ねがいのだいしょう

K-enterprise

代償の大小

「僕の願いは、死んだ人を生き返らせてもらうことです!」

「はい、了解しました」


 神様は確かにそう言った。


「……あの、そんな簡単に承諾してもいいんですか?」

「あのですね、全地球人ジャンケン大会で優勝した褒賞ですよ? そのくらいのことができずに神を名乗れませんし、そもそも『どんな願いでも叶える』なんてデカい口は叩かんでしょうが」


 荘厳なたたずまいの神様だったが、話してみると意外とフランクな口調だった。

 

 いやいや、口調なんてどうでもよろしい。

 大事なのは僕の願いを叶えてもらえる言質を取ったということ。


「今更その願いは無理ですとか言わないでくださいよ」

「君も、後になってその願いを変えてくれなどと言わないようにね」


 そんなこと言うもんか。

 僕にとって大事なおばあちゃん。

 若いころは食料不足で困ったけど、頑張って大きな農家にしたんだよ、などと笑顔で語るおばあちゃんをずっと見てきた。

 僕は最後の孫ということで、本当に可愛がってもらったんだ。

 就職して、やっとこれから孝行を始めようってときに、おばあちゃんは交通事故であっけなく死んでしまった。

 その日は、僕の初任給で一緒にご飯を食べに行く予定だったんだ。


 成人男性があんなに泣いてみっともない。

 お葬式の最中、両親に苦笑と共にたしなめられたけど、僕にとってかけがえのないおばあちゃんだったから、恥ずかしさなんてちっとも感じなかった。


 そんな時だった。

 地球上に暮らす人々の頭の中に声が聞こえたのは。


『80億人達成記念。全地球人ジャンケン大会を開催します! 対戦相手はランダムで選ばれます。負けた人は今回のジャンケン大会の記憶を失います。最後まで勝ち進んだ一人の願い事をなんでも叶えてあげましょう』


 なんのこっちゃ。

 と思う間もなく、その時隣にいた叔父とジャンケンをした。

 僕はパーを出し、叔父はグーだった。

 負けた叔父は呆けたような顔をして虚空を眺め、僕の前には親戚の中年女性が近づいてきた。

 じゃんけんぽん。

 また勝った。

 お葬式の会場で僕は全勝し、負けたみんなはしばらくぼんやりした後、普通に動き出した。頭の中に聞こえた声の通り、誰もジャンケンのことなんか覚えていなかった。


 それから僕は、いろんな場所でいろんな人に勝ち続け、セネガルから来たという少年に勝ったところで、なんだか不思議な場所にいた。

 真っ白い世界の中に、きれいな女性が僕を向いて立っていた。


 神と名乗るその女性に願い事を問われた時、僕の頭の中にはおばあちゃんの笑顔があり、僕の願いに迷いはなかった。


「僕の願いは、死んだ人を生き返らせてもらうことです!」


――――――


「君も、後になってその願いを変えてくれなどと言わないようにね……それで、どこに生き返らせばいいの?」


 しばし回想にふけっていた僕は神様の言葉に思考を巡らせる。


「……どこって、死んだ場所……ではなく住んでいた場所でいいんじゃないでしょうか? えっと、まさか肉体が無いと戻せないとか?」


 僕がジャンケン大会で勝ち進んでいる間に、おばあちゃんの葬儀はとっくに終わっている。もっと言うと、遺骨はお墓の中にある。

 お墓の中から、骨の欠片で構成されたおばあちゃんが這い出る姿を想像して身震いした。


「肉体はちゃんと五体満足で再構成するわよ。ついでにその人が一番戻りたい肉体年齢まで戻してあげましょう」

「おお!」


 それは素晴らしい。おばあちゃんは若いころに苦労したから、もう一度青春をやり直したいなんて言ってたもんな。きっと僕と同じくらいの歳で復活するに違いない。


「ただ、当然のことながら一人では生きられない状態で亡くなった場合は面倒なのよね。簡単に言うと赤ちゃんなどの未成長個体の話なんだけど」

「……えっと、僕のおばあちゃんは六十歳を超えているのですが」

「……なんでここで君のおばあちゃんの年齢が出てくるのよ」

「……えっ?」

「えっ?」


 二人して首を傾げ合う。


「僕の願いは、おばあちゃんを生き返らせてほしいんですけど」

「……なるほどね、博愛主義の夢想家だと思ったけど、ただの独善的なおばあちゃんっ子だったわけだ」


 やれやれといった口調で呆れられ、さすがにカチンときた。


「神様でも言っていいことと悪いことがあるでしょう? 僕がおばあちゃんっ子で何が悪いんです? 僕にとっての大事なおばあちゃんを生き返らせる願いのどこが悪いんです?」

「君は、死んだ人を生き返らせろと言って、私はそれを了承した」


 神様は僕の問いに答えず淡々と告げる。


「了承した以上変更はできない。だから後になって願いを変えろなんて言うなと念押しした。ここまでOK?」

「……お、おけ」


 神気とでも言うのだろうか、神聖な圧に半歩後ずさりしながら首を縦に振る。


「この地球上でこれまで死んだ人の数は1121億3512万8393人、ちなみに君の願いを聞いた瞬間で締めきっているのでそれ以降死んだ人は対象外ね。この人たちを現世に出現させるとなると、さすがに衣服の支給はできないから環境によっては即死もあり得るので、どこに生き返らせるの? って聞いたつもりなんだけど、そもそもの話に齟齬そごがあったのね」


 苦笑する神様。

 混乱する僕。


「せんひゃく億?」

「1121億3512万8393人」

「えちょまって」

「参考までにどのくらいの面積が必要かと言うとね、まあざっくり1122億人として考えた場合、起きて半畳寝て一畳って言うでしょ? で立位で出現させると二人で一畳、561億枚の畳の面積が必要なの」

「たたみ561おく」

「一畳が1.62平方メートルだから90882平方キロメートル必要なの。北海道には入らないけどポルトガルには入る感じね」

「あんざん、はや」

「スペース的には何とかなりそうでしょ? でも問題はさっきも言った通り出現場所と食料なのよ。地味に排泄問題も深刻ね」

「ごはんとうんち……」

「現在の地球全体の食料生産量は実は150億くらいは賄えるのよ。でも人口が一気に14倍になる訳だから大量の餓死者が発生するの。もっとも言語も文化も知識も差があるから秩序崩壊からの大規模な騒乱で全滅必至ね」

「……なんとかなりませんか?」


 突拍子もない現実に幼児退行していた精神がやっと戻ってきた。


「まあ、願い事をするならもっと計画的に考えて言いなさいよってことなんだけどね」


 神は呆れたように笑う。

 僕も引きつった笑いを返した後、聞いてみる。


「……えっと、おばあちゃんだけ生き返らせるってのは無しですか?」

「おばあちゃんを含めた1121億3512万8393人とおばあちゃん一人を天秤にかけるってこと? 大量殺人鬼も真っ青ね」

「こ、殺すわけじゃないし!」

「同じことよ。再生できる機会を奪うってことなんだから」

「そんな……」


 確かに僕が不慮の死を遂げて、死後の世界にいるところで、もう一度生まれ変われるかもなんて聞いた後にやっぱり無し、なんて言われたらその判断したヤツを呪い殺す自信がある。


「それにもう遅いわよ。言ったでしょ? 変えるのは無しって。すでに再生準備は滞りなく進んでいるからね。まあさすがに全員を生まれ変わらせるまでには時間がかかるけど」


 くっ! もう決定事項なのか。

 僕が要求を明確にしなかったばっかりに、このままでは今この世界に生きている人々さえも死なせてしまう。


 ……まてよ。

 時間がかかる。

 そして、神は僕に生まれ変わる場所を聞いてきた。


「神様、提案があります」


―――――


「国王陛下、農林水産省です。今期の食料生産量は消費量を上回り、備蓄と加工食品転用率がプラスに転じました」

「国王陛下、国軍からの報告です。ついに最後の核関連貯蔵施設の接収が完了しました」

「陛下、工業産業省です。兵器から農機への転用計画は90%を越えました」

「最後は私からじゃな、品種改良していた新小麦の収穫率は既存種の160%を超えたぞ」

「おお、さすがおばあちゃん!」

「馬鹿者! ……うら若き少女におばあちゃんなどと言うではない」


 僕より五つも年下の少女は赤い顔をしてプリプリと怒る。

 若く生まれ直すとは予想していたけど、まさか15歳で戻ってくるとは思わなかった。ドン引きだよおばあちゃん。


「ようやくここまでこれたのう」


 執務室には僕とおばあちゃんが残り、渋い緑茶で喉を潤しながらしみじみと言った。


「ホントだね、いろんなことがあったよね」


 神様は願い事自体は変えてくれなかった。

 でもそれを実行するための条件は僕の要求を飲んでくれた。

 僕が神様に要求したのは三つ。


 一つ目は、最初におばあちゃんを生き返らせること。そもそもそこが大前提だったのでこれは譲れなかった。

 二つ目は、生き返らせる人数と場所を指定すること。

 目視できる範囲に指定した人数を呼ぶことができたが彼らは裸で出現するので、最初は衣料品を用意した状態で呼び出した。たまに赤ちゃんも含まれるので、弱者保護は最優先で対処した。

 ただ、一年で100億人以上を生き返らせるノルマは課せられた。単純に、再構成した肉体を保管する場所が無いため、もし僕が呼ばなくても勝手に僕の周囲に溢れるらしい。

 三つ目は、生き返った人は基本的に僕の指示を尊重してくれること。

 もちろん、自死や殺人を教唆するといった、本能的な禁忌に関わる命令はダメだ。あくまでも、お願いを聞いてもらう的な要請には驚くほどスムーズに意思を汲んでくれた。

 神様のサービスで、現代社会の知識や言語、僕の目的などをインプットしておいてもらえたのも大きかった。


 まず、若く生き返ったおばあちゃんに、これまでの経緯とこれからの計画を全て話した。

 怒られるかと思ったけど、優しく頭を撫でられ「なあに、生前の苦労に比べたら可愛いもんじゃ」と不敵に笑いかけられた。

 そしてまず三日かけて日本を掌握した。

 生き返らせる対象はランダムだったので、それなりの犠牲はあったけれど数の力は圧倒的で、その瞬間で日本の人口は三億人を突破していた。まあ二億人近くが味方をしてくれるわけだから、なんでもできるよね、うん。


 その後一年で世界政府を樹立し、それから三年で世界の総人口は500億人を超えていた。

 工業力は全て農地開拓に集中させた。

 軍事力というか兵器の類は、山を崩し地を慣らし岩を砕く道具となった。

 エネルギー技術も科学技術もほとんど全てを食料生産に特化させた。

 幸いだったのは、過去の英傑たちが、その伝説に違わぬ叡智と行動力を存分に振るってくれたことだ。

 残念ながら軍事大国の説得と治安維持には多くの犠牲を伴ったが、なんとか500億人が暮らせる世界になった。


「後、700億人か……」


 生き返らせる約束はまだ道半ばだ。

 すでに浮島都市を初めとする海洋進出も果たしている。

 そしてもう農地の拡大は限界値を迎えていた。


「お前の願いが無駄じゃなかったことを、おばあちゃんが証明してやる。なぁに、戦後の何もないところから復興した私らにとって、この程度は軽いもんじゃ」


 僕の弱気に対し、おばあちゃんはそう言って執務室の窓から夜空を見上げる。

 すでに月表面の居住空間建設と、スペースコロニーの建設は始まっている。

 生まれ変わる人たちの出現場所を選べる以上、費用の掛かる宇宙船といった移動手段を講じる必要もなく、生活空間さえ作っておけばよい。

 もちろん口で言うほど簡単ではないけれど、復活した人たちが率先して作業に取り組んでくれるのが大きい。

 そしてそれらの計画は全部おばちゃんが主導してくれた。


 願いには代償がある。

 そして願いの大小に応じてその代償は変化する。


 つまり願いと代償のバランスは取れている。

 ならば状況を理不尽と嘆くより、思考と行動によって願いを加速させてしまえばいい。

 どこまでも自分の願いを貫く覚悟を持てばいい。

 代償すらもはるかに超える結果を紡ぎあげてしまえばいい。


「どうした? そんな呆けた目で私を見て」


 僕の願いは神様に曲解されてしまったけど、それでも僕が願った結果は成ったのだ。


「ううん、なんでも。これからもずっと、僕を助けてよおばあちゃん」


 僕より年下の祖母は、優しい笑顔でニコッと笑った。

 いつか見た遺影のおばあちゃんにそっくりだったけど、怒られるからそれは言わない。



―― 了 ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ねがいのだいしょう K-enterprise @wanmoo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画