thank you for you!

 うなされている襲撃者たちを、あたしと寺野くんでゴミ捨て場まで運搬。宇石くんも手伝おうとしてくれたけど、ゾンビメイクで外を歩いたら小さい子が泣いちゃうのでお断り。

 全員運び終え、撤収作業に加わった。


「高校生の集団も、あんなにお化けをこわがるんだね」


 何気なくもらした本音に対し、作業用ゴム手袋をはめたリンとリクが反応する。


「彼らは、楽しいパーティーが行われているものだと思い込んでいましたから」

「われわれはウソを見せたのではなく、現実を作り出したのです」


 前に言ってた、フィクションの現実世界ってやつか。


 階段に飾ったペーパーフラワーや輪飾りを取り外して、展示パネルを倉庫に戻す。それからみんなで、血のりにまみれた場所をせっせとぞうきんがけ。終わったら、村井さんお手製の臓器ゼリーとババロア(ラズベリー味)を食べながら休憩!


「……できればずっと取っておきたいくらい、クオリティが高いですわ……」


 茉里栖さんが嘆息すると、みんな宇石くんゾンビが引きずっていた死体&階段の上に現れて襲撃者たちを驚かせた生首のところにやってきて、ぐるりと周りを囲んだ。


「そそそ、そうかなぁ……⁉︎」


 頭をかくと、双子が「「まだまだです」」と厳しい目を向けてくる。


「しょうがないじゃんっ。作業時間が一日半しかなかったんだし」

「作ってるときの志戸さん、運慶みたいでかっこよかったよ」


 村井さん、褒め方が独特っ。でもありがとう!寺野くんがしげしげと見ながら、


「どんなふうに作ったん?」


 と、そのときだった。


「おーい」


 誰かを探しているような男性の声。みんなの肩が、同時にびくりと上下した。たぶん、いや、明らかに校舎内から聞こえた。


「まさか、高校生たちが戻ってきたの⁉︎」

「そ、そういえば。リーダーっぽい人が、口から飲み物を噴き出してふざけてた。睡眠薬の効きが悪くて、起きちゃったのかも」


 おびえる村井さんをかばいながら、みんなで部室の中に避難する。 


「寺野。入ってきたら取り押さえるぞ」

「おっけ。急急如律令〜」

「……口をこじ開けて、今度こそエンジェルトランペットの汁を飲ませてさしあげますわ……」


 ま、茉里栖さん、香水ビンに入れて持ってきてたのか。何者かは、ついに三階に上がってきたようだ。廊下を歩く足音が二重に聞こえ、宇石くんが「二人いるのか」と臨戦態勢をとる。


「おーい。誰かいませんかー」


 ……え。この声ってまさか!

 あたしは弾かれたように走り、引き戸を開けて廊下に飛び出した。そこにいたのは、


「泰原先輩!……と、蜂谷さん」

「わぁ!」

「きゃっ!」


 ギターケースを背負った泰原先輩と、横にいる蜂谷さんが飛び上がった。先輩のほうはあたしだと気づくと安心した表情になった。しかし蜂谷さんは、目を見開いて固まったままだ。


「志戸っ。だいじょうぶか⁉︎」

「……蜂谷エリナ。何をしに来たんですの」


 宇石くんと茉里栖さん、それからゼリーを食べて口の周りを真っ赤にした村井さんと寺野くんが、部室からぞろぞろ出てきた。

 蜂谷さんの口が、がばりと開く。

 怪鳥の鳴き声のような叫び声が、北校舎に響き渡った。いつものモデルウォークはどこへやら、ガニ股でばたばた後ずさる。


「いやぁぁ!助けて許して、ごめんなさいいぃ!」


 きれいにセットした髪をむちゃくちゃにかきむしると、床の上を転がったあげく、きゅうっと大の字にのびてしまった。


「蜂谷ちゃん、こわいの苦手?」


 全員がぼうぜんとするなか、寺野くんがぼそっと声を発した。


「何があったのか、説明してくれる?」


 有無を言わさぬ口調で、先輩はあたしたちの顔を見回しながら言った。

 

 蜂谷さんをスマートにお姫様抱っこすると、先輩はあたしに向き直った。


「……悪いけど。素直に『ありがとう』とは言えないよ。そんなに危ないことをする必要があったのかな?」


 ぐうの音も出ない正論だ。でも、あたしは意志を強く持って気持ちを伝える。


「友達を危険にさらしたことは、反省してます。でも、腹が立ってしかたなかったんです。いろんな人の思いがこもったパーティーを、逆恨みで台無しにするようなヤツらに」


 だから、一発くらわせてやりたかった。


「ちょっと待っててください」


 あたしは部室に駆け込むと、部屋の隅に立てかけてあった段ボール製のフォトアイテムを持ち出して、ふたたび先輩の前に立った。


「……それは。志戸さんが、新入生歓迎会のときに作ってくれたものだよね」


 マンガのフキダシ型に切り抜いた段ボールを白く塗って、『よろしく!』とか『人見知りでごめん』とかセリフを書いたもの。

 歓迎会では、卒業アルバムに載せる写真を撮影する。こんなのがあれば緊張も解けて、写真が苦手な人でも楽しめそうだなって、なんとなく形にしてみただけだった。


 でも、もし誰かが気づいて使ってくれたらうれしいと期待して、設営のときに黙って会場に置いてきたんだ。


『志戸さんがすてきなものを作ってくれたおかげで、とても楽しい歓迎会になったよ』


 撤収作業中、そう声をかけてくれた先輩。なぜ制作者があたしだとわかったんですか⁉︎と聞いたら、設営のときイベント部で一人だけまじめに作業をしてる女子がいたから、あの子だと確信したって。


「はい。ただ切って色を塗って、字を書いただけですけど。それでも先輩は、あたしが作ったものを認めてくれました。だから、ありがとうの気持ちを込めて、パーティーの準備をがんばってたんです。友達に手伝ってもらって。なのに無関係なヤツらがそれを台無しにしようと……ああ〜、ムカつくっ!!ざけんじゃねー!!」


 とうとつに怒りを放出させて、荒い息を吐くあたし。でも、先輩は動じない。


「志戸さん。落ち着いて」

「はぁ、はぁ……。すみませんでしたっ」

 

 それから静かにほほえんで、


「……僕の方こそ、ありがとう。最高の経験ができてうれしかった。でもまさか、自分が見ず知らずの人たちとバンドを組んで、ライブハウスで弾き語りをすることになるなんて、夢にも思わなかったよ」

「すみません!お忙しい中、とんでもないサプライズを仕掛けてしまって……。だけどあたし、」

「わかってる。志戸さんが『そんなひどいヤツらのためにパーティーがなくなるなんて許せない』って爆発してたって、ライブハウスのオーナーさんから聞いたから」


 そして先輩は、蜂谷さんの身体を抱え直すと、あたしのそばに来た。


「イギリスでの生活は、不安なことだらけだけど。もし理不尽な目にあったときは、さっきの志戸さんみたいにちゃんと怒る。『ざけんじゃねー!!』って思いを歌とギターにぶつけて、スカッと気持ちを切り替えて。……それからまた、『完璧』を目指してがんばるよ」


 先輩が、チェシャ猫みたいな顔をする。


「お、応援してますっ。あたしも楽しみながら、完璧な作品を生み出せるようになるために、腕を磨いていくので!」


 いったん目を覚まして、状況に気づいてまた失神しちゃった蜂谷さんといっしょにタクシーに乗り込んだあと、先輩は車窓越しに何かを見せてきた。あれは、芝生公園で先輩に使ってもらったピック。

 たぶん、じいちゃんが勝手にあげちゃったんだ。……でもいい、許す!

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