クリスティアと伝説のビキニアーマー・吉田 ~カクヨム限定版~

桃島つくも

第1話 DISC1(#1 #2 #3)

<#1 吉田和人は人を待つ>


 とある剣と魔法の異世界の、とある王国。

 ここは、紫石英の洞アメシスト・ケイブと呼ばれる場所。

 至るところに、大小様々な、自ら発光する不思議な紫石英の結晶が乱立している洞窟。

 そして、魔物も住んでいるが、多くの財宝が眠っているからと、しばしば冒険者が訪れる場所。

 その中心部――紫石英の結晶に覆いつくされ、辺り一面が紫色の光に包まれており、くすんだ宝玉や古びた腕輪、そして幾つかの宝箱が転がっている、開けた場所で……

 この世界に転生した、三十過ぎの会社員サラリーマンだった日本人男性、吉田和人ヨシダカズトは、理想の相手が来るのを待っていた。


 ある日、急に直下型地震が発生し、自分の部屋にいた彼はコミックス(大半は美少女モノ)で満載だった本棚の下敷きになり死亡した。

 彼が意識を取り戻すと、目の前には女神と名乗る、古代ギリシャ風の白い衣装を着けた若い女がいた。

 彼女は言う、その地震で死んだのは彼だけで、その犠牲をもって多くの人命が失われるのが回避されたと。なのでその代償として、彼を異世界に転生させ、更に何か一つ望みを叶えてあげようと。

 彼は即答する、だったらカワイイ女の子と親密になりたいと。

 小太りで顔もはっきり言って不細工、経験ゼロの彼にとって、これにまさる前世の未練はなかったのだ。


 それがまずかったのか――彼が転生したのは「人」ではなかった。

 この紫石英の洞アメシスト・ケイブで気がついた彼は「アーマー」になっていた。それも、上下セットのビキニアーマーに、である。

 色は少し青みがかった銀。上下ともに、つる性の植物――小さな花と、葉と、その間の細いつるを金属で立体的に再現した繊細で美麗な装飾が施されている。

 サイズの方はかなりの攻め攻めだ。

 胸の上方で交差するストラップと、それを留めているチョーカーのような首輪とセットになった「上」の方の面積もかなり小さいが、問題は「下」の方だ。

(おいおい、これって生え方によってはハミ出しちゃうだろ……)

 と、ツッコミを入れたくなるほどの大きさ、いや小ささだった。

「それ、オリハルコンっていうすっごい金属でできてるんですよぉ。良かったですね、魔力は膨大、かつ、絶対無敵の攻撃力と防御力を備えた逸品ですよ~」

 楽しくて仕方ないというような「女神」の声が降ってきた。

「……ふざけんじゃねえ! 親密になりたいってのは、こんな意味じゃねーぞおおおお!」


 洞窟の中で大声をあげても、後の祭りだった。

 かくして、魔法だか剣術だかがカンストレベルで使えるイケメンの少年に転生し、魔物に襲われているカワイイ女の子を助けたら惚れられて、二人で旅をすることになって、宿に着いたら生憎ベッドが一つしかなくて、「あたしが床に寝ます」「いや俺が床に寝るよ」というやり取りの末、同衾することになって、寝ぼけた女の子に「ううん」と抱きつかれて(うっ、寝れない……)という展開が待っている……という彼の極めて具体的な野望は脆くも崩れ去った、のである。

 三日三晩、思いつく限りのありとあらゆる呪詛と罵倒の言葉を吐き続けた後、彼は今後の身の振り方を考え始めた。

(まあ、俺を着てくれると一緒に、異世界で冒険するのも楽しいかもな)

 彼は身だけではなく心も物質アーマーになり始めていた。

 確かに魔力はものすごくあった。

 意識を集中すれば、ふわふわ宙を浮いて自力で移動することもできたし、念動力で周りの物を動かすこともできた。

 いくつか転がっていた空の宝箱の中から、比較的綺麗な物を見つけると、その中に自分の身を収めた。

 この場所で、理想の相手が来るのを待つ――彼がそう決めてから、一ヶ月が経った。


<#2 クリスティア・カートランド>


 石畳が朝露で濡れて輝いている、小さな街。

 煉瓦作りの建物に紛れて建っている、小さな古びた家。

 その中で、十七歳の少女、クリスティア・カートランドは外出の支度をしていた。

 衣服は……まるで炭鉱夫が着るような地味なモスグリーンの上着とズボン、しかも所々繕った跡がある。

 髪の毛は銀髪だが、手入れをしていないせいでネズミ色に見える。ボサボサで、これでちゃんと前が見えるのかというくらい目にかかっている。

 これも古びたベージュの帽子キャスケットを被ると、クリス――知人はそう呼ぶ――はベッドのところに来る。

 愛らしい少女が眠っている――五歳下の妹、シェリルだ。

「シェリル……おねえちゃん、行ってくるね」


 クリスの両親は、三年前、この王国で猛威を振るった流行病はやりやまいに巻き込まれ、この世を去った。

 残されたクリスとシェリル――ただでさえ、少女二人だけで生きていくのは大変なのだが、更に大変なことに、シェリルは生まれつき身体がすごく弱かった。

 ほとんど寝たきりで、毎日薬を飲まないと、いつどうなるかも定かでない。

 決して安くない妹の薬代を稼ぐために――色々考えた末、クリスは、この世界の冒険者たちの業界に身を置くことにした。

 とはいえ、クリスは魔法が使えるわけでも、剣技をはじめとする何らかのスキルがあるわけでもない。当然、魔物と戦えるわけでもない。

 だが、妹とは対照的に、女の子にしては大柄で、頑健に生まれついた彼女なら「荷物持ちポーター」の仕事は十分にこなせた。

 誰か冒険者の手伝いとして雇われ、クエストに同行し、報酬の一部を手にするため、彼女は今朝も冒険者ギルドの建物に向かう。

 大抵の場合、冒険者たちから見下され、まるで奴隷のようにこき使われる。

 分け前だって、普通に商店等で働くよりは上とは言え、そこまではもらえない。

 そして勿論、魔物に喰われる危険と隣り合わせ――

 はっきり言って楽しい仕事ではないが、文句は言っていられない。

「ぃよーし、今日も一日、がんばるぞっ」

 そう言って気合いを入れると、クリスは眠っている妹を残し、一人石畳の路に足を踏み出す。


<#3 ハニーデュー>


 今日この紫石英の洞アメシスト・ケイブにやって来たのは、「ハニーデュー」と言う名の、冒険者の少女の二人組コンビだった。

 一人はポニーテールの赤い髪、ミニスカ、へそ出しの大胆な衣装、腰に豪華な造りのロングソードを携えた剣士の少女、サリーナ。つり目で気が強そうだが、体型プロポーションも完璧な超のつく美少女。

 もう一人は細身で、白系の衣装、黒いストレートの髪の上に頭巾を被り、手には金属製と思しき錫杖を携えている魔道士、コローネ。眼鏡をかけていて、その奥の瞳はやや細い。

 そして今日彼女たちがポーターとして雇い、大きな、そして重そうな荷物を背負っていたのが、クリスティア・カートランドだった。

 ハニーデューの二人はクリスとは生まれが違う。サリーナの赤い衣装やコローネの白い衣装は、飾り布や金糸、銀糸の刺繍も施された、大層美しいものだ。

 クリスのみすぼらしい格好とは、天と地ほどの差があった。

 この中心部に来るまでの道中で、クリスは他の二人に歩みが遅いだの、どんくさいだの散々罵られていたが、我慢しながらついてきていた。


  ◇◇◇


「よおし、お宝を探すわよ~」

 俺の耳に、声が聞こえた。

(おっ、誰かやって来たな)

 何やらワイワイ話しながら、二人の少女が近づいて来る。

 痩せた魔道士の少女は明らかに、理想と違う。

 しかし、もう一人のポニーテールは……腰に、造りの良さそうな剣を携えている。

 間違いなく少女剣士だ。

(キタ――(゚∀゚)――!!)

 前世の某掲示板に、昔これを書き込んだのと同じノリで叫びたい気分だった。

「んっ?」

 彼女の方も、ここにいくつかある宝箱の中から、俺が入っているそれに目をとめたようだ。

「ねえ、これなんか、イイものが入ってるんじゃない?」

 傍らの魔道士にそう言いながら、ポニテの少女が俺に近づいてくる。

 顔もカワイイ、ちょっと気が強そうだけど。

 そして、大胆な衣装が似合う、完璧な身体の曲線……まさに美少女・オブ・美少女だ。

(ぬふふふふふふ……)

 俺は、そのが自分を装着したほとんど裸の姿を想像して……思わず笑ってしまった。我ながら薄気味悪いとは思ったが。

(よおし、いいぞぉ……さあ、この箱を開けるんだ!)


  ◇◇◇


「サリーナ様、待って下さい」

 宝箱を開けようとしたサリーナを、コローネが止めた。

 コローネは錫杖をその宝箱に向ける。キィンと音がして、錫杖の先端に丸い魔法陣が浮かんだ。

 それからしばらくして……コローネは言った。

「何やらとてもよこしまな気配を感じます。多分、ミミックですね」

「ミミックぅ!?」

 サリーナは、その宝箱を開けずにしばらく眺め、そして――

「ちっ、へんに期待もたせるんじゃないわよ!」

 言いながら、宝箱を激しく蹴飛ばした。

 彼女はかなりのキック力があったようで――「吉田」が入った宝箱は宙を舞い、三人組の後ろの地味な姿のポーター……クリスの前に、逆さまになって落っこちた。

(おいおい、ひどくねーっ!?)

 「吉田」は思った。その「彼」を――

 クリスは箱の向きを直すと抱え上げて、脇の方に運んでいく。

「ちょっとあなた、何してるのよ!」

 大声で尋ねたサリーナに、クリスはちょっとオドオドとして、答える。

「い、いや、ミミックだったら、他の冒険者の方が開けたら大変なんで、目立たない場所に置かなくちゃと……」

 その声で「吉田」は、この帽子を被ったポーターが女の子だと初めて知った。

 「バッカじゃないの!? ほ、他の冒険者なんてどーだっていいでしょ! そんな暇があったら、とっとと他を探すのよ、他をっ!」

 目をつけた宝箱がハズレだったことの苛立ちも相まって、サリーナはクリスにきつく言うと、怒った様子で先に進んでいく。

 コローネ、そしてクリスはその後を追う。

 大きな紫石英の結晶の陰に置かれ、取り残される「吉田」。

(どうやら今日もダメか)

 「吉田」は落胆した。しかしその一方で、こうも思っていた。

(それにしてもあのポーターの……人がいいなあ)

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