第18話 リヴィアタン・メルビレイ

イヌビトと別れを惜しみ、ミロウンガ号はクマ大陸沿いに北上を始める。サクロは、後回しにしていたキビシマモドキの報告を行うことにした。

「新たに出現した方舟キビシマモドキの報告書を連合機構に送りたいのですが、よろしいですね?」とファルハに許可を申請したところ、「いえ、今は控えていただきたいのです」という意外な答えが返ってきてサクロは驚いた。

「なにか事情でも?」

「はい。こういう事態になった以上、我艦は常に臨戦態勢にあります。通信セクションはいまだミロウンガ号から切り離して運用しています。不要不急の連絡は避けるべきだと思っています」


確かに、シュア専門官に報告したところで返信に四ヶ月以上かかるので、その間に緊急性はなくなってしまう。不要不急と言われてしまえばそれまでだった。

「サクロさん。それに、キビシマモドキの固有演算紋は確認できなかったので、IDは不明ですし、そもそも方舟かどうかもわからないのです。一度、メルビレイを引き揚げて調査してからでも報告は遅くないと思います」

キビシマモドキを方舟として結論づける一方で、他方では方舟かどうかわからないと説明するファルハ艦長の真意を測りかねたけれど、報告はさらに後回しにせざるを得なかった。


「ところで、そのネックレス、素敵ですね。どうしたのです?」

「イヌビトが餞別としてくれたのです。彼らはこの青い石をヨブウと呼んでいたました」

「地球産の宝石サンゴに似ていますね。色は違いますが」

「宝石サンゴ?」

「はい。深い海に住むサンゴが作る石灰質の宝石です」

「それは知りませんでした。てっきり石かと思っていました」

気になったので分析室でヨブウを調べることにした。分析機にかけると、やはり石灰質で構成されていることがわかった。


分析室の片付けを始めたとき、『対艦戦闘用意! 総員戦闘指揮所へ』とナウル・ナウラス大尉の緊迫した声が艦内に響いた。

首飾りを掴んで急いで戦闘指揮所へ走る。慌ただしく乗員が集まり、最後のスーが入ったあと、ハッチが閉められた。よく見るとルルアの隣にはフェリスもいた。戦闘指揮所は最も重要な区間であり、シェルター化されているので、戦闘の際は最も安全な場所となる。


大型モニタには、再び衛星を介して撮影された不審船の映像が映されていた。

「先程、ミロウンガAIが発見しました。西北西に距離八〇〇キロメートル。まもなくこちらの最大射程内に入ります」


カメラをズームして、不審船が拡大されていく。戦闘報告で見たキビシマモドキとよく似ている。檣楼や五連装砲など、部分的にはほぼ同じ構成と言ってよかったけれど、それらが集合して一つの船になると、ずいぶん変わって見える。

「お城みたいだね! フェリス」とルルアはのんきにいった。


『脅威度の高いセクションを確認』

ミロウンガAIの合成音声がそう報告し、三つで一組になった筒のようなものをハイライトで表示している。

「これは、まさか。ミサイルの発射管か」とナウラス大尉。ミロウンガに後付けで搭載した短距離ミサイルの発射管に似ている。大きさから小型の短距離ミサイルのようだけれど、方舟の射程は思った以上に長いことがある。高い脅威度に対峙するのはマックスcでは初めてだった。


重い沈黙を破ったのはナウルだ。

「このキビシマモドキ改に近づきすぎるのは得策ではないようです。通信しますか?」

「距離、八〇〇か。長波なら届くと思いますが、これまでの結果から応答は期待できないでしょう。ここは確実に相手の正体を確かめて次に活かすために、固有演算紋を取ります。中距離ミサイルの弾頭をセンサ弾頭と交換して測定を行うと同時に目標を破壊します」

「了解しました」

「スー、交換作業を急いでお願いします」

「ラジャー。急ぐなら手伝いが必要です」

「なら、オレも行こう」

「サクロさん、頼みましたよ」


ファルハに頷いてみせ、サクロとスーは指揮所を出る。中距離ミサイルの発射管は後部甲板にあるらしいけれど、まず武器庫でセンサ弾頭を取り、走って後部甲板へ出た。

大出力レーダー波で人間は焼け死ぬから、人間が甲板に出ている間、レーダーは使えない。レーダーが使えないということは無防備になるということなので急いで換装を終わらせる必要がある。スーは手早くデリッククレーンを操作し、二つある中距離ミサイルのうちの片方の通常弾頭を外して、そのまま海中に投棄した。その間にサクロは急いでセンサ弾頭を取り付ける。


一方、指揮所では乗員たちがキビシマモドキ改の監視を続けていた。距離が六〇〇キロメートルになろうかというとき、キビシマモドキ改に動きがあった。ミロウンガ号に向けて大量のミサイルを発射したのだ。おびただしい数の航跡が伸びる。と、同時に艦内にけたたましい警報が鳴り響き、心拍数が上がるのがわかる。ミサイルの大きさからミロウンガ号の短距離ミサイルの性能と同じか、わずかに上回るくらいかと思われていたけれど、数はもちろん射程や速度などの性能も向こうの方が桁違いに上だ。ミサイルは超音速で飛翔して真っ直ぐにミロウンガ号に向かってきていた。


『対空戦闘用意! 作業員は今すぐ船内へ戻りなさい! ミロウンガ、全て撃墜しなさい』と珍しくファルハ艦長の怒号が響いた。

後部甲板ではサクロとスーの二人はちょうど作業を終えたところだったので、作業の終了を報告しながら大急ぎで船内に戻った。ハッチを閉めると同時に、装甲を通して中距離ミサイルの発射される音が聞こえた。二本のミサイルはマックスcの空をマッハ六で切り裂きながらキビシマモドキ改を目指す。

同時に大出力レーダーが空に向かって照射され、敵ミサイルを待ち構える。潜水ロケット対策として、防御網が海面と海中に次々と投下されていった。


指揮所では、ファルハ艦長とほか三人が固唾をのんで事態の推移を見守っている。

先に相手に到達したのはミロウンガ号のミサイルだった。キビシマモドキ改のミサイルも超音速とはいえ、マッハ六には及ばないようだ。高射砲塔が迎撃のために回頭を始めるけれど、あまりにも遅すぎた。二発放たれたミサイルのうち、片方はキビシマモドキ改の上空を素通りし、もう一発がマッハ六で船殻に突っ込み、次の瞬間には大きな火柱が上がり、キビシマモドキ改は木っ端みじんに砕けた。

「敵影消失! 攻撃は成功です」

「了解」

「センサ弾頭からのデータを受信! 照合結果は、メルビレイです!」

「了解」


ファルハ艦長の返事と同時に、レーダーが敵ミサイルを捉える。数は三〇〇以上あり、ミロウンガの処理能力を超えた分については認識できていない。


それでも近接防空レーザーは幾度も空を薙いで、そのたびにミサイルは爆発し、海上に落下していく。ミサイルのうち半数ほどは潜水ロケットらしく、その弾頭が自ら分離して次々に海中へ潜水していくけれども、事前に流した防御網に絡め取られて無力化されている。


善戦を続けるミロウンガ号ではあったけれど、数が多すぎた。撃ち漏らしたミサイルがミロウンガ号に接近し、近接信管が作動して至近距離で爆発するたび、その衝撃で艦は大きく揺れ、戦闘指揮所内には悲鳴がこだました。


さらに防御網をすり抜けた潜水ロケットの一発がとうとうミロウンガ号に命中し、艫(船尾)側の船底に大孔を開けた。不発弾だったようで爆発しなかったのは不幸中の幸いだった。


すぐに浸水を示すアラームが鳴り響くが、破損の規模は自動修復できる規模を大きく越え、隔壁を閉鎖したにもかかわらず、艦は船首を持ち上げるように大きく傾いた。

「重力遮蔽装置を作動させて! なんとしても艦を復原させてください!」

重力遮蔽装置を使用すれば無重力になるので、艦の沈没は免れるはずだった。

しかし、『重力遮蔽装置の応答なし』とミロウンガAIの返答は無情なものだった。

「あと、二回は使えたはずなのに!?」

「重力制御室が被弾しています! 装置自体が海中に流亡したと思われます!」とマーザ。

「これまでですか」と呟いたファルハ艦長の顔には焦りが表れていた。


「総員退艦せよ! スー、もし後部甲板付近にいるなら戦闘車を艦の外へ出してください!」

ファルハは艦内放送で総員退艦を指示したのち、自席の後ろの壁に掲げていたミロウンガ号の旗を掴んで剥ぐと、その後ろのAIネットワークサーバーラックが現れた。その中からコアユニットを引き抜く。ファルハは旗を風呂敷代わりにしてコアユニットを包み、自ら背負った。ナウルが携帯通信機を背負い、手ぶらのマーザが脱出用のハッチを開けた。


ルルアは、フェリスを脱出させようとその手を掴んだとき、フェリスがなにかと通信をしていることに気づいた。ミロウンガAIが外部との通信を拒否している今、他に通信する相手と言えば、メルビレイ以外には存在しない。顔のモニタにも通信相手として、Livyatan Melvilleiと表示されている。


「なにをグズグズしているのです! そのロボットは放棄して、早く脱出を!」とファルハは大声でルルアに促す。

「でも、この子、メルビレイと通信しているようなんです!」

「方舟と? 分かりました。でも早く!」

「はい!」とルルアはフェリスの手を強く引いて走り始めた。


潜水ロケットが命中した衝撃でサクロは一瞬気を失った。怪我はなかったが、艦の状況は刻々と変わっていて、後から沈み始めいるのが分かった。水が入ってくる。アラームが響く中、『総員退艦せよ! スー、もし後部甲板付近にいるなら戦闘車を艦の外へ出してください!』と指示が出た。その放送で、艦の復原が間に合わないくらいの被害が出たことが分かった。命令を聞いたスーは、急いで戦闘車のある格納甲板へと駆け出していた。それをサクロは追いかける。断続的に爆発音が聞こえてくるので、対空戦闘はまだ続いているようだ。


途中、通路の半分以上が水につかっていたけれど、空気圧の影響で浸水は止まっていたので、水に入って泳いで進んだ。


スーは後部の格納甲板に辿り着いた。戦闘車を進水するためのハッチは、普段は閉じられているけれど、今は開かれていた。甲板はすでに半ばまで水没し、戦闘車も浮力を得て他の浮遊物同様に漂っている。スーは戦闘車まで泳ぎ着いて上に登り、上部ハッチを開け、体を滑り込ませた。

「サクロ! 早く!」

そのとき、爆発と衝撃があり、艦の傾きがさらに大きくなった。その拍子にサクロは足を滑らせて、突き出た手すりに首飾りが引っかかってしまった。水位も一段と高くなる。沈没までもう時間がないことは明らかだ。焦れば焦るほど外せない。

「なにしてるのよ!」

「オレにかまうな! 先に行け!」

「でも」と、スーはサクロを見た後、進水ハッチを確認する。ハッチの九割は水没していて、これ以上待てばスーも脱出が難しくなる。

「お前も出られなくなるぞ! 早く行け!」

スーは泣きそうな顔で戦闘車のハッチを閉め、スクリューを回し始めた。ゆっくりとサクロから遠ざかり、進水ハッチへと向かうのが見えた。


さらに水位は上がり続け、サクロは濁った水に飲まれた。首飾りで首が締まり、息もできない。あと数分で宇宙の果てのような場所でミロウンガ号と運命を共にする。


ああ、オレの人生ってなんだったんだろうかと、死を目前にして、大したことも成せなかった人生の総括が始まった。望んだわけでもないのに生まれてきて、同じく望んだわけでもないのに死んでいく。たまたま連合機構で生まれたから官僚になって、こんな場所で命を終えることになったけれど、遠いところで生まれていれば、マーザやスーのような海賊とか魔法使いとか呼ばれたかもしれないし、あるいはブーフのような原住民として生きたかもしれない。そういえば、命を落とす原因となったこの首飾りは、ブーフからもらったものだ。そうか、これは連合に対する呪いであり、その尖兵であるオレに対する罰なのだ。ここでオレが死ねば、リゾート開発計画自体は中止にはならないものの、代わりの人間が送られるまで半年かあるいは一年は計画が遅れるだろう。短いとはいえ、その時間だけイヌビトたちの平穏な時間は続く。そう考えれば、オレが死ぬことで少しは役に立つのだ。


濁流の中、目を開くと、首飾りが皓々と光っているのに気づいた。そうか、これは水に漬かると光るのか、きれいだなと場違いなことが頭に浮かぶ。

その光の中、目の前に大型の軍用ナイフが突き立てられた。殺される。いや、どうせこのまま溺れて死ぬのかと思うと、体が楽になった。


次の瞬間、誰かに抱えられて体が持ち上がり、再び水面に顔が出た。思い切り息を吸い込む。

「ほら、泳げ! とっつぁん坊や」

どうやらマーザが首飾りの紐を切って助けてくれたようだ。

彼女に先導され、その後ろを泳いでついていく。かろうじて残された退路を通りミロウンガ号から泳いで出ると二人とも戦闘車に引き揚げられ、その場を急いで離れた。


「ありがとう。でもマーザに助けられるとは思ってもみなかった。ずいぶん嫌われているようだったから」

「もちろん、連合の連中は嫌い。最悪の極悪人の集まりだと思っている。でもあんたは極悪人じゃなくて、悪人のようだから助けてやった。それだけ」

「そうか」

サクロは苦笑した。


戦闘車は二両あった。それぞれに分乗している。

ミロウンガ号は乗員が脱出し、コアユニットを喪失して、半ば沈んだ状態でもレーザー砲での防空戦を継続していた。最後のミサイルを撃ち落とした後、自身が作り出した大渦に飲まれながら、海中に没していく。その鬼神のような姿に、死を覚悟したときにも泣かなかったのに、なぜか涙が溢れた。


ファルハ艦長たち乗員は、敬礼でミロウンガ号を見送った。必ず引き揚げるとファルハは誓った。

「すべては方舟の能力を見誤った私の責任です。ミロウンガ号が沈んだことはすでに第五三恒星系連合軍に連絡しています。そのうち救助が来るでしょう」

放心状態のサクロたちを前に、ファルハ艦長は気丈に振る舞った。

「ひとまず、例のイヌビトの集落に戻りましょう。あそこなら安全そうです。サクロさん、それでいいですか?」

「え、ええ、異論はありません」

「ルルアさん、メルビレイとの通信はどうなりました?」

「はい。今は終了しているようです。なにを通信していたのかは不明ですが」

「ふむ。それも気になりますね。とはいえ、今の装備ではやれることは少ない。いっそ休暇にしますか」

「賛成です!」


サクロたち六人とフェリスは、この一年後、救助に来たコルセアの新鋭艦イカハスヤに乗り込み、連合機構の暫定星務官と協力して、メルビレイと再び死闘を繰り広げることになるが、このときは知るよしもなかった。了

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コルセアと怪物 的矢幹弘 @dogu-kun

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