息を吐き出す。
「ソルトさんはいつも紅茶なのに、ハーブティーも用意してあるのね」
「相手の趣味嗜好、体調に応じてお茶を入れられるよう、常に茶葉は数種類用意してあります」
「メイドさんってそこまでするんですか」
「普通のメイドはやらないですね。私はスーパーなメイドなのでっ」
「スーパー?」
ソルトが苦笑しながら、
「王国にはね、メイド検定なる国家資格があってシールはメイド検定1級を持っているんだ。1級は合格者が数パーセントの狭き門で、シールは17才の時にそれを取得した。こう見えてもなかなかの才媛なんだ」
「こう見えてが余計! でも褒めてくれるのは嬉しい!」
「……褒めると調子に乗るところが玉に瑕だがね」
そんな二人の声が遠のいていく。
里奈は昨夜のことを思い返す。
圭太が里奈の世話ではなく、メイドの世話を選んだこと。
なんだ、こんなすごいメイドさんなら選んで当然じゃない。
あたしがどんなに自分の時間を捧げたところで、プロにとってはおままごとレベルのものでしかなかったんだ。
あたしのやってきたことはぜんぶ無価値だったのかなぁ……。
里奈はもうひとくちお茶をすする。
「やば……っ」
メンタルぼろぼろの今の自分にこのハーブティーの温かさはパンチがありすぎた。
涙が次々にあふれてくる。
目の前で二人があたふたし出す。
迷惑をかけていると分かっていても涙をとめることができなかった。
好感度が下がる音が止まらない(異世界召喚編) ヨシケン @yoshiken_desu
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