恐怖大作戦(後)
【三階・旧技術室】
午後六時半。双子が北校舎の入り口に設置したカメラに、四つの影が現れた。
「来たっ。寺野くん、あいつら?」
「だと思う〜。リーダー格っぽいヒトの髪型が、同じだし」
カメラも、今あたしたちが見てるPCモニターも超高画質だから、細かい特徴までよく見える。丸刈り頭で、右側面にイナズマみたいな剃り込み。なるほど、音声は聞こえないけど、いちばんえらそうに振る舞っている感じ。
「ウェルカムドリンク、飲んでるよ。きゃあ、口から噴き出すなんて、下品!」
信じられない、という面持ちの村井さん。
いかにも楽しいパーティーが繰り広げられてますって雰囲気を演出して、相手を油断させる。招かれざる客にわざわざウェルカムドリンクなんて用意したのは、そのためだ。ドリンクを置いた机の周りには、宇石くんと浮田くんが修復した、かわいいお化けのパネル。じいちゃんが亜蘭ちゃんに無断で貸し出したスピーカーからは、陽気なロックミュージックが流れている。
芥高校の四人組は、らせん階段を上り、二階にたどり着いた。
さあ、恐怖の始まりだ!
【二階・廊下】
「だっせえ。幼稚園かよw」
階段の手すりを飾るペーパーフラワーをむしりとって、ポイ捨てする丸刈り。他のヤツらも同調し、笑い声を立てる。
そのとき、いきなり廊下の明かりが消えた。窓という窓をすべて暗幕で塞いであるので、辺りは完全なる暗闇と化す。
「うおっ!ビビったあ」
「おーい。停電したんすけどー!w」
驚きを隠すように、へらへら余裕そうな態度を見せ合う四人。すると今度は、スピーカーから流れる音楽が切り替わった。
……暗闇に響く、和楽器の調べ。
「なんなんこれ?気持ち悪ぃ……」
ついに一人が、おびえを見せた。
その瞬間、音楽が止まり、明かりがついた。するとゆるやかにカーブを描く廊下の向こうから、かすかに、ずるずると何かを引きずるような音が聞こえてきた。
「だ、誰かいんの……?」
顔を引きつらせる彼らの前に現れたのは。
口から血をしたたらせ、竹光中の男子生徒と思わしき死体を引きずるゾンビだった。
黒目がない、真っ白な眼球。
死体からえぐり出したらしい臓器をむさぼりながら、こちらに歩いてくる!
「「「「ぎゃあああ!」」」」
絶叫しながら、階段を駆け上る四人。
それを見送った『ゾンビ』は、耳につけたインカムに手を添えた。
「こちら宇石。茉里栖、聞こえるか?」
『……はい』
「気をつけろよ」
『ええ』
【一階・分電盤前】
「こちらリン。みれい先輩、明かりをつけます。ご準備を」
「リン、ドジなもえか先輩から報告です。うっかりプレイリストをシャッフルしてしまい、ラップ音ではなく、祇園祭のお囃子を流したとのこと」
「暗闇に流れるお囃子……。それ、いい演出ですね!」
「まったく。ケガの功名といいますか」
【三階・旧技術室】
「ぎゃー、ミスして変な曲を〜!」
リンのタブレットから指を離して頭を抱える、音響係のあたし。
「志戸ちゃんドンマイ。でも祇園祭は京都で行われる大切な神事だから、変とか言わないであげて」
村井さんが、両手を握り合わせて祈る。
「……みれい、気をつけて……」
【三階・廊下】
「あいつ何すか⁉︎」
「知らねーよ!」
「上がってくるから、早く行けって!」
「おまえら、モタモタすんなや!」
必死で最上階まで逃げようとする四人。いちばん下っ端らしいヤツが、三階から四階へと続く階段の一段目に足を乗せたとたん、すべって後ろにひっくり返った。そして、腰をさすりながら前方を見て、
「わぁぁぁーーーっ!」
と絶叫した。先ほどのゾンビが食い荒らしたものなのか、血にまみれた無数の臓器が、階段いっぱいに撒き散らされている。そして踊り場から見下ろす、生首……。
「ううぇっ!」
「向こう!向こう逃げよう!」
吐き気をもよおしながら後ずさり、廊下の奥に逃げようとする四人。
……行く手をはばむように、『悪霊』が立っていた。学校という場所にそぐわない、黒いロングドレス姿だ。目は落ちくぼみ、陶器のような青白い顔には、細かくひびが走っている。ぼうぜんと眺めていると、『悪霊』は口から大量の血を吐き、
「心臓よこせぇぇぇぇ!」
この世のものではないことを決定づけるような、恐ろしげな声を放った。とたん、『悪霊』の身体が、すーっと平行移動を始める。
「ぎゃあああ、来る!」
円形の廊下において、『悪霊』と不良たちによる追いかけっこがぐるぐると繰り広げられる。そして何周かしたあと、
「おいお前ら、上に逃げるぞ!」
リーダー格の丸刈りが決死の表情で、内臓を踏まないよう、手すりに背をこすりつけるようにしてらせん階段を上り始めた。
「い、行き止まりかよ!」
「……なあ、さっきここに首あったよな?」
「覚えてねーわ!いいからさっさと入れ!」
ようやく四階に到着すると、彼らは目の前にある引き戸を開け放ち、中に飛び込んだのだった。バーンと引き戸が閉められる。
【四階・視聴覚室前】
すかさず寺野くんが飛んでいき、出入り口を施錠っ。展示パネルを並べて作っておいた小部屋に、襲撃者たちを閉じ込めた。
「よっしゃ〜」
「やったね!」
「み、みれいと宇石くんは⁉︎」
しばらく階段下に顔を向けていると、ゾンビ&悪霊がそろって姿を見せた。ぎゃっ、正体がわかっててもめちゃくちゃこわいっっ。
「……激しく疲れましたわ……」
「みれいっ。無事でよかった!」
村井さんが、血のりで汚れた茉里栖さんの口元をふいてあげる。
「こら志戸。なんだ、あの雅な音楽は。気が抜けそうになったじゃないか」
ご、ごめーん!……ああ、でも、
「こうやってしゃべってると、生きてるってわかって安心する。もし宇石くんがゾンビになっちゃったら、あたし悲しすぎて、どうしていいかわかんないよ」
胸をなで下ろしながら言うと、なぜか宇石くんがガチッと硬直した。えっと、ゾンビ役、気に入ったのかな?
「……心配するな。おれは死なない」
「お〜し。こっからは厳かにいくよん。志戸ちゃん、ベースよろしくぅ」
寺野くんが、やる気に満ちた様子で深呼吸する。あ、マジでやるんだね……?と苦笑いしつつ、あたしも背中からケースを下ろし、エレキベースを取り出してストラップを装着。
「助けてくれぇぇ!」
「開けろ、開けろよぉぉ」
視聴覚室の中からは、引き戸やパネルをドンドンたたく音が絶え間なく聞こえている。
……ベースを構え、ピックで弦を弾く。
ボン、ボン、ビョン、と連続で鳴らす音に合わせて、寺野くんが祓詞を唱え出す。
ちなみに小部屋の内部には、黒く塗りつぶした上に白い蓄光顔料を使ってびっしりと梵字を書いた段ボールが、三方向に立てかけてある。もちろん寺野くんによる作品だ。
四人には、真っ暗闇に字が浮かんでいるように見えていることだろう。
いや、こわすぎるわっっっ!
「わ、私がこんな目にあったら、泡をふいて倒れちゃうかも……」
村井さんは、ドン引き。
「……ウェルカムドリンクに、睡眠薬でなくエンジェルストランペットの汁を混ぜておこうかとも考えましたが。そんなことする必要もないくらい、恐ろしい仕打ちですわ……」
茉里栖さんと村井さんが好きだというエンジェルストランペットの花には、猛毒があるそう。なんでも、強い幻覚を見せるとか。
かわいい名前なのに、凶悪すぎない⁉︎
やがて睡眠薬が効いたのか、視聴覚室の中が静かになった。てか、効く前に気絶しちゃってそうだけど……。
「寝る前の記憶って、定着しやすいよね」
村井さんが、サラッといちばんおそろしいことを言った。
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