勇気の一歩が、再生する⑧

 瑠璃色ラピスラズリの瞳。それと同色の麗しい長髪をゆわえており、騎士を想起させる戦闘衣には鍛え上げられた美麗な肢体したいが現れている。尖らせた耳が特徴的な、森霊人族エルフ。それが彼女、ディーネ・シャル・エインズスラーだ。


 左手を腹部に当て、右手を背面へ回しながら深々と礼をしていることから、育ちの良さがうかがえる。


 シヲンがズカズカと地面を踏みしめて早歩き。ディーネの眼前がんぜんまで詰め寄った。


「ここで会ったが百年目ね、転校生ちゃん。今日こそ白黒つけましょう」 

「その呼び方、やめてくれるかしら? あと今までの試合は全部、私が勝ってるわよね。盤面は黒一色よ」 

「きぃー! な・ま・い・き・なぁー!」 

「シヲンちゃん、だめだよー」 


 飛びかかろうとしたシヲンを羽交い締めにしたマリ。手足をバタバタとさせる、駄々っ子シヲン。マリはやれやれ、といった顔をしてため息を一つ。


「………………」 

「おい、ヴァン? どうしたんだよ」 


 と、ここでドレッドがヴァンの異変に気づいた。ヴァンが彼女ディーネを見ながらほうけて、突っ立っていたのだ。


「おいって!」 

「ああ」 


 これでもかと肩をゆすっても反応が薄い。ヴァンは確かに普段も抜けている所はあるが、いつにも増して酷かった。


「……ハッ」 


 どうやらドレッドが何かに勘づいたようだ。ヴァンと、ひそひそ話を開始する。


「ヴァン、同じクラスだろ。なんか交流とかないのか?」 

「……ない、けど」 

「マジかよ。奥手おくてすぎるだろ。あんな礼儀正しい超絶美人、ほっといたらすぐ誰かにとられちまうぞ」 

「……ドレッド、なんの話してるんだ?」 


 違和感。ヴァンとドレッドの間で、認識の違いが生まれている。


「いやぁ。ディーネのこと、すげぇ凝視ぎょうししてるから。好き、なのかなと」 

「っはぁ!? ち、違うから!」 


 確かに。客観的にその状況を見てドレッドがそう思うのは無理もなかった。それを自覚したヴァンは赤面せきめんする。……だが。


「けど……」 

「けど、なんだ?」 


 少年ヴァンは、彼女ディーネに対して。


」 


 特別な感覚があるのは間違いなかった。かつて自分を救ってくれた青髪の女性。その姿と重ね合わせていたのだ。


「へぇー」 

「なっ、なんだよそれ」 

「いや、頑張れよってこと」 

「絶対なんか勘違いしてるだろ!?」 


 ドレッドはこれでもかとニヤニヤしながらヴァンの恋路こいじ? を見守ることにしたのだった。


 一方で、なんとかシヲンをいさめたマリ。ふぅ、と一息ついて。一転、気合いを入れた面持ちになる。


「さぁ、そろそろ始めちゃいましょうっ! 初戦は私とヴァン君!」 


 マリはヴァンを指さし、声高らかに対戦を宣言した。あわてふためいてしまう、ヴァン。


「ええっ、いきなりですか!? というか先生もやるんです!?」 

「もちろん! プロの戦い方をじっくりと見てもらうよっ!」 


 そしてマリはその場の全員に、これからの未来に賭けるようにして一喝いっかつ


「頑張ってね! 君たちには期待しているから!」 

『はい!』


 それぞれの思いを胸に。想像を絶する猛特訓の日々が、幕を開けた――!




◇◇◇




 地下演習場に備え付けられた、簡易的な宿泊施設。閉鎖的な地下を忘れさせるように自然をイメージした内装は、一人が住むには十分に広い。学園の資金が潤沢じゅんたくであることがここでも分かる。


 明かりを落とした暗い部屋で。一ヶ月、訓練を続けて身も心も憔悴しょうすいしきったヴァンはベッドに寝転がりながら。訓練中に受けた言葉を頭の中で反芻はんすうしていた。


『そんな能力ちからがあってもアタシに勝てないわけ!? どうしようもない程に弱っちいわね! アンタ!』 


 シヲンからの、激しい罵倒ばとうを真っ先に思い出す。繊細せんさいな彼にとって一番効くのはこれだろう。


「自分が一番分かってるよ、そんなこと」 


 め息を、一つ。


 ヴァンは聖剣に宿った力である身体能力向上、予知、生物解析を開放して、演習にのぞんだ。しかし、その場にいる全員が長所を最大限活かせる模擬戦闘において、誰よりもおとる。


『……』 


 ディーネとはほとんど言葉を交わさなかったものの、冷ややかな視線が送られてきていた。これも心労しんろうになるには十分な材料。


――言いたいことがあるなら言ってくれよ。怖いよ。


『まぁ、これから修行すればいくらでも強くなれるって! 頑張ろうぜ、ヴァン!』 


 ドレッドの言葉だ。前向きな感情であるならばそれを正直に受け止めただろう。しかし、今のヴァンにとってはそれすらも心に刺さった。


「ドレッドはああ言ってくれるけど……。一体いつ、結果が出るんだろう」 


 ――あまりに遠い気がする。自分にとって超えるべき存在は魔神であり、レイドさんなんだ。でも実際はどんなに頑張っても、目の前の優秀なみんなにも勝てない。……自分にはもっと才能があるのかと思ってたけど、そんなことないのかな。

 

「もう、やめようかな。俺には荷が重すぎたんだろう」 


 しかし最後に、教師マリからの言葉を思い出す。


『さぁ、もう一度立つんだ。……やめたいかい? ならそれでもいい。これは誰も責める事なんてできないさ。だが、忘れないでほしい。「後は頼んだよ」と、君は託されたんだ。命を賭した一人の人間にね』


「………………」 


 ヴァンは、寝返りをうって。


「……あと少しだけ休憩しよう。そしたら」 


――そしたら。今度こそ、今度こそ頑張ろう。


 胸にともる静かな決意の熱さに枕を濡らし、眠りについたのだった。

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