第5話 余命一日

「はぁ……」


 口から漏れ出た声はしわがれた男の声であった。


 ため息を付いて、緑の茂る地面に腰を下ろす。

 いよいよ自身の身体が完全に老化した影響か、いつもよりも数時間か早く目が冷めてしまった。


 朝の市場に顔を出すと誰も俺のことを「賢者様」「エッケハルト様」などと呼ぶこともなく各々仕事に取り掛かっているようであった。


 そのことにわずかに寂しさを感じながらゆっくりとした足取りで市場の通りを進んでいく。


 四日前に訪れたマスターの喫茶店はまだ早朝ということもあり準備中の看板が立て掛けられていた。更に向こうにあるコックのおじさんのお店は定休日であった。


 何も食べずに家を出てしまったことからどちらかで朝食をと考えていたが、どちらの店も閉まっている以上別の店を探す他ないだろう。


 あぁ、人生の最後はマスターの珈琲で締めくくりたかったのだが。


「賢者様……??」

「おや」

「やはり、エッケハルト様でしたか」

「マスターじゃないか」


 食材を買い足しから戻ってきたのか、俺の振り返った先には紙袋を抱えるマスターの姿が。

 そして、こんな姿となっている俺が『賢者エッケハルト』であると気づいてくれたようですぐさま駆け寄ってくれた。


「流石だなマスター。やはり俺のカリスマ性が溢れているせいだろうなぁ」

「いえいえ、単純に感じ取った魔力の流れがエッケハルト様でしたので」


 喫茶店の扉を開けながら、マスターは俺の冗談を真面目にぶった切った。

 馴染みのあるエプロンを身につけると、カウンターの前で先程買った食材を補充し目の前に座った俺と向き合う。


「ところで今日は何をご注文しましょうか?」

「いつもの珈琲と、パンケーキを一つ」

「了解いたしました」


 珈琲豆の入った瓶を棚から取り出し、マスター愛用の抽出機の中へと流し込まれる。珈琲の香ばしい香りがふわりと広がり。しばらくすると抽出された深紅色の液体が垂れていった。


「やりたいことはできましたか?賢者様」

「そういえばそんなこと言っていたなぁ。まぁ昔の旧友と恩人への挨拶は済ましてきた。昨日はマルクと賢者継承の儀を行って賢者の座を継いでもらったし、お陰で残り少ない余生はのんびりとすることができるよ」

「そうでしたか」


 苦笑いを浮かべながらそんな事を口に出せばマスターは静かに頷き俺の言葉に耳を傾けていた。


「賢者に就任したのが俺が十五歳のときだったから約七年間しか賢者の役目を果たせなかったのかぁ。もしかしたら歴代最短の賢者かもしれない。まぁ賢者としての功績は歴代トップだが」

「確か騎士団では【殲滅の賢者】なんて呼ばれていましたっけ?」

「そうそう!魔物の軍隊を罠に嵌めて、俺の魔法の餌食にするっていう作戦が成功したときについた名前だなー」

「魔物も運が悪かったんですね。こんな賢者と相対するなんて」


 こんな、とはどういう意味だろうか?

 首を傾げて見せればマスターは「そのままの貴方ですよ」とだけいい、それ以上は口にしなかった。

 マスターは俺のことを非道で好戦的な賢者だと言いたいのだろうか。いや、まぁ今までの行いを振り返ればそう捉えられても間違いはないが。


「色々あったけど、悪くない人生だった」


 マーガレットと出会って俺の人生に光が差した。


 マーガレットが俺の前からいなくなってからも、マーガレットの残してくれた『魔法』が俺の人生そのものになった。

 魔法が俺を賢者という人間に仕立て上げてくれ、人々から敬われる様になった。

 マルクという弟子ができ、俺は師匠という立場となって毎日美味い飯が食えた。


「悪くない人生だった。でも、まだ心残りが無いといえば嘘になるかもな。それでも悔いが残らないように天に行かなければならない」

「悔いが残らないように……。そうですね、きっと賢者様なら悔いの残らない人生を送ってから人生に幕を閉じることができると思いますよ」

「そうだといいがな」

「きっと大丈夫です」


 後押しされるように頼んでいた珈琲も差し出され、嗅ぎ慣れたその香りを楽しみながら一口口に含む、柔らかな舌触りはすっと口に馴染んで程よい温かさは心を落ち着かしてくれるようであった。


「ん?マスターパンケーキは?」

「賢者様とのお話で忘れてしまっていました。すぐ用意しますよ」


 マスターの珍しい姿に頬を緩ませながら最期の瞬間に思いを馳せる。



 残り数刻、悔いのない終わりのためには――。

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【カクヨム甲子園頼む呼んでほしい】余命五日の賢者は星になる ときたぽん @tokitaponn3014

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