第2話 DISC2(#4 #5)
<#4 ディメトロドン>
「グウォオオオン!!」
名状しがたい咆哮が、大気を震わせこの洞窟中に響き渡り、少女三人と「吉田」の耳に届いたのは、その後すぐのことだった。
「魔物?」
サリーナたちは宝探しをやめ、周囲を警戒し始める。
「何? オーク? ゴブリン?」
言いながら、サリーナは早くも腰の宝刀を抜き放っていた。
再びキィンと音がして、コローネの錫杖の先端に魔法陣が灯った。
声のした方の、洞窟の更に奥、真っ暗な空間に錫杖を向けたコローネが言う。
「い、いえ……この反応……そんなもんじゃないです! 間違いなくSランクです! こっちに向かってきます!」
ザリ、ザリ、ザリと……紫石英の結晶を踏み潰しながら、声の主が姿を現す――
全長五メートルかはあろうかという巨大なトカゲ……いや、恐竜だ。
グルゥ……と唸り声をあげたこの魔物を前にして、サリーナとコローネ、そしてクリスの顔に戦慄が走った。
(な、なんだあれ……昔図鑑で見た「
「吉田」は思った。そう、その背中にはとてつもなく巨大な一枚のヒレがそそり立っている。
「吉田」は、この洞窟に来てからの
「な、何ですかアレは! あんなバケモノがいるなんて、き、聞いていませんよ!」
震え声で言うコローネに、サリーナが強気で答えた。
「ふふっ、あたしも見たことないヤツだけど、Sランクだってなら、倒せば相当いいドロップアイテムが出てきそうじゃない? 行くわよ!」
はああと気合いの声をあげて、サリーナは勇ましく魔物に向かって行く。
「地獄で後悔しなさい、今日ここであたしと出会ったことをね!」
サリーナ、魔物に飛びかかると、渾身の力を込めて、大上段から獲物をその頭部に振り下ろす!
ガキィン! と大きな音がして――
サリーナが持っていた高額そうな剣は、次の瞬間、真っ二つに折れていた。
勿論、相手は無傷。
「嘘っ!?」
ヒット・アンド・アウェイで後方に飛びずさったサリーナは、折れた剣を見て茫然とする。それはコローネも同様だった。
「ガアア……」
魔物が、牙だらけの口をかぱっと大きく開けたのが見えた。
キイィンと音がして、その喉奥に金色の光が灯りだした。
背中の巨大なヒレも発光している。
ガッ! と一声吠えると共に、魔物の口から光弾が発射され――棒立ちになっているサリーナを襲う!
「あ、危ないっ!!」
きゃあと悲鳴を上げたサリーナを押し倒したのは、後ろから、全力で走ってきたクリスだった。
光弾が倒れた二人を掠めると……クリスの背中にあった大きな荷物は、一瞬で塵となって消滅した。
外れた光弾は、彼女たちの後ろにあった巨大な紫石英の結晶に向かって飛んでいく。
着弾。ぐわあああん! と大音響が洞窟全体を揺るがす。
靄が晴れると、巨大な紫石英の結晶は影も形も無くなっていた。
やはり、異世界の魔物だなと「吉田」は思った。
彼が生きていた世界の大昔に生息していた
「だ、大丈夫、ですか……」
「あ……」
サリーナ、呆けた感じで、自分の顔の上のクリスの顔をしばらく見ていたが……
「どっ、どきなさいよ!」
我に返ると、クリスをはね除けるようにして立ち上がった。その二人のところに、コローネが駆け寄る。
「い、今のはブレスです! サリーナ様! こいつ、こんな
「ド、ドラゴンなんてあたしが勝てるわけない……にっ……逃げるわよ!!」
踵を返し、逃げ出すハニーデューの二人。
クリスも当然、その後を追おうとしたが……
「あ!」
サリーナがいきなりクリスを突き飛ばし、彼女は仰向けに倒れた。弾みで帽子が飛んで、ボサボサ頭が露わになる。
「な、何をするんですか!?」
「コローネ!」
サリーナはクリスに答えずコローネの名を呼んだ。そしてコローネは錫杖を倒れているクリスに向けて叫んだ。
「
またも錫杖の先端に魔法陣が浮かび、クリスの体は一瞬ぼんやりした光に覆われ、そして消えた。
「え、えっ……か、体が動かない……いっ、一体、なに……」
戸惑いながら辛うじて半身を起こしたクリスの側に来て、サリーナはかがみ込んで言った。
「一つくらい、あたしたちの役に立ってちょうだい、荷物持ちさん。あなたが喰われている間はアイツも動かないに違いないわ……いや、あなたくらいの図体があれば、アイツ満腹になって帰っちゃうかもね」
「そ、そんな……どうして……こんな……」
「わっかんないかなあ! あたしはね、世界で一番美しい、完璧な冒険者なの! クエストに失敗して逃げたなんて、人に知られるわけにはいかないの! ましてやあなたみたいなダッサイ格好の荷物持ちに助けられたなんて、言いふらされるわけにはいかないのよ!!」
鬼と見紛う表情になってサリーナは言い放つと、クリスを置いて駆け出していく、コローネとともに。
(なんて女だ!)
箱の中からこの光景を見て、「吉田」は思った。
<#5 吉田和人は動き出す>
魔物を目前にして――
「にっ……逃げなきゃ……も、もしあたしが死んだら、シェリルが……シェリルがっ!」
クリスには痛いほど分かっていた。万一自分に何かあったら、一人残された妹がこの世界で生きていくのは不可能だと。
力を振り絞って立ち上がり、ふらふらと、出口に向かうが……
「あっ……ああ!」
麻痺した体は思うようにならない。ドサッと音を立てて、仰向けに倒れ込んでしまった。
それでも両肘に力を入れて、少しでも動こうとしたが……ふと横に視線がいって、彼女は「ひっ」と声を上げた。
――紫石英の結晶の陰に、髑髏が転がっていた。
この場所で死んだ冒険者のなれの果てだ。
「あ、あたし……ここで死ぬの? やだ……やだああっ!」
前髪で隠れた目から、涙がこぼれ始めた。
一人残されたクリスがろくに動けない状態と知ると――グルゥと唸ったその顔に、なんやら笑みのようなものが浮かんだ。
一気に襲いかかればいいものを、ゆっくり、ゆっくりとクリスに近づき始めた。
明らかに意図的に、だ。
まるで、死の恐怖を存分に味わえと言わんばかりに。
「シェリル……」
ゆっくり近づいてくる魔物を目の前にして、クリスの脳裏に浮かぶのは妹の笑顔。彼女はある日の晩のことを思い出す。
クリスの家。
小さな木製のテーブルで、クリスと、寝間着姿のシェリル――銀色のロングヘアーの、清楚な美少女――は夕食を取っている。
木製の器に盛られた料理を、木の匙で一口すくって食べたシェリルは、目を輝かせて言った。
「おねえちゃん、このポトフ、すっごくおいしい!」
ほとんど肉は入っていない、野菜だらけのポトフだったが。
「そう!? ねえねえ、お母さんの味に近づけたかなあ?」
「うん!
「よかったあ……ごめんね、今までさんざん失敗作つくって。おかわりあるからね、たくさん食べて!」
「うん!」と、満面の笑顔で答え、ポトフを口に運ぶシェリル――
(シェリル……ごめん。あたし、もうダメみたい……もうご飯、作ってあげられなくてごめん……病気、治してあげられなくてごめん……役に立たないおねえちゃんで、ごめん……)
クリスの目からこぼれた大粒の涙が、頬を伝う。後から、後から……
「こんなおねえちゃんで……ほんと……ごめん! シェリル……シェリルぅ!! ああ、うああああっ!!」
クリスは号泣する。悲痛な嗚咽が、辺り一面に響き渡っている――
◇◇◇
俺は猛烈に腹が立っている。
ああ、そりゃ確かに、異世界の漫画やアニメで、自分が助かろうと仲間を魔物の囮にするヤツはたくさん見てきたよ?
だが大抵、そんなんは
あんな見た目カワイイ女の子が、こんな真似するか、普通!? しかも、自分の
そのせいで、あの人のいいポーターの
彼女の言葉から、シェリルが妹だということは分かる。
あの
(ちきしょう! ふざけんじゃねえぞっ!!)
俺は猛烈に腹が立っている。
あの、文字通り恩を仇で返したポニテの女にも!
鼠をいたぶる猫のような真似をしている魔物にも!
自分を、彼女を助けられる人間に転生させなかった女神にも!
そして……一瞬でも、あんな女に着られたいと思った自分自身にも、だ!
(あの
俺は、転生して以来一度もなかったほどに、自分の意識を集中した。
俺が入った宝箱が、ふわりと、宙に浮かんだのが分かった。
そしてそのまま、もはや彼女の眼前に迫って、大口を開けて涎を垂らしている魔物の方に、猛スピードで向かう!
魔物の頭部に、渾身の、体当たりだ!
「ギャアアアッ!」
どうやらこの一撃、かなりの魔力がこもっていたらしい。
巨大な魔物はふっ飛ばされ、悲鳴と大音響を立てて、紫石英の結晶を砕きながら地に落ちた。
そして俺が入った箱、いや、俺は、ころんと彼女の前に落っこちた。
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