真実が明かされる
「なんなの、これ……!」
土曜日、パーティー前日。蜂谷さんは部室の中を見渡して、思いきり眉間にしわを寄せた。反応から察するに、やはり事情を知らないらしい。
彼女に寄り添う兵働さんが、
「自作自演に決まってんじゃん!そこにいるウソつき女が、ウソで同情買って、こいつらにやらせたんだよ!」
茉里栖さんを指差しわめき散らす。自分は純然たる被害者で、悪者はあたしたち。
そう思っているがゆえの強気な態度だ。
「兵働、黙れ」
「うわぁ、こわぁい!ヤンキーににらまれたんだけど!」
「いいよ宇石くん、放っておこう。……ごめん蜂谷さん。見ての通りのありさまだから、会場の飾り付けは無理になった。輪飾りとかペーパーフラワーなら用意できるけど、そんな庶民的なのはイヤなんだよね?」
一歩、二歩と歩みを進め、あたしは蜂谷さんと対峙した。長いまつ毛に縁取られた目に、おびえが走る。
「……わたし、やってないわ」
「わかってる。犯人は特定できたから」
驚愕の表情を浮かべる蜂谷さん。
「誰だっていうの?」
「それは教えられない。ごめん」
「そーだよね!自分らだもんね!」
兵動さんが歯をむいたとき、
「まのんちゃん、やめてぇ……」
ふるえる声でうったえながら、遅れて部室に入ってきた人物。
「はぁ?」
「広夢、どこにいたのよ。あなたに呼びつけられて来たのに、この人たちしかいないし」
二人の視線の先では、浮田くんがカーディガンのすそを強く握りしめて立っている。いつものゆるふわな雰囲気が消え去り、今にも泣き出しそうだ。
「……ごめんなさい。ボクがやりました。体育のとき、恭哉くんが文彦くんに『部室のカギが壊れていて、施錠できない』って話してるのを聞いて、夜に忍び込んだの」
「ど、どうしてそんなことを……!」
「ファミレスで、他校の女の子たちとご飯食べてたら、学校にかっこいい男子いる?って話題になったんだ。それでボク、ユウキ先輩について熱く語ってしまって」
パーティーを開催することのみならず、日時から開催場所までぜんぶ話したらしい。
それを、隣のテーブルに居座っていた男子高校生たちに聞かれてしまった。
「お手洗いに行ったら、芥高校の制服を着た人たちが騒いでいて……」
『去年、他校の女子たちカラオケに誘ってたら、竹光中の制服着たガキにジャマされたよな。あれマジしんどかったわ』
『ユウキって、ワンチャンあいつな可能性あんじゃね?』
『お〜?これは、お隣のテーブルに突撃インタビューさせてもらう流れっすか?w』
『やー、それよりも……』
パーティーに突撃して、『ユウキ』がそいつだったらボコってやる。そんな計画をぶち上げて笑う高校生たちに、浮田くんはなすすべもなかった。
パーティー自体が中止になれば、泰原先輩や蜂谷さん、他の参加者たちを危険にさらさずに済む。そう考えて反抗に及んだ。以上が、さっき浮田くんが自供した内容だ。
『実は、暗所に強い機材を選定する目的で』
『毎日、異なるカメラを設置してから帰宅しておりまして』
あんたらもあんたらで何してんのっ。というツッコミは後回しにして。
とにかく双子がカメラを確認してみると、浮田くんが映っていたのだ。そこであたしは、彼のラインに動画を転送した。
「明日の早朝、旧技術室に来い。断ればこれをクラスラインに投下する、って脅迫して」
もちろん、そんなつもりは毛頭ない。
理由を問いただしたかっただけ。
「浮田は、部長や蜂谷、兵働たちを守ろうとして、軽率な行動を取ってしまった。……許さないが、責めるつもりもない。それがおれたちの総意だ」
宇石くんが言い切った。
「浮田くん、蜂谷さんや兵働さんたちを呼んで、自分がやったことを謝りたいって。だからあたしも現場責任者として、いっしょに謝罪させてもらうことにしたんだ。……頭下げる気にはならなかったけど」
「だって、もえかちゃんは悪くないもん!」
目に涙を浮かべる浮田くん。蜂谷さんは納得できない様子で、
「待ちなさいよ!こんなバカなことする前に、まず副部長であるわたしに」
「報告するべき。とでも?……ふふっ。それこそ、愚かなことではなくて?」
耳にした者すべてを氷漬けにするような、ひどく冷たい笑いが響いた。これまで沈黙を守っていた茉里栖さんが、蜂谷さんに向かっていく。つま先がぶつかるくらいまで距離を詰めると、
「もし彼が、自らが原因でパーティーを中止せざるを得ない事態になったと素直に報告してきたら?あなたは彼をどうしますの?」
「……っ!」
「SNSは全てブロック、クラスラインからも追放。まるっきり存在を無視しつつ、思い出したように笑い物にする。……ヒマつぶしの玩具といったところですわね」
蜂谷さんは芯から凍りついたように、動かない。今の茉里栖さんを見れば、上級悪魔だって翼を畳んで縮こまるだろう。
「ひとたび機嫌を損ねれば、たちまちのうちに人権剥奪。そんな実例を見せられた上で、自分のせいですごめんなさい、なんて真っ正直に言える人間がどこにいて?……足りない頭で、少しは考えなさいませっっ!」
茉里栖さんが、蜂谷さんにつかみかかった。「きゃああっ」と抵抗する蜂谷さん。とっさに兵働さんが茉里栖さんの腰にしがみつき、引き剥がそうとする。
「離せ、離せよ!ウソつき女のくせに、逆ギレしてんじゃねーよ!」
ほとんど超音波みたいな叫びに、みんな思わず耳を押さえる。
「ウソなんかついてませんわ。よく覚えておきなさい。わたくしは『カゲコ』!神奈子じゃないっ!」
茉里栖さんが本格的に蜂谷さんを絞め殺しにかかろうとしたところで、宇石くんが割って入って制止した。のどに手を当て、けほけほと苦しそうな咳をする蜂谷さんに、あたしはきっぱりとした口調で言う。
「パーティーは、中止になんかしないよ。ぜったいにやる。飾り付けなしでも」
「かっ、飾り付けどうこうの問題じゃないでしょう……。芥高校の集団が来るっていうのよっ。あの乱暴者が集まる男子校……っ」
「そう。だから会場を変更するの」
ぽかんと口を開ける蜂谷さんと兵働さん。
「場所は、浮田くんから追って連絡してもらう。二人とも、おしゃれして来てね。長い髪はきちんと結んで、ヒールは禁止」
意味わかんない!と捨てゼリフを残し、兵働さんはひとりで部室を出て行った。
「ジャマですわ。そこ、空けておいてくださる?」
茉里栖さんにぴしゃりと言われ、蜂谷さんも所在なさげに辺りを見回すと、引き戸の向こうに消えて行った。
「浮田。損害分、きっちり働いてもらうぞ」
「ごめんなさい、恭哉くん。ボクがんばって、お化けちゃんたちをよみがえらせるから!……痛っ」
「足、だいじょうぶ?あの踏み台はグルーガンを使って仮組み立てしただけで、ビス止めもしてなかったから」
カメラには、浮田くんがペンキをぶちまけた瞬間、乗っていた踏み台が崩壊するさまが記録されていた。そのとき、右足首をねんざしてしまったらしい。
「……なぜ、このリンゴを骨格標本の頭の上に置いたんですの?」
最初に仕上げて、美ヶ丘先生にボツにされたほうの毒リンゴ。
「演劇部に渡さなきゃいけないのものだから、汚しちゃダメだと思って。だからガイコツさんに持っててもらったの」
うん。演劇部に頼まれて作った小道具だって、浮田くんに説明したもんね。
「みれいちゃん。さっきは、ボクの味方をしてくれてありがとうっ……」
「……こちらこそ」
一言だけ返し、茉里栖さんはそっぽを向いた。朝に呼び出したとき、浮田くんの口から語られた真実。美術の時間、木工に向かない瞬間接着剤でくっつけた木の箱を渡したのは、善意からの行動だったという。
『瞬間接着剤って、無敵なイメージがあったから。趣味のハンドメイドでは布用ボンドしか使わないし、違いが分からなくて』
ちょうど家に木工用ボンドがなく、お父さんの部屋から使い古しの瞬間接着剤を持ち出したそう。
あたしは、浮田くんをずるい人だと思っていた。積極的に攻撃せず、『そんなことしちゃダメ〜』と諌めるような体で、嫌がらせを煽って。
……それがまさか、本心だったとは。
『ごめんね、みれいちゃん。ボクこんなだから、誰も本気で相手にしてくれなくって』
茉里栖さんに頭を下げる浮田くんを見て、胸が痛んだ。見て見ぬふりをするあたしと違って、彼は精いっぱい、茉里栖さんを助けようと行動していたんだ。
「これから、蜂谷さんたちとの関係がどうなるかは分からないけれど。……少なくとも明日の夜までは、浮田くんは仲間だよ」
「共犯者というべきかもな」
「……うんっ。ありがとう」
三人でうなずき合ったとき、にぎやかな声が聞こえてきた。ほどなくして部室の出入り口に、大荷物を抱えた集団が現れた。
「ただいま〜。見てこれ、三万円よ〜?双子ちゃん、やべえリッチじゃん〜」
両手に持った長方形の箱をためつすがめつ、感嘆する寺野くん。その背中には、冷蔵庫や洗濯機を梱包していたのであろう、めちゃくちゃ大きいサイズの段ボールの束が。
「家電量販店の店員さん、とっても親切な人でよかったね」
ぱんぱんになったエコバッグ二つを手に提げた村井さんが、苦笑いを浮かべる。
「従業員教育が行き届いていますから」
「喜びの声として、社長に伝えます」
おそろいのリュックをしょったリンとリクが言った。……そういうアンケートって、社長さんも目を通すのかな?
とにかくこれで準備オッケーだ。
「浮田くん。泰原先輩にラインしといてくれた?」
「うんっ。ばっちりだよぉ」
よし。時間はたっぷりある。
泰原先輩がすてきな思い出を作れるよう、あたしと宇石くんで力を合わせて準備したパーティー。そこに土足で押し入って、めちゃくちゃにしようとする最低なヤツら。
あたしたちが、タダじゃおかないよ!
同時刻。
「ここ、だよね?だけど看板には『美日庵』って書いてるし、どう見たってお弁当屋さん……」
スマホを確認しながら首をかしげる、ギターケースを背負った美少年。いきなり彼の長い足に、強烈なローキックが入った。
見下ろすと、小学生くらいに見える小さな女の子がほっぺを膨らませている。髪型も相まって、まるで凶暴なハムスターだ。
「おそい!こっち!」
ぐいぐいと袖を引っ張ってくる。
「えっと……こんにちは。お兄さんと間違えちゃったかな?」
しゃがんで目線を合わせ、王子様スマイル。しかし、女の子には通用しない。
「さっさとこい、やすはらゆーき!」
「え、どうしてぼくの名前を……」
そうしてわけもわからぬまま、罪なき美少年は、鬼たちが待つ地下へと引きずり込まれていったのだった……。
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