恐怖大作戦(前)

「……あめり。後ろを通りますわよ」

「わぁっ。みれい、すごく上達してる!」

「……ありがとうございます。体幹が鍛えられますわね、この乗り物」


 乗り物……双子が三万円で買ったバランスボードから降りた茉里栖さんが、村井さんと手を取りながら笑顔を交わし合う。


 きのうの朝、浮田くんから事情を聞いたあたしは、激しい怒りを感じた。もちろん、高校生たちに対してだ!

 迎え撃ってこらしめてやりたい。思わず口に出すと、宇石くんと茉里栖さん、意外なことに双子も同意した。そこで、とある計画を突発的に立ち上げたのだ。


 実行するにはもう少し人手が必要だったので、宇石くんは寺野くんに連絡した。

 そして、茉里栖さんから、村井さんに。


『……断られてもかまいません。わたくしはもう、一人ではありませんから』


 気丈な発言とはうらはらに、送信ボタンを押そうとする指はふるえていて。

 村井さん、来てくれてよかった……!

 二人とも、すっかり親友どうしに戻ったみたいに見える。


「みんな。血のりを何種類か作ってみたんだけど、どれがいいと思う?」


 村井さんがプラスチックのカップを持って、大きな声で呼びかけた。三つあるカップにはそれぞれ、色の濃さが異なる赤い液体がほんの少しずつ入っている。わらわら集まってきた六人が、それぞれ批評を始める。


「「こちらは、外しましょう」」


 双子が同時に、右を指差す。


「イチゴジャムを、イチゴシロップで溶いたの。味はいちばん無難だけど、鮮やかすぎるせいでつくりものっぽくなっちゃった」


 村井さんによる解説が入った。


「おええ〜」


 真ん中のカップからすくった液体をなめた寺野くんが、唇をすぼめて身もだえする。どれどれ、あたしもいただきますっ。……あ、うん。ゲロゲロバーって感じの味。


「おしょうゆとイチゴシロップ。色味は濃くなったけど、ちょっと味に問題が……ううっ」


 げ、村井さんも口に両手を当て始めた。

 ダメージを受ける三人を見て、宇石くんと茉里栖さんが血相を変えてあわて出す。


「おいしくしろとは言わないが、せめて口に含んで耐えられる味にしてくれ!」

「……想像するだけで、気絶しそうですわ」


 そして残る一つ、左!個人的な感想として、これがいちばん本物っぽい気がする。水で口をゆすいでからミニスプーンを突っ込んで、なめてみると。


「んっ。おいしくはないけど……そんなに気持ち悪い味でもないかも?」


 続いて試食した寺野くんも、同じように感じたみたい。そして重要となる、宇石くんと茉里栖さんからの反応は。


「うん。おれは、いけそうだ」

「……わたくしも平気です」

「よかった!これで決定にするね」


 ちなみに何と何を混ぜたの?と質問すると、村井さんはあたしと寺野くん、双子にだけ耳打ちして教えてくれた。……おぅふ。

 なるほど、先入観を持たない方がいいっ。


 おのおの担当する作業に没頭しているうちに、いつの間にか陽が傾いていた。


「……宇石さん。そろそろ、メイクをいたしましょう」

「そうだな。よし、頼む」


 茉里栖さんが、工作台に置いたコスメポーチを開く。黒いレースとリボンがたくさんついた高級そうなポーチから、どんどんコスメやメイク道具を取り出して並べていく。


「このコンパクト、見たことある!」


 亜蘭ちゃんに楽屋のゴミ捨て頼まれたとき、不燃ゴミの袋に混ざってたんだよね。


「……舞台用の油性ファンデですわ。『ビビッドヴァンプ』や、多くのビジュアル系バンドのメンバーさんが使っていらっしゃいます」


 なるほど。あのヴァンパイアみたいな青白い顔は、こんなのを塗ってできあがるのか。


「……メイクに抵抗がないのですね。意外ですわ」

「緊張するが、『はしゃいじゃお!』のおにいさんも、毎日メイクをしているんだ。おれもがんばって、挑戦してみる」


 小さい子以外にも教育効果が出ているなんて、番組制作に関わった人たち、夢にも思わないだろうなぁ。


「先に、カラコンを入れましょう」

「コンタクトか。これも初めてだな」

「練習用にたくさん持ってきましたので、心配ございませんわ」


 ……茉里栖さんがイスに座った宇石くんの前に卓上ミラーを立てて、カラコンの装着方法を教えてあげている。とても距離が近い。


 それと、今まで表情にばかり注目していたせいか特に気にしてなかったけど。宇石くん、めちゃくちゃかっこいい……!

 ひぃ、なんか耳が熱い。もしあたしがグルーガンだったら、すでに中身がとろけてる。

 ……よく分からないけど、今すぐこの場を離れるべきだ。本能が告げてきたとき、


「志戸ちゃん。こっち来て展示パネル運んでくんね?」


 寺野くんが手招きしてきたので、これ幸いと駆け寄る。


「……宇石さん。視線はまっすぐに」

「ああ、す、すまん」


 背後から、茉里栖さんの厳しい指導が聞こえる。がんばれ宇石くん、あたしは逃げる!


 視聴覚室に、せっせと展示パネルを運び入れる寺野くんとあたし。かけっこや球技に関してはナマケモノ以下だけど、腕力はかなりあるんだよね。これも父さんからの遺伝かも。


 出入り口が左側にあるとして、上から見るとカタカナの『コ』の字になるように、展示パネルを並べる。


 つまり、円形をした部屋の内部に、さらに四角い小部屋を作るイメージだよ。


「寺野くん。協力してくれてありがとう」

「なーに言ってんの。村井ちゃんといっしょに、毒リンゴのお礼だよ。事件が起きちゃったの、やっぱちょっとだけオレのせいでもある感じだし、贖罪も込めて〜」

「だから、寺野くんは少しも悪くないよっ」


 去年、今夜襲撃してくる芥高校の生徒たちにナンパされていた、他校の女子たちを助けたという竹光中の男子。それは、寺野くんだったんだ。


「ごめん、どうやって助けたんだっけ?ちょっとインパクトが強すぎたせいで、逆にうろ覚えで……」

「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前!」


 関節が目立つひょろっとした指が、すばやく組み替わる。けだるげな話し方からは想像もつかない、空気を切り裂くような発声!


「さすがにビビって、声出なかったわ。ほんと、蠹居棊処ときょきしょでやんなっちゃうね〜」


 む、無言だと、かえってこわいかも……。

 蠹居棊処は、悪いヤツはどこにでもうじゃうじゃいるって意味なんだって。


「すべてのカメラおよび、ブラックスミスのオーナー様からお借りしたスピーカーの設置が完了しました」

「文彦先輩。みごとな九字切りです」


 サカサカ動き回っていた双子が整列した。


「みんな、お疲れさま。ぜんぶしっかり固まってるよ。家庭科室を勝手に使っちゃったこと、バレないといいけど……」


 村井さんが、ぷるぷるとした赤黒いものが山盛りになったバットを運んできた。


「これホントに食べられんの〜?」

「さっきのジャム入りイチゴシロップかけたら、おいしいんじゃないかな⁉︎」

「見た目、シャレにならん感じよ?」

「……おい」


 背後から低い声が。寺野くんと顔を見合わせ、おそるおそる振り向くと。

 そこにいたのは、凶悪なゾンビ!


「ぎええええ!」

「……お待たせいたしました」


 ゾンビの背後から、悪霊も姿を現した!


「……………!」


 目を回すあたしと、無言かつ高速で九字?を切る寺野くんとは対照的に、村井さんは拍手喝采で大絶賛。双子もパシャパシャと、タブレットで写真を撮りまくる。


「みれい……。よく似合ってる!」

「目線、こちらに!」

「もう少し、人間味を無くしてください!」


 ものすごくカオスな景色だ……。

 口の端を引きつらせたとき、首から下げておいたスマホが、ピロ、ピロンと連続で通知音を鳴らした。浮田くんから写真が二枚送られてきたみたい。


「あ。涼くんとツーショット撮ってる……」


『照明やってくれるおにーさん♡やさしい♡』


 アプリを使って文字入れしてある。


「それでこっちは……あっ!」


 二枚目の写真には、年齢も性別もバラバラな三人の姿が。


 頭の上でドラムスティックを交差させた帆南ちゃん。奥にいる優しそうなタレ目のお兄さんは、実は茉里栖さんが推してるビジュアル系バンド『ビビッドヴァンプ』の『ヴィル様』。新しい機材車代を立て替えてやるからといって、じいちゃんが出演を強要……お願いしたのだ。


 そして、帆南ちゃんに合わせて腰を落としつつギターを構えているのは、泰原先輩!


『ユウキ先輩のさよならライブパーティー!はじまるよ〜♡』


 じいちゃんプロデュースの、即席バンド。

 先輩、がんばってください!

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