暗闇
フジワラの刀が僕に襲いかかる。
手に持っているのは一本の刀だけなのにその剣戟は無数の剣を持っているかのように早く、重い。
右から左から、体を彼の刀の切先がかすめていき、無数の切り傷が血で滲んで痛い。
だが、、ここで諦めたら待っているのは死だ。
ーー死?
いつの間にか、生きたいと思っていた自分に気がついた。
なんだ、案外簡単なことじゃないか。
僕の後ろでクラリスは心配そうに見守ってくれている。彼女のために、僕は。
フジワラの刀を防ぐ僕の腕が限界を迎えている。
足も、目も。
荒くなる呼吸は僕の数分後を知らせていた。
(嫌だ、死にたくない……頼む、お願いだ。もっと僕に力を……)
そう祈るように僕は願った。
「小僧、貴様はもう雫を持っているではないか」
声が聞こえた。
女性の声だ。ミィロとは違う、低めの大人の女性のものだった。
誰だ、こんな時に。
「雫に祈るとよい」
猫だ。
フジワラの背後に佇む茶色い目を光らせた猫の口からその言葉は発せられていた。
「祈れって言ったって……」
「神頼みか? 少年」
目の前のフジワラは僕の呟きを聞き、嘲笑うかのようにその刀を一度止めた。
そして、片手に持っていたそれを両手で持ち直し、胸の前で高く掲げる。
勝負を決めるつもりらしい。
(お願いだ……雫よ、僕に力を……)
僕に向かって刀の切先を向ける彼と相対しながらそう、祈ったんだ。
途端に、雫が光り出す。
赤く、ルビーのようなその光は屋敷の炎にも負けず僕の体を照らし出した。
「来るぞ、小僧」
猫がそう言ってフジワラが僕に駆け出した。
その前に突き出された刀の切先を持ち上げ、上から僕に振り下ろす。
「避けろ、コウキ!!」
クラリスが叫ぶ。
その刀の軌道が、ほんの一秒にも満たない僅かな動きが、僕には手に取るように分かるようになっていた。
ゆっくりとスローモーションのようになっていくフジワラの刀を避けて彼の胸へと持っていた刀を振った。
僕が人を斬ったことはこれが初めてだ。
フジワラの胸の奥までは達しなかったが致命傷には充分で傷を受けて血がそこから溢れ出す。
「なんだ……?」
自分の刀を避けられたことを遅れて知ったフジワラが膝を突きその場に崩れる。
遅れて僕にもその実感がやってくる。
気持ち悪い。
呼吸が収まらず、腕が痺れて吐き気を催した。
人を斬ることがこんなにも悪寒をもたらすなんて僕は知らなかった。
寒い。
体が震えて叫びたくなる。
その場にしゃがみ込み、自分の体を握り締める。
生きているんだ。
「コウキ、怖いか?」
僕の背後にクラリスが来ていた。
優しく僕にだけ聞こえるような声でそう呟いた彼女がそっと僕の体へと腕を伸ばす。
彼女の腕の中で僕は自分の恐怖が抑えきれず涙が溢れて止まらなかった。
「そうだろう……それで、いいんだ」
クラリスの温かさが僕に安心をもたらす。
こんなことを彼女は行っていたなんて。
自分の浅はかさが嫌になるもそこから抜け出す方法はわからない。耐えるしかないのだろうか。
屋敷はもうほとんど燃えてしまい、柱が朽ちて落下する音とパチパチと言う何かが燃える音が聞こえる。
倒れたフジワラの意識が落ちていく。
彼は起き上がらない。
どれほどの時間クラリスの腕で涙を流していたのだろうか。
涙は収まり呼吸も落ち着いた僕はあることに気がついた。
音がしない。
クラリスの呼吸の後でさえ。
恐る恐る顔を上げる。
「え……」
誰もいなかった。
正確には暗闇が辺りを覆っていた。
先ほどまで僕を抱きしめてくれていたクラリスも、倒れたフジワラの体も見えない。
夜にしては暗すぎる。
遠くの家の灯りや月の光すらない完全な闇に包まれていた。
おかしい、クラリスはどこに行ってしまったのだろう。いや僕が落ちたのか? と状況を整理しようとする僕の耳に再び猫の声が聞こえてきた。
「小僧、やるな。雫の力を引き出すとは。
私はサミー。お前が今想像していることは間違ってはいない。この世界は闇に覆われた。サザンピークもだ。私に着いてきてくれ」
声の方向にサミーは立っていた。
尻尾を振りながらその小さい髭のある口を動かして僕に説明する。
その光景は信じられなかった。
しばらく立ったまま呆然としていると、
「どうした? 私の姿が気になるのか? 着いてこないなら置いていくぞ」
そう言われ、サミーが僕を置いていこうとするので慌てて着いて行った。
しばらく歩きながら今のこの状況を教えてもらう。
「クラリスやフジワラは……?」
「死んではいない。
小僧が戦った男は分からんが。
この階層は落ちた。
今から第二層に行く。
そこに無事かはわからないがみんないるはずだ」
「落ちたって……」
何を言っているのかいまいち理解できない。
「ミィロ様が何者かに襲われ、下層に逃げざるを得なくなったということだ」
そんな、
あのミィロが……。
雫は反応していない。猫にも反応するかは試していないが、きっと本当のことなのだろう。
雫のことも知っていて僕を助けてくれたし。
そう言えばお礼がまだだった。
「あの……さっきは助けてくれてありがとうございました」
「構わん。なに、私たちはいわば同胞だ。
そんなに他人行儀に話されては悲しいな。
そろそろ着くぞ、」
サミーはそう僕を見上げながら言うと足を止めた。
彼女の雫が光り出し、目の前の黒い地面の足元に白い穴のようなものが現れた。
「行くぞ、着いてこい」
そう言って彼女はぴょんと臆せずその穴に飛び込んだ。
辺りは暗闇だ。
一人取り残されると途端に寂しくなる。
行ってみよう。
僕は意を決してその穴に足を踏み入れ、白い光の中に落下していった。
ーーーーーーーーー
この話はここで完結になります。
ここまで見ていただいた方がいるとは思いませんが、二層は学園編を予定しており、夢の最下層にミィロが捕らえられるという感じでした。
疲れたのでここで完結させます。
異世界転移は雫と共に エイジ @Age-shimazaki
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