ここからが本番です


 ゴールデンウィークが明けた火曜日。

 放課後の部室に、装束に身を包んだ寺野くんによる祓詞が響く。彼が対面しているのは、あたしが作った生首。人形には魂が宿りやすく、ホラー映画の製作現場では怪奇現象が起こりやすいという理由から、双子がお祓いを依頼したそうで……。


「オレ寺野だけど、神職のヒトなんだわ」


 うん、見ればわかるよ……。としかコメントしようがないことを教えてくれたあと、寺野くんは演劇部の活動に行くため部室を後にした。


 あたしは生首に近づき、両手でそっと表面をなでる。実はこれ、壊れたデッサン用の石膏像を、先週ホームセンターで買ってきた石粉ねんどでコーティングして作ったんだ!


 ちなみに同じ要領で、骨格標本さんに演劇部の衣装を着せ、顔と手に肉付けして死体に変身させた。でも彼は理科準備室から追いやられてここにいるだけでゴミじゃないので、元のガイコツ状態に戻した。


 リンとリクは『まったく、映画制作用のねんだというのに!』と不満を漏らしたあと、フリーマーケットで手に入れた映画ポスターのお礼です、とプレゼントをくれた。

 ねんど造形に便利な、スパチュラのセット。初見、医療器具みたいな見た目にびっくりした。動画サイトでそれぞれの扱い方を学んで、ねんどを盛ったり切ったり、継ぎ目をならしたりを繰り返しながら、顔のパーツを作り込んでいった。

 粉にした石と薬品を混ぜた石粉ねんどは、固まったら彫刻みたいに削ることできる。サンドペーパーで表面をつるつるにしたあと、絵の具で色を付けたんだけど。


 明るい場所で改めてじっくり観察すると、双子が評価したとおり「まだまだ」の仕上がりだ。これではニセモノだと丸わかりだ。紙ねんどでハムスターを作るのとはわけが違うみたい。

 くやしい。もっと修行が必要だ!



「コンテスト⁉︎文化祭で上映するための映画を作るんでしょ?」


 リクが工作台に置いた紙には、『青春映画祭・中学生部門 応募用紙』と書いてある。


「文化祭を目標にしても、文化祭レベルの作品しか作れません!」


 リンが、キッとにらんでくる。


「まだどんな内容にするかもあやふやだというのに、早急すぎないか?」


 宇石くん、もっともなコメントです。


「先に、団体名を決めていただきたいと思いまして。次期部長であるもえか先輩に」

「えー!荷が重いんだけど!」

「十が一、センスのない名前しか出なかった場合にそなえて、他の先輩方もお考えください」


 万が一でしょうがっ。位を下げるな!


「……『旧技術室のちびっ子たち』はいかがでしょう?」


 茉里栖さん、あたしと宇石くんを仲間はずれにしないでっ。それなんか元ネタあるの?


「『なかよしシネマファクトリー』。いや、

『わいわいムービースタジオ』のほうが語感がいいか」


 作るのホラー映画だよ、宇石くん⁉︎

 ところでシネマとムービーって、どう違うんだろう?


 もっとこう、みんなの絆を感じられるような名前がいい。えーと。絆って、つながりだよね。つなぐ……接合……接着。あっ!


「せ、『接着グルーガンズ』ってどうかな⁉︎」


 あたしが言い放つと、場が沈黙した。

 はいはい、どうせセンスないですよっ。


「……『接着』は、いらないと思いますわ」

「ああ。グルーガンは接着に使う道具だから、『馬から落馬』みたいな違和感がある」

「それでは『グルーガンズ』で!」

「意義のある方は?いらっしゃいませんね」


 な、なんかあっさり決まった!

 でも重要なのは団体名ではなく、作品だ。

 あたしが生み出した造形物が映画を通して、誰かの心を強く動かすかも。そう考えたら、早く手を動かしたくてしょうがなくなる。

 目標は大きく持てというのなら。

 いつかあたしは、プロの特殊造形アーティストになりたい!



 『Yuki YASUHARA: movieはアメリカ、cinemaはイギリスで一般的な呼び方だよ。志戸さんたちが作る映画、楽しみにしてる。元気でね』


 リュックの中で、ピロン、とスマホが通知音を鳴らした。

 


(了)

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

グルーガンズ、製作中! 田口葵 @kiyomushi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ