勇気の一歩が、再生する⑨

 月日は流れ、一年後。都市エリテアはまだ復興の真っ最中だった。進捗度しんちょくどでいえば五分の一の程度だろう。


 しかし第一区域の議事堂は見違えるほどの変化を遂げていた。黒曜石と魔石を加工した鉛色なまりいろの防壁で囲われており、周囲には無数のドローンが浮遊。魔神による二度目の襲撃に耐えうるよう、設計されていたのだ。


 その議事堂、法が制定される白一色の荘厳そうごんな広場。五つの種族ごとに民に選ばれて政治を執り行う権利者である最高総権者メインオーダー。五人を代表して円卓に一人、座していた。


 そしてそこから距離を置いて横一列にしっかりと整列するのはヴァン、シヲン、ドレッド、ディーネの四人。


「このような状況下、此度こたびの招集に応じてくれたことに心から感謝しよう。他の者は都合が合わなくてね。私一人の出迎えですまない」 


 第一声を発したのは。二頭身でずんぐりむっくりとした、なんとも愛くるしい見た目。三毛猫を模した猛獣人族の最高総権者メインオーダー、パックス・ミケだ。見た目に反して重々しい声調をしている。


「やばい、あのモフモフ超絶可愛い! ねぇヴァン、モフっていいかどうか聞いてきてよ」 


 シヲンが爛々らんらんと目を輝かせて、耳打ちでヴァンに頼み込んだ。


――頼むから静かにしてくれ、シヲン……! 怒られるって!


 ヴァンだけでなく、ドレッド、ディーネの三人も同様の思考だった、が。


「はっは、構わない。この後でいくらでもモフってくれ。それだけの重荷を課してしまうからね」 

「やったぁ! ありがとうございます!」 


 パックスはその顔をくしゃくしゃにして笑い、尻尾を振りながらモフモフを許可した。ゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえてくる。まんざらでもなさそうだ。


――いいんですか……流石、最高総権者メインオーダーに選ばれるだけある。寛大かんだいだなぁ。


 だが優しさだけではこの役職は務まらない。パックスはコホンと咳払いをして、雰囲気を一転させた。弓のげんのように張り詰める、空気。


「さて。まず『英雄選定大典カムラ』のはもう知っているかな?」 


 問に対し、ヴァン達はこくりとうなずく。四人は数日前に教師マリから話を聞いている。……実は内心、彼らはその事柄を飲み込めていない。それが、衝撃的なものだったから。


「聖剣の継承者を筆頭ひっとうにしてあらゆる厄災に対抗するための組織『守護公国シールダー・ステイツ』。その隊員募集が目的……ですよね?」 


 ヴァンの返答にうむ、と首肯しゅこうしたパックス。


 そう。「英雄選定大典カムラ」は対厄災の組織である「守護公国シールダー・ステイツ」を構成するための構造システムだったのだ。


 世の安寧あんねいを保つべくして古くから設立されており二千年の歴史が、そこに。この事実は門外不出もんがいふしゅつ。組織の隊員はそうした守秘義務しゅひぎむを課せられる。


 またこの組織は聖剣から入手した情報を基盤にして任務の内容を決定するため、継承者の肩にのしかかる責務せきむの重圧は相当なものだろう。


 パックスが円卓にあったリモコンを操作すると、頭上にモニターが表示された。人名と部隊名が映っているそれを全員で見上げて。


「このように部隊は英雄選定大典カムラで優秀な成績を納めた選手で構成されている。知った顔ばかりだろう? ちなみに見てわかる通りだが君たちの師匠ししょう、マリ君は第一部隊に配属されている。彼女を含め全員、世界有数の実力者たちだ……でもね」 


 少し残念そうな顔をしてうつむきながら、パックスが続けた。


「圧倒的に人員が足りない。理由は単純で、魔王を含めた世界叛逆軍の全員が世界のどこかに行方ゆくえをくらましているからなんだ。しかも、もう彼らの態勢が整うであろう月日も経過して先制攻撃が有効ではなくなってきてしまっている。そこで、だ」 


 晴れやかな笑顔を取り戻して、立ち上がるパックス。


「マリ君から優秀な学生である、君たちにも協力してもらいたいんだ」 


 そして一枚の証書を両手に持ち、そこに記述されている文章を読み上げた。


「ヴァン・ストーリア、シヲン・アルハンゲル、ドレッド・アビシー、そしてディーネ・ルシャ・エインズスラー。以上四名の実力を認め、第五部隊・『プロミッシング』として任命する」 


 四人の顔はどこか、ほこらしげだ。


 それを微笑ましく思いながらも、再び座り込んだパックス。ぽふ、という可愛らしい音を立てて。


「君たちには期待しているよ。次の世代を担う者たちとして……是非ともあの最強の英雄、レイド君を超えてほしい」 


 さて、とパックスがリモコンを再び操作する。


「早速、最初の任務を任せるよ」 


 モニターの画面がエリテアを中心とした縮小地図に切り替わっていく。


「一か月前、世界叛逆軍リベリオン・フォースに襲撃を受けてしまった都市『ガルード』に行ってきてくれ。そして『赫魔石』を回収してほしい」 


 赫魔石。魔石と用法は何ら変わりないが、それよりも莫大ばくだいなエネルギーを内包しており所持しているだけでも相当な戦力となる。それこそ世界叛逆軍リベリオン・フォースとの勢力争いにおいて勝因になりうる資源だ。よって責任は重大。


「頼んだぞ。良い知らせを、待っている」 

『了解!』 


 かくして三日後。第五部隊・『プロミッシング』の初めての任務が、決行されたのだった。しかし……隊員一名が、失踪することとなる――。

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セイクリッドソード・ヒストリア 楪 紬木 @YZRH9

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