予知夢を見る男

朝倉亜空

第1話

 荷成にせいバビ郎は予知夢を見る。正夢とも呼ばれる、見た夢の内容が現実に起こるというやつだ。バビ郎の見る夢すべてが予知夢というわけではなく、予知夢は少し特徴的な見え方をする。そのことで、バビ郎は普通の夢と予知夢との区別をつけるのだ。予知夢の場合、夢の世界が少しハレーション気味に明るい。そしてその明るさはパパパパと極めて短い瞬間的な点滅、フラッシングを伴っての明るさなのだ。

 初めて予知夢を見たのは大学受験の浪人中で、チョコレートソフトクリームを食べ歩きしていたら、ウンコを踏んだ、だった。すれ違った小学児童が腹を抱えて大笑いし、「あーあ、おっさん自分が落っことしたチョコソフト踏んじゃったー」と、バカにされたシーンも夢は完全再現していた。

 それで、バビ郎はその能力をどう使ったか。明日の馬券の当たり馬券を買うとか、値上がりをする株の銘柄を買いだめするとか? いや、そうはうまくいかないのだ。予知夢は「こんな内容をこの日に見たい!」と願っても、そうはうまくはいかないのだ。何を、いつ見るかはわからない。その時次第というものなのである。だが、全く役に立たないというわけでもなく、あらかじめ、何が起きるのかを知っていれば、そのことに対する対抗策を整えておくことも可能であり、最初の予知夢でもそれが予知夢であると知っていたのなら、ウンコに気を付けて歩き、踏むことを回避できていたのだった。このケースの場合、最後のクソガキになめられて笑われるという事態は形を変えることとなる。

 なのだが、最近、とみにその予知夢を見る回数が多くなってきた。初めの頃は数年に一回ほどだったのだが、それが年に数回となり、ほぼ毎月、さらには月に数回、今では一週間に一回、多いときは二回見るようになった。そして今日、

「たた、大変だあー! 富士山が噴火するーッ! 見たんだー! 夢で見たんだぁー!」

 バビ郎は大声でそう言いながら、街中を走り回った。「明後日だよー! 静岡、山梨に知人がいる人は早く伝えてあげてーっ! 東京だって降り積もる火山灰で大変なことになっちゃうよーっ!」

 だが、当然のようにその声を聴いた人々はまるで無関心だった。この暑さで迷惑な変な奴が出たなあ、みんなの顔にはそう書いてあった。そこでバビ郎は動画配信サイトで警告動画をアップした。しかし、それもほんの数名の視聴者が見た程度で、あっという間に迷惑動画と判じられて削除されてしまった。誰だか訳のわからない者の夢のお告げに対する、世間の反応としては至極まっとうなものだ。騒がすだけ騒がして、なーんにも起こらないに決まっている。その手には乗らないよという無視の仕方である。

 ところが、バビ郎の予知夢はチト違った。二日後、富士火山大爆発。ドンピシャだった。

 日本中がてんやわんやの大騒ぎの中、バビ郎の予知夢が本物だったとネット上で噂の火が付き、徐々にバズり始めだしてきた。バビ郎の警告動画を視聴した数名が拡散したことによるものだった。

 ネットの話題はすぐにテレビに波及する。程なくしてバビ郎にJHKテレビ局から出演依頼が届いた。バビ郎、メジャーデビュー。


「では、本日の特集コーナーです。『本物か偶然か⁉ 未来予知の不思議』と題しまして、スペシャルゲスト、荷成バビ郎さんに来ていただきました」

 男性司会者の紹介に合わせて、バビ郎はスタジオ中央に進み出た。JHKテレビのお昼の情報ワイドショーである。司会者はバビ郎への挨拶を済ませると、いきなり切り出した。「ところで荷成さん、あなたには本当に予知能力なんかあるんですか」

 バビ郎は笑顔で言い返した。「もちろんです。まあ、これを見てください」

 バビ郎は持参していた一枚の録画ディスクを司会者の男に手渡した。 「あ、それと、僕のことはバビ郎、と呼んでもらって構わないです」

「わかりました。では、バビ郎さん」

 司会者はバビ郎から受け取ったディスクを、今度はスタッフに手渡した。スタッフがそれをプレーヤーにセットすると、スタジオ後方に設置された大型モニターに映像が映し出された。

 それは、バビ郎の部屋の映像だった。簡単なテレビスタンドの上に30インチほどのテレビが置いてあり、画面はじからバビ郎が現れた。バビ郎がリモコンでテレビのスイッチを入れると、テレビはJHKのお昼の情報番組、つまり、今、バビ郎が出演しているもののオープニング画面を映し出した。ただし、番組タイトルの横に現れた日付テロップは三日前のものだった。

 ビデオ画面の中のバビ郎はそのテレビ映像を見せながら言った。

「私は今、リアルタイムのテレビ放送をビデオ撮りしています。御覧の通り、この小さなテレビ台の上にはビデオレコーダーはありません。テレビしかありません。なので、これはリアルタイムの放送だと信じてもらえるかと思います。私は今朝、夢を見ました。予知夢です。夢の中で、三日後の日付で私はこのワイドショーに出演していました。おそらく、明日か明後日にJHKさんから私に出演依頼が届くはずです。コーナータイトルは『本物か偶然か⁉ 未来予知の不思議』、私以外にもT大学脳外科医教授の……氏、脳科学権威の……氏らが出席し……」

 司会者のみならず、間違いなく自分の名前を呼ばれた教授たちも驚きの表情を見せていた。

「ね! どうです?」

 バビ郎はすました顔で言い、自分を映しているテレビカメラに向かってウインクした。初のテレビ出演でいい気になっていた。

 予知夢は好きな時に見られないこと(今晩見たい、はダメ)。

 また、好きな時を見られないこと(きっかり一週間後を見たい、はダメ)。

 見た夢の内容通りにしか事態は進まないというわけではなく、このままではどうなるのかを知っているバビ郎の関与により、シチュエーションに変化をもたらすことができること(ウンコを踏むのをピョーンとジャンプして回避はできる)。

 バビ郎がこれらのことを説明し、番組収録は終了した。

そして、スタジオを後にしようとしていたバビ郎は、T大教授から声を掛けられた。

「バビ郎君、君のその能力に非常に興味を持たせていただいたのだが、どうか私の研究に協力してはくれないだろうか」

「と、言いますと?」

「ぜひ、君の脳波を調べさせてほしいんだ。協力費は弾むよ」

 バビ郎は承諾した。かねてより、自分がなぜ予知夢を見るのか気になっていたからだった。

 翌日からバビ郎は大学研究室で寝泊まりをするようになった。夜、就寝時は手術用ベッドで、頭に青色や赤色、黄色の導線が張り巡らされているヘルメットをかぶり、両手の中指と両足の親指に電極線が伸びている大きめの洗濯ばさみのような通電機器を取り付けるように指示された。ヘルメットはコードでモニター付きの脳波測定器とつながっている。洗濯ばさみから伸びている電極線も同様だ。

「バビ郎君、もし、予知夢を見たら、翌日、報告してくれたまえ。前夜の脳波を詳しく調べたい」

 教授は言った。

「わかりました。」

 バビ郎は言った。

 数日後、バビ郎は予知夢を見た。

「先生、昨晩、予知夢を見ました」

「おお、そうか。ではさっそく、昨夜の脳波を調べるとしよう。……で、因みにどんな予知夢だったのかね?」

「先生、気を付けてください。今日の夕方、先生の帰宅途中に、落ちてきた出刃包丁が先生の脳天にぶっ刺さります。即死です」

「ナ、ナント」

「先生、大丈夫です。頭がすっぽり入るくらいの大きめの鍋を買って、それをかぶって帰ってください。予知夢は関与によって、変えられるのです」

「うむ、分かった。そうしよう」

 なんか嫌なことを聞いたなあと思いながら、教授はバビ郎の脳波を調べ始めた。


「バビ郎君。いやー、助かったよ」

 翌日、研究室内で教授はバビ郎に言った。

「言った通りだったでしょ」

「うん。帰りがけにスーパーで買った鍋を頭にかぶり歩いていたんだ。すれ違う人が皆こっちをチラチラとチラ見してくるのがとても恥ずかしく、これで予知が外れたら、明日一番で君をカチ殴ってやろうかと考えていた矢先に、頭部にカーン、と何かが当たり、それが地面に落ちた。予知通り包丁だったよ。通りに面した商業ビル三階の中華屋の窓から誤って料理人が落としてしまったということだったんだ」

「何よりでした。で、僕の脳波なんですが、何か分かったことがありますか」

「うん。まだ詳しいことは何も分かってないが、やはり、普通の夢と予知夢を見たときとでは明らかに脳波の波形に違いが出ている。このまま研究を続けていけば、徐々に予知夢の謎に近づいていくことだろう」

「それは楽しみです」

 バビ郎はニッコリと笑って言った。

 その後もバビ郎は何度か予知夢を見た。小さいものでは、近所の公園の砂場を掘ったら百円が出てきたとか、やや大きいもので言うと、首都圏の主要ATMが丸一日システム障害により使えなくなってしまったなどだった。その度に教授の研究成果は形になっていった。そして、

「……な、なんと……」

 教授は遂に一つの驚くべき結論に達することになったのであった!


「バビ郎君、君の能力の謎がようやく解けたよ」

 教授が言った。

「そうですか。おめでとうございます。説明を聞くのが楽しみだ」

 バビ郎が答えた。

「君が予知夢を見ているときの大脳皮質、前頭葉や海馬などの脳波の波形を様々な偉人たちの脳波のサンプルと比較してみたんだが、著名な発明家や芸術家たちの創作時のそれに非常に酷似していることが分かった。もう少し詳しく言うと、彼らが何か新しいアイデア、ひらめきを持った瞬間の脳波の形と一緒なんだよ」

「へーえ」

「いや、へーえじゃないんだ。発明家はいわば、創造性思念と呼ぶべき、パッとアイデアを思い付いた一瞬だけ脳内に強い電気信号が流れ、そのあとはその発想を具現化するために自分の手や指先という実存物を使い、モノを作り上げていく。ところが君の場合はひらめきという創造性思念がパパパパパパと永続的に夢の中で起こり続けているのだ。その時の夢がハレーション気味に明るく、かつ、フラッシュしているのはそのためだ。そして、驚くべきことに、もはや実存物である人の手や工具を用いることもなく、超強力な創造性思念の恒久的連続作用によって、ただそれだけで、夢で見た事象が現実世界において創り上げられていってしまうということなんだ! どう、分かる?」

「……?……」

 バビ郎はつい先ほど、呆れたような顔でへーえじゃないんだよと言われたことで怖くなり、正直さっぱり分からないのだが、そう言うことができなくなり、無言を貫いた。教授はお構いなしに話し続けた。

「言い換えると、君は未来に起こることを夢というかたちで前もって見たのではなく、夢で見たことを現実化しているわけなんだ。創造夢だったんだ。予知夢と錯覚するのも無理はないことだ。見たとおりになるのだから」

「なるほど。分かりました!」

「本当かね。そんなことが実際に起こりうることなのか、疑問には思わないのかねえ」

「……?……」

 バビ郎、再び黙る。

「バビ郎君、君は精神世界と実体世界、どちらが上位概念の地位にあると思うかね。人間の肉体と精神、思念、霊や魂。まずは肉体や物質があるから、次に霊や精神、思念が作り出されたのか、あるいはその逆、最初に精神、霊、魂なるものがあって、それらが肉体や物質を作り出したのか。私は考え方として後者があってもいいと思っているのだ。よく、『思考は現実化する』という人がいる。発明家やアイデアマンだって、何かをひらめいたということが先立って、初めてものづくりが成り立つ。聖書のはじめを見るといい。神という精神的、霊体が光あれといい、光が現れた。大水あれといい、海ができ、その中に生き物あれといい、魚ができた。知っての通り、この世界にあるすべての物質は原子の組み合わせでできている。そして、すべての原子は地球内に、その空気中に、海の中に、土の中に、また、人体をはじめとするあらゆる動物や植物の体内に存在している。万物を創り出すための原材料は地球上に潤沢に用意されているんだ。それを思念の力、精神、霊の力で、形成させたい物質が必要とするだけのすべての種類、量の原子を集約させ、組み合わせるというわけだ。道端に犬のウンコが突如、出現するのも然り、富士山がいきなり大噴火するのも然り、公園の砂場の中に百円が形成されるのも然り、君の創造性思念が超強力に作用した時、夢で思い描いた事柄がそのまま現実に創造されているのではないかと私は考えている。超能力っぽく言うと念動力ならぬ念創力といったところか」

「なるほど。いーい考えですね」

 バビ郎君、ここは教授先生をほめておこうと判断した。

「いーや、いいことではない。むしろ、大変ヤバいことになる可能性が高い」

「……?……」

「もし、今晩にでも、日本が真っ二つに割れてしまうというような創造夢を君が見てしまったら、そーらもうえらいこってすわ。日本終了」

「うんうん」

「そういうわけで、今から君の脳みそに少し手を加えて、寝ている間に何も合成記憶映像が出てこないように電気信号で刺激を与えておこうと思う。変な夢を見られては困るのでね。バビ郎君、さあ、ここに横になってくれたまえ」

 教授に促されるまま、バビ郎はいつもの手術用ベッドの上に寝転んだ。実験用ヘルメットと電極線付きの洗濯ばさみも同様に自分の体に装着した。

「まず、微弱電流で睡眠を促進させてっと……、さて、何時ごろ寝入るかな……」

 教授が実験機器を操作すると、バビ郎はまたたく間に深い眠りに入っていった。単純で分かりやすい男だなぁと、バビ郎の人物評価を心の中でつぶやいた教授は、その後しばらくの間、バビ郎の脳波の波形を描き出しているモニターパネルを睨みながら、いくつかのボタンやレバー類をいじり続けた。

「よし、これでもう、バビ郎君が夢を見ることはなくなったぞ」

 これ以上、実験を続けられなくなったのは残念だが、これも仕方がないだろうと、教授は思った。

 ふと、教授の視線は、何気にモニターパネルに向けられた。そして、バビ郎の脳波の波形が形状変化していることに気づいた。

「ん……⁉ なんだ?」

 教授はいぶかしげにつぶやいた。「や! ややっ! なんとっ!」

 教授は今度は食い入るように目を凝らしてモニター上の波形を凝視した。

「ま、間違いない。これは予知夢、いや、創造夢を見ているときの波形だ! いったい、これはどういうことなんだ……⁉」

 バビ郎君は今、何かの夢を見ているのだろうか? そんなはずはない。確かに、何も見ることが出来ないようにした。では、なんだ。どういうことだ? 何も見ていないを見ている、のか? 創造夢として、「無」を見ているということか! ええっ!

 教授は慌てて研究所の窓際に走っていき、閉じられていたカーテンをサーっと引き開いた。外の景色を見る。

 いつもの街並みが広がっていた。が、よく見ると、目立つところに立っているハンバーガーチェーンの大きな立て看板が、その場になかった。

 と、教授の目の前で、建設途中のタワーマンションの工事現場が作業員もろとも今、消えた。

 道路が消え、住宅街が消え、学校が消え、この研究所も教授と眠るバビ

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予知夢を見る男 朝倉亜空 @detteiu_com

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