最終話 たとえ神様が僕たちを欲しがったとしても
ゆっくりと
まるでスローモーションを見ているかのように近くなる地面
その地面に重なるように
不思議な映像が僕の頭に映し出された
それは、僕の未来……
一度は、学生の吉沢に裏切られるけど
数十年後に再会し、僕は復讐を果たすんだ
邪魔者を消し去り
再び勝利は僕の手に
彼女は、夫も娘も
何もかも全てを捨てて僕の元へやって来た
最高の気分だった
しかし
それも束の間
寝ている僕の喉に
冷たい刃が突き刺さり……
痛い!!苦しい!!
嫌だ……!
こんなこと望んじゃいない!
そうじゃない、そうじゃないんだあああ!!!
ああ、誰か、パパ
助け
――
ドスンッ!
*
地面に叩きつけられたその身体は
一度跳ね上がり、病院一階の窓ガラスを突き破った
偶然か
ガラスの破片が、
喉元深くに突き刺さっていたという
幻の中と現実で
その男は
二度、絶命した――
そして、
事件から数日が過ぎた――
*****
3月に入り、だいぶ気候も暖かくなってきた。
校舎から見える桜の蕾も大きくなってきたなぁ。
去年も桜を見た時も学校だった。あの時は始業式の日でクラスの組み分け表を確認してたら、桜の花びらが舞う中で瑞穂を見つけたんだっけ。すごく昔に思える。
あの時。
瑞穂は、黛の首に腕を絡めて、離さんと締め上げているようにしていた。俺が位置的に一番近くにいたから、今思えば俺にはそう見えたのかもしれない。みんなは気付かなかったようだけど……
そのことを、瑞穂の主治医に話した。
身体には何の異常も見られなかったとのこと。
その瞬間だけ目を覚ましたということは考えにくいけど、目覚めの予兆かもしれないって、そう言われたんだ。
そして
黛は、即死だった。
あまりに呆気ない最期……
5階から落ちたからどっちにしろ無事では済まなかっただろう。
今回の事件は容疑者死亡で書類送検となった。
逮捕され、一度は釈放されたが自暴自棄になった容疑者が心中を試みたものの、失敗。
現場に警察官もいたわけだし、誰も何も疑義を申し出る者はいなかった。
黛の父親でさえも……
しっかりと法で裁かれて欲しかったという気持ちはもちろんある。でも本音を言ってしまうと、ほっとしている。
それに、相応の報いだと俺は思う。
死亡現場は、それはもう凄惨を極めたという。
俺と峰岸さんは、黛の死をこの目で確かめたいと言ったけど、
今井さん止められてしまった。
クラスメイトや学校、親たちにもたくさん迷惑をかけてしまったな。
これで少し落ち着くといいんだけど……
落ち着いたといえば、
永瀬さんは真面目に部活に通うことにしたそうだ。和泉さんのことが影響しているかどうかは分からないけど、絵への情熱が上がってきたとのことで、今日も部活に行った。
峰岸さんはどうするんだろう。病院、行くのかな?
放課後、そんなことを考えながら帰り支度をしている時だった。
「翔太郎くん、少しだけ時間いいかな」
ユズだ。
珍しいな、今日は練習なかったはずだけど……
ユズに促されて駐輪場までやってきた。
何でわざわざこんな所まで?
そのまま自転車で帰るからいいけどさ。
駐輪場に着くと峰岸さんがいた。
やはり峰岸さんも病院に行くのか?2人だけはなんか気まずいからユズも誘おう。
「お待たせ優里ちゃん」
優里ちゃん……?!
今、ユズのやつ、峰岸さんのこと名前で呼んだぞ……それって
「ん」
峰岸さんはユズが一緒だと口数が少なくなるデバフでもかかるのか?なんか居心地悪そうにしている。
「あのね、翔太郎くんに話というのは、もしかしたら気付いていたかもしれないけど……」
少し言葉尻をモゴつかせて、ユズはチラッと峰岸さんを見た。
峰岸さんは指で髪の毛をいじって落ち着かない様子だ。
「僕たち付き合うことになったんだ……」
「えっ」
まじかー……
とうとうやりやがったなユズのやつ!
それで峰岸さんはこの態度。納得。
「あ、あの、吉沢さんの意識がまだ戻らないのに、僕たちだけ、その、こんな、こんな……」
「ユズ、落ち着けユズ」
どもって言葉が続かなくなってキョドり始めたユズの動きを止める。
「まぁ、なんだ……遅かれ早かれそうなるとは思ってたよ。まずはおめでとうだな」
「あ、ありがとう……」
峰岸さんも恥ずかしそうに顔を赤くしている。
「ユズ、俺たちのことなんか何も気にしなくていい。お前らが幸せなら、それはそれで俺は嬉しいんだ。お前が俺の立場だったら同じこと思うだろ?」
「うん……」
「ほら、だから言ったじゃん。佐伯はそんなこと気にするタイプじゃないって。気にしすぎなのよ」
「う、うん、そうなんだけど……」
不安だったのかな。でも自分が幸せになるのに誰かの顔色をうかがったり、何かに忖度したりすることは良くないことだと思う。
俺たちは、幸せになることを恐れちゃいけないんだ。
「オドオドすんな。彼氏なんだろ、峰岸さんの」
「そ、そうだよ!僕は優里ちゃんの彼氏だ!」
なんだかユズは自分自身に言い聞かせているようだった。
それを見て峰岸さんは少し呆れたように微笑んだ。
*
久しぶりに一人で病院に来たな。騒がしくなくていい。
いつもの看護師さんに軽く挨拶をして病室に入る。
事故の時の怪我も治り、今はただただ寝ているだけ。
今日のことは、瑞穂が起きた時にちゃんと話そう。
いや、面白いからまたユズから言わせようかな。
でも黛のことはちゃんと報告しなきゃだな。
「全部終わったよ瑞穂。あとはお前が起きるだけなんだよな」
手を握ってみる。
骨張った感じが少しなくなったか?それに最近、表情が少し変化したように見える。肌艶も良い。
あ、そうだ……
瑞穂には俺の秘密話してなかったよな。
いつもカバンにしまってある[俺ノート]を取り出す。
ページを開いて俺たち家族の名前がしっかりと書かれてあることを確認する。
「未来のことを少し教えてやろう。俺たちは結婚して、
未来のことなんて分からない。皆そう言うだろう。
あの時、黛が放った言葉が俺の思考と重なる。
神様は人間のためにサイコロを振ったりしない。
そう思っていた。
でも俺は現に人智を超えた体験をした。
タイムリープ、現世界線の筋書き、それが神様からの贈り物だとしたら、俺は特別だったのかもしれない。
結果としてだ。
神様は俺たちを欲しがらなかった。
どうやらヘタレな俺は不合格らしい。
この世でもう少し苦行に励めというとこなのだろう。
じゃぁ黛は……?
いや、もうよそう
[俺ノート]はしっかりと未来を記してくれているんだから
「目を覚ましたらこの続き、教えてやるよ……」
だからさ、ほら、早く起きろよ。
視線を窓の外に移すと、暖かな風が優しく木々を揺らしていた
春が近づいている――
…
「…………佐伯くん……それ、本当?」
Fin.
たとえ神様が僕たちを欲しがったとしても 三国 佐知 @totikanira
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