フジワラ



 タマキの屋敷から出ると、ヒューガの街並みが目に入ってきた。

 周りを山に囲まれた谷に作られたヒューガは、その山あいに屋敷が立ち並び、その眼下には田園が広がっていた。


 タマキの屋敷は比較的標高が高い山の中腹の平地に建っており、その周りには消えた灯籠が道に沿って数多く並び、どこまでも続く。

 そして、彼女の屋敷より高い場所に、山城が建てられており、異質な存在感を放っていた。


「秋龍の屋敷へ向かいます。道中、説明しますから、」とタマキが言い、僕らは早々にタマキの屋敷を後にした。


「先ほども言いましたが、私はミコト様の使い、タマキと申します。ミコト様からもらった指輪で、死者と対話できるようになりました。信じてもらえないでしょうが、本当なのです」


 歩きながら、彼女が説明してくれた。雫が反応していないということは事実だ、ということは僕に分かっていた。


「信じますよ」

 僕がそう言うと、彼女は予想していなかったのだろう、驚きと感謝の色が入り混じった曖昧な少し泣きそうな表情が顔に浮かんだ。


 老中、秋龍のいる屋敷へと辿り着き、僕らは警備の作戦を練り始めた。


ーーーーーーーー



 夜の闇に紛れ、山を降る集団がいた。

 剣を帯刀し、黒い着物に身を包み、顔を鼻まで隠れるマスクで覆う。返り血が過去何度も浴びせられたが乾いて馴染み同化していた。

 今日の日を想定していたのだろう、スルスルと縄を伝って、山の斜面を降りていく。目指していたのはとある老中の屋敷だ。


 「待て」と白い長髪の男が、小声で指示を出す。そんなに歳は取っていないだろう、低くハリのある声だ。

 屋敷の手前で止まった。障子窓の隙間から明かりが漏れるのが見える。

「狙うは老中秋龍しゅうたつの首だ。残りは殺せ」と男が言うと、集団の一人が窓を蹴破って中へと襲来した。


 後続も続く。五人だ。白髪の男は明かりに照らされ、その長身と紺の着物が目立っている。

 だが様子がおかしいことに気がつく。明かりはついているが、辺りに人の気配はない。


「探せ」と男が言い、散開した。

 どこかから漏れていたか、と男は思うもその抵抗に可愛さを感じ、彼の中に楽しみが一つ増えたのだった。




ーー僕は物陰に隠れ、その瞬間を待っていた。



「いたぞ、女だ!」一人の男がクラリスを発見した。

 彼女は逃げも隠れもせず、老中の部屋の中で待ち構えていた。

 部屋の四隅に置かれた行燈が、彼女の顔を照らす。


 先に剣を振るったのは彼女だった。

 刺客は何人いるかわからない。一人でも確実に数を減らしていく狙いだ。

 キン!と金属のぶつかる音が何度かし、男が倒れる。


 残りの刺客もその争いを耳で聞き、部屋の中へと駆けつけた。

「貴様……、何者だ」

 倒れた男の側に立つ少女に疑問が湧いた。



ーー僕が待っていたのはこの瞬間だ




 背後から刺客に切り掛かる。

 挟みこまれる形になった三人の刺客は対応に遅れてしまっていた。

 一人を斬ることができたが、浅い。致命傷ではない。


 しかし、クラリスには一瞬の対応の遅れで充分だった。

 彼らが動揺し、隊列や警戒が緩くなったのを見て、彼女が切り掛かった。

 一人また一人、と彼女がトドメを差し、刺客を片付けたかのように思えた。



「おや、その顔は弥玲ゆれいか? こんな所で出会うとは、な」

 白髪の男が歩み寄ってきていた。


 その声にクラリスは聞き覚えがあった。

 眉間が歪み、歯を食いしばり、

「フジワラ・・・・・・」と呟く。


「覚えていてくれたか。嬉しいよ」

 彼は彼女とは違い、その顔には笑みが浮かんでいる。


 フジワラの実力を僕は知らない。

 しかし、クラリスは戦いたくないのだろう。少しずつ後退りしている。


「腕は上達したか? このままでは帰るわけには行かない、戯れだ、私に成長したか、見せてみろ」

 そう言った彼がゆっくりと刀を抜き、切り掛かった。




 その刀は異様に長い。

 一メートル半はあるだろうか。けして狭くはない部屋だが、周囲の畳や襖を切り裂き、クラリスに迫る。


「離れろ、巻き込まれる!」

 彼女の声を聞き、慌てて僕はその場から離れ、身を屈む。


「そんな余裕があるとは、嬉しいじゃないか」


 フジワラが切り掛かる。クラリスも刀で防ぎ、対応してはいるが、リーチの差があり彼女の刀は届かない。

「やめてくれ!」という彼女の声が虚しく響く。


 やがて戯れが終わったのだろうか、クラリスが膝をつくと、刀を振ることをやめたフジワラが話し出した。

 その剣先がクラリスの喉元に当てられる。


「そろそろ話してもらおう。老中はどこだ」

 だが、彼女は沈黙を貫く。その体から汗が滴り、着物を濡らす。

「そうか、残念だが……」とその沈黙を答えと受け取り、フジワラが刀を持ち上げ振りかぶった。



 今しかなかった。僕は飛び出し、背後から彼に切り掛かる。

 だが、足音に反応したようだ。彼の刀が向きをかえ、こちらへと切り掛かる。

 キンと高い音が聞こえる。どうやら彼の刀を防ぐことには成功したようだが、その剣圧に弾き飛ばされてしまった。


「貴様、何者だ」と低く、圧のある声でフジワラが尋ね、こちらに一歩ずつ歩みを寄せる。

「待て! そいつは私の友達だ!」クラリスが叫ぶ。

 その言葉を笑みを浮かべ、慌てて立ちあがろうとする僕の首にフジワラの左手が伸びる。

「ガハッ」掴まれた。呼吸ができなくなる。苦しさが訪れ、手に持っていた刀を落としてしまった。


に免じて、今日は見逃してやろう、」

と言った彼がその言葉を意味を理解しようとする僕を投げ飛ばし、その場を立ち去った。


 しばらく続いた静寂から、彼が立ち去った事に気がつき、難を逃れた事を知ったクラリスが口をひらく。


「すまないハルキ、私のせいで……」


 彼女のせいではない。

「それは違う、クラリス。君がいなかったら僕は死んでたよ」

そして、彼女の背負う、自責の念を僕も一緒に背負えないか、という思いが僕にこう言わせた。


「僕も一緒に、強くなるよ」

 

 

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