フジワラ②
道は篝火の炎が照らし、思っていたよりも明るい。
身を隠せるような大きな一本の木の裏で、クラリスと共に、彼女らと顔を合わせる。
「無事でしたか! よかった……」
僕は彼女の顔を見て、ひとまず依頼を遂行したことを知り、ほっとする。
そして僕らは周囲を警戒しながら、彼女の屋敷へと向かった。
道中、緊張の汗を流すタマキが心配そうに尋ねてくる。
「それで、フジワラは……?」
「逃げられました。と言うよりは見逃してもらった、と言った方が合ってますけど」
それを聞いて彼女は安心したようだ。
「そうですか……無事でよかった……、ひとまず休んで奴らが次に動く時を待ちましょう」
秋龍を逃したフジワラの一味がどう動くかは予想がつかない。不安ではあるが、僕にできることをするしかない、と思いタマキの屋敷へと帰った後でクラリスに相談することにした。
周囲を見渡して屋敷へと帰り、ひとまずの安心を得る。今頃、ジンの屋敷へと秋龍も辿り着いているはずです、とタマキが言う。
僕とクラリスは客間へと案内され、その日は布団で眠りにつくーー。
ーーでもそこで、僕の手が少し震えていることに気がついた。さっきまでの戦いを生き延びられたのは運がよかったからで、次は……。
そう思うと、遅れて恐怖がやってきた。
眠れず、クラリスに話しかけた。
「ねぇクラリス。明日から僕にもっと剣のことを教えてくれない?」
クラリスはまだ起きていた。
別の布団で寝る彼女は僕の方へと振り返り、しばらく考える様子を見せた後、
「分かった。
だが、上手くいくばかりじゃない。危なくなったらすぐ逃げるんだ、いいな?」
と言ってくれた。
それは僕の恐怖を少しだけ和らげて、その日眠りにつくことができたんだーー。
それから三日ほど、タマキの屋敷の庭で彼女と手合わせをした。
最初は、僕の刀は彼女には届きもしなかった。
簡単に防がれ、いなされてしまう。
やはり、何かが違うのだろうか、と思うが、僕の心の中の恐怖が振り続けろと言ってきた。
次第に、
わかったことがある。
彼女は自分とは確実に住む世界が違う、ということだ。
刀の振り方や、その視線の動かし方は確実に人を殺すためのものだった。冷たく僕に振り下ろされる彼女の刀を躱しながらそう思った。
◇
「次の狙いがわかりました。それは……私です。決行日……は明後日です」
そして、タマキは僕にそういった。
彼女の顔に焦りの色が浮かび、左の腕を右手で擦り付けて「明後日……ここにやってきます」と続けた。
どうやら秋龍を逃したことが彼らの中で脅威となり、目をつけられてしまったみたいだ。僕だって実際に彼らがやってくるならそれはとても、怖い。
しかし、クラリスは何か案があるようで、いつもの表情のまま、
「こちらから仕掛けよう」
「奴はよく仕事の前日に出かけ、その次の日の夜には屋敷へと帰ってきていた。今なら自分の屋敷にいるはずだ」
彼女は淡々と、そう言ったんだ。
「知っているのですか?」
「私の
タマキにとってその提案は都合がいい。
自分が狙われると知ったら、誰でもこう言ってしまうだろう。
「わかりました。私たちでフジワラを倒しましょう」と。
明日にはフジワラは屋敷からいなくなってしまう。つまり、寝込みを襲うには今日しかなかった。
ーーーーーーーー
フジワラの屋敷は山あいからは外れた、遠い田園の中にある。
彼は仕事の時はセンゴウの屋敷へと赴くが、仕事が終われば、ただ帰り、ひたすらに剣の鍛錬を積む。
それ以外にやることはない。
クラリスというおもちゃを拾って、剣を教えてきたが、それも売ってしまった。
今彼の唯一の楽しみ。それは、クラリスと再び剣を交えることだけだった。
明日には再びセンゴウの屋敷へと行き、生きるための殺しを行うことになる。
彼にとってそれは実につまらないことだった。
彼が渇望するものは生きるか死ぬかの斬り合いのみ。クラリスの方からきてくれないか、と思っていたその時、彼の屋敷に火矢が、放たれたーー。
僕とクラリスは闇に乗じて、フジワラの屋敷へと向かう。
外に待機し、タマキとチヨが放った火矢を合図に中へと駆け込む。
「こっちだ」
昔の記憶を頼りにし、クラリスが先導する。
火が少しずつだが屋敷へと燃え移り、家屋の中が赤くなっていくのがわかった。
幾つかの部屋を無視し、彼の寝室まで直行する。
襖を開けると彼は起きていた。壁に掛けられた刀と鞘を持ち、こちらを眺めている。
そして、笑った。
無言で、クラリスと彼の斬り合いが始まる。
どちらからともなく始まったそれは、屋敷の畳や襖だけでなく、柱を斬り倒し、火の手が上がっていた屋敷を崩壊へと導いていった。
さすがに火が堪えるのか、フジワラは屋敷の外へと駆け出した。
クラリスがそれを追いかけ走り出し、僕も続く。
屋敷の外、庭に僕らが出ていくと、彼はそれを待ち受けていた。
後ろに振り向き、刀を横に薙ぎ払った。
クラリスがそれを刀で受けるも、走ってきた勢いを止められず、薙ぎの方向へと弾き飛ばされた。
「ゲホッ」という彼女のうめき声が庭に響く。
近付き、「ここまでだな……」と言うフジワラの前に、僕は立ち塞がった。
「死にたいらしいな」
僕と彼との仕合いが始まった。
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