通知があります

薬瓶の蓋

通知があります

電子音が鳴った。


朝の通勤快速の中である。私はスマホを取り出した。


――サイレントモードにし忘れたかな


スマホはサイレントモードになっていた。


――誰か他の人の通知だったか。あれ?


スマホの画面上にアプリからの通知が来ている。


「あなたをフォローしているユーザーから更新の督促が来ました」


そんな機能、いつ出来たのだろうか? 私は好奇心が抑えきれず、不自由な姿勢の中でスマホを操作した。


「〇〇さんから更新の督促が来ています(1/5回目)」


〇〇さんはいつも♡マークや☆を付け、感想を残してくれる熱心な読者だ。

早速新しい機能を使って応援してくれているのだろう。すし詰め状態の車内で私は少し笑みを浮かべるとスマホをポケットへ戻した。


「〇〇さんから更新の督促が来ています(2/5回目)」

「〇〇さんから更新の督促が来ています(3/5回目)」


午前中は業務がたてこみ、部下のやらかしもあり、ようやく遅い昼食をとろうとした私はアプリの通知を消去した。


――3/5回目ってなんだ? 更新するまでの間に送れるのは5回までなのかな?


だとしたら、読者からの応援メッセージが貰えるのは自分が更新した後までおあずけか、と少し残念になると同時に、今夜は寄り道せずに帰宅して新作の構想を練ろうかな、などと思う。


「〇〇さんから更新の督促が来ています(4/5回目)」


業務終了を待っていたのはそんな通知だった。


――○○さん、熱心だなあ。


都心のオフィスを出て、郊外の自宅へと戻る。

自室のパソコンを立ち上げ、いつものウェブ小説サイトにログインすると通知が来ている。

フォローしている作家達の更新情報や、コンテストのお知らせだ。


「〇〇さんから更新の督促が来ています(5/5回目)」


他の作家たちの新作に目を通し、感想を書き、自分の小説に書かれた感想に礼を述べていると遂に5回目の督促通知が来た。


――○○さん以外はこの機能、使ってないんだな。


自分をフォローしてくれているユーザーは他にもたくさんいるが、督促してきているのは○○さんというユーザーだけである。

すぐそばで充電しているスマホにアプリからのお知らせが表示された。


「○○さんからの督促が上限に達しました。座標を送信します」


「は?」


思わず声が出た。

スマホを操作して通知を確認しようとするが、画面ロックを解除したときには通知は消えていた。


ぴ、ちょん。 ぼとっ


真後ろから音がした。部屋の照明が瞬く。

振り向くと天井の照明器具の隣から髪の長い女が生えていた。全身濡れたようにぬらぬらと光っている。手入れの行き届いていない長い髪からは不潔そうな何かが滴り落ちていた。


「ねえ……」


天井の女が口を開いた。


「更新……いつしてくれるの?」


これはまずい部屋から出よう、と足を踏み出す。その足首が掴まれ、愛用のゲーミングチェアが後ろから猛烈な勢いで膝裏に当たる。私は思わず椅子に崩れた。椅子が机に向かって戻って行く。


「ダメよぉ……まだ書いてないじゃないの」


瞬きをしない昏い目の女が床から浮かび出てくる。思わず女の頭を蹴ると、あっけなく女の頭は半分に砕けた。途端に両足首が強烈な力で掴まれ、椅子ごと180度回転させられてパソコンに向き合わされる。


「まだ、出来上がってないじゃない」


視界の左端に天井からぶら下がってきた女が揺れる。


「書くのに、足って使わないわよねぇ」


机の下にある足元から女の声がした。足の親指が誰かに咥えられた感覚がある。


右耳に吐息がかかる。

見えないところギリギリあたりに女がいる。ぼさぼさの髪の毛が見えたような気もする。


――もし、今夜中に新作を公開できなかったらどうなるのか?


私は一日の疲れで朦朧となる意識を振り絞ってキーボードをたたき続けた。

頭上の女が狂ったように回転して髪の毛が広がっている。


青いボタン「公開に進む」「今すぐ」を選択したところで上下左右の女が消えた。


朝、当然のことながら寝不足である。

私は駅のゲートをスマホをかざして通り過ぎる。

――今日は早く帰って寝よう。


その画面にはアプリからの通知が表示されているのを私はまだ知らなかった。


「〇〇さんから更新の督促が来ています(1/5回目)」





終わり



実装されたらあの人とあの人とあの人とあの人に督促します。うふふ。

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