第9話 事故物件に引っ越したら女の化け物が現れるので追い出してやった話【最終】


 命がけの戦いは始まった。


 服を全て脱ぎ捨て、その上に中身の入った黒いビニール袋を投げた僕は、部屋にいるであろう女に語り始めた。


『 いるんだろ? 出てこいよ。怖じ気づいて姿を現せないのかな・・・? まぁいい、僕の話を聞け。』


 身振り手振りをし部屋の端から端へゆっくりと歩きながら語り掛ける。


『 君は僕を憎らしいのか? だったられよ。出ていかないと命を奪うつもりなのか? だったら殺れよ。愛おしさのあまりそっちの世界に引きずり込みたいのか? だったら殺れよ。』


 挑発に乗ったのか更に大きなラップ音が鳴り響く。


『 殺る気になったか? だが僕は命を落としても構わない。ただ、仮に命を奪ったとしよう。その後はどうする? そこまで考えているのか? 一つ教えてやろう。僕と君の間にはへだたりがある。それは生と死だ。生きた人間の世界と死んだ人間の世界・・・それらは決して交わることがない。もし君に命を奪われれば同じ世界で交わることが出来る。だが僕はそれでも構わないと言っているんだ・・・。ただ──』


 そこで僕は足を止め、両手を広げた。


『 交わることが本当に君にとって素晴らしい報いとなるのだろうか? そっちの世界がどんなものかは知らないが、同じ世界に存在する者同士となった場合は、互いに触れ合うことが出来るんだろう。いいのそれで?』


 今度は浴室の方からも大きなラップ音が鳴り響き、鏡の割れたような音も聞こえた。それでも僕は語り続けた。


『 ごめん、回りくどくて分かりづらかったよな? じゃあハッキリ言うよ。僕をそっちの世界に連れてったら触れ合えるようになる・・・。ってことは・・・何されても構わないって覚悟があるんだよな?』


 そこで僕は例のアイテムを取り出そうと袋を拾って手を突っ込んだ。


『 これが何だか分かるか?』


 取り出したアイテムの正体は、所謂いわゆる大人の玩具だ。それも極太の男のシンボルとも呼ばれるアレの形をしたもの。ちなみにカラーはピンクとブラックの2種類あって、30分程悩んだ結果ブラックをチョイス...6980円。相場は知らないが少し高かった。

 これによる怒りからなのか、部屋の雰囲気は更に一段と重苦しくなり、地震が来たようにガタガタと家具やサッシも揺れていた。逃げなければ本当に殺られるような気がして身体も震える。本能的にそう感じるが、負けるものか。


『 使ったことはないかな? 君はもう逃れることは出来なくなる。』


 僕はそう言いながら玩具のスイッチを入れた。するとウネウネと奇妙な動きを──するはずなのに動かないっ!


『 あ、ごめん電池が入ってなかった。』


 急いで電池を探したがなかなか見つからない。


『 あれ? おかしいなぁ・・・。あ、ちょっと待って。』


 見つからずガサガサあちこちを荒らしている間はラップ音も鳴り止んでいる。

 しゃがみこんで電池を探す姿は物凄くみっともないものだっただろう。全裸だから。


 そして僕はゆっくり立ち上がった。




『 待たせたな。』




 ──電池なかった・・・。 


 

 しかしないものは仕方ない。ここはそのままパワープレイで挑むことにした。

 

『 知ってるか? これは電池に頼らずとも手動で使えるんだ。つまり僕をそっちの世界に連れてったら、君は僕の性奴隷としてあり続けるのだ! 毎日毎日、何年も何年も、永久にっ! これまで溜まりに溜まった欲求の捌け口として一時の自由も与えはしない! 例えこの身体がバラバラにされようとも、首だけになろうとも、肉片...いや、血の一滴になっても永久に喰らい付きまとってやる!生き返ろうが地獄に堕ちようがそんなもんは関係ない! もう一度言う。お前を人とは認めない。女とも認めない。ただただ僕の性処理の道具として、欲を満たすためだけに存在し続けるんだ!! その覚悟があるのか? あるなら殺れよ!!』


『 さぁ、底無しの地獄を与えてやるから殺れよっ!!』


 いつの間にか大きな声を出してしまっていた。気が付くと部屋は静まり返り、女の気配は消えている。さっきまでの重く苦しい雰囲気は嘘のようで、この静寂が逆に不気味にすら思える。

 息を潜めて部屋中を見て回り、ホッとした僕はその場に座り込んだ。


『 か・・・勝った。』



 女の化け物を部屋から追い出すことに成功したようだ。脳裏に電話で聞いたあの声で「さようなら」と浮かんだような気がした。

 そこで携帯の着信に気付き、確認するとZからだ。電話に出ると、どうやら心配でこちらに向かって来ていたらしい。

 それから程なくしてZは到着。玄関のドアを開けると・・・。


 どんなリアクションだったかは想像に任せる。


 まぁ、服を着るのを忘れた上に大人の玩具をしまうのも忘れたのだから、それなりに驚いていたようだが、あったことを話すとZは腹を抱えて笑っていた。


『 マジかよ! その方法で本当に撃退したの? まぁ確かに、見えないし空気も軽い。この部屋にはもういないよな。』


『 だろ?』


『 いや、でもヤバいだろ。結果オーライだけどさ、あの女の人が可哀相に感じてきたわ。もうお前は霊媒師になったらいいよ。』


『 なれるかっ! 悪霊払いで相談者の家にお邪魔する度にこの作戦で挑んでたら捕まるだろ。それに相手が男だったらどーするんだよ?』


『 通用しないだろうけど、それより相手がソッチの趣味だったらネタとしては面白い。』


『 こっちはひとつも面白くないわ! いや、人に話すネタとしてはいいな。』


 そんな会話で盛り上がり、今回の話は幕を閉じることとなった。

 これで安心して快適な生活が送れる。



 と、安心しきって笑い合う僕らの背後に・・・。



 ──黒々とした大人の玩具が転がっている。



 以上で「 事故物件に引っ越したら女の化け物が現れたので追い出してやった話 」は終わり。めでたしめでたし。



 あっ、服着るの忘れてた。

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