タマキとジン
山の日没は早い。
すぐに日が沈んでしまい奥の方にちらほらと篝火のような光が見え始める。
僕らの影が月明かりで深く伸びてゆらゆらと足元に揺れていた。
「山の途中に休憩出来るところがあったはずだ。行こう」
山間の谷間から街の明かりのようなものも見えるが僕にはそれが街だとは思えない。
だが本当に人がいるらしい。
◇
もうかなり歩いただろうか、足が痛みを感じる。
僕が額から滴る汗を拭った時、目の前の平地の開けた場所に三角の屋根のあるロッジのような休憩所が建っているのが見えた。
クラリスも足が限界のようで、
「ここで今日は休もう」
そう荒く息を吐きながら言って扉を開け中へと入っていく。
ロッジの中に釣られたいくつかのランタンの明かりが木の内装と僕らの顔を優しく照らしている。
奥に談話室のような休める空間があるようだが仕切りで区切られていてよく見えなかった。
受付のベルを鳴らすと奥から管理人だろうか、一人の男が現れた。髭面だが丸い顔と丸い目が心配そうにこちらを見つめる。
「こんな時間によくきたねぇ、泊まっていきな、どこからきたんだい?」
「サザンピークです。二人、泊まれますか?」
「大丈だよ。ユアンからきたのか……ちょっと待ってな、これに一応名前を書いてくれ、」
「おーい、チヨちゃん、ユアンからの旅人がきたよーー!」
僕が利用者名簿に名前と、どこからきたかなどを書いていると、仕切りの奥から淡い黄色の、紗綾形模様の着物を着た女性が現れた。
三つ編みのお下げがよく似合い、その手には竹傘を持っている。
「私は、チヨと言います。ユアンからの使者をお待ちしておりました。何かご存知ではありませんか?」
「 それって、もしかして救援のことですか?」
「そうです! 先日送った手紙、届いていたのですね。ユアンから来る者は必ずここを通りますから、お待ちしていました。もしかしてあなた方が?」
「はい、僕はコウキ、こちらがクラリスと言います」
彼女の不安げな表情が一変し、待っていた甲斐があったのだろう、歓喜の笑顔に包まれていく。
「では、明日私がタマキ様の屋敷まで案内いたします!」
「ひとまず、休ませてくれないか?」
仕切りを開け、休憩所の中央にある囲炉裏に既に手足を伸ばしていたクラリスがそう言って、僕も隣に座った。
囲炉裏とそれを囲むように座布団が敷かれ、部屋の片隅に布団と毛布などの寝具が畳まれて置かれており、ここで眠る眠ることができそうだ。
「すみません! 遠いところ、お疲れでしょうから今日はゆっくり休んでください。私がお茶を入れますね」
チヨはそう言って受付から茶碗と小さめのやかんを受け取り、お茶を入れてくれた。
温かいお茶が歩いて疲れていた僕の体に染み渡った。
その日はご飯も食べずにすぐ眠ってしまった。
◇
次の日、ロッジから出ると昨日は暗くてよくわからなかったがそこは峠になっていて右手には僕らが登ってきた登山道があり、左手の道は二本に別ていた。
その一つは谷へと続き、もう一つは更に山を登る道が続いている。
「ここを降ります。ヒューガは谷にありますから」
僕らは山を降りて谷へと向かう。
遠くに家の屋根のようなものが見えたがしばらくしないうちに、チヨが斜面の窪みへと足を近づけ僕らは止まってしまった。
「使者様、どうぞこちらへ」
彼女がそう言って岩壁を何やらごそごそと触り始めるとなんと斜面の岩が扉になっており、その岩が横にずれると中には人が一人通れるほどの大きさの通路があった。
「ここを進みます」
彼女は通路の入り口に置かれた手燭に火をつけて中に入っていった。
僕らもそれに続く。
彼女が中から扉を閉めると闇が覆った。
「この通路は万事の際の脱出経路なんですがそれを使います」
自然の洞窟を利用したであろう通路は中は広く、身を隠すのにはもってこいの場所だった。
途中、通路の右側に羽衣を着た石仏の像が建っていたのでクラリスに尋ねてみた。
「ヒューガにも神がいるの?」
「あぁ、ミコト様だ。私は名前しか知らないが」
ミイロとは違う神がこの国にいるらしい。
会ってみたい気もするし会ってみたくない気もする。
「ここです。今開けますね」
洞窟を少し下って行き、道中の壁に作られた扉に辿り着くと見た目の古い、あまり手入れされていない二重の扉をガタガタッと開けて僕らはタマキの屋敷へとたどり着いた。
「この扉、上手く開かないんですよ……、でもここが、タマキ様の屋敷になります。どうか話をお聞きになってください」
中の屋敷には障子が張り巡らされ、床の木材を歩くとキシキシと音を立てる。
廊下を進み、屈んだチヨが「失礼します。ユアンからの使者をお連れいたしました。中に入ってもよろしいでしょうか」と戸を開けて、タマキという人物の待つ、畳の部屋に通された。
十六畳ほどの部屋の中央の囲炉裏机の奥に二人の人物が座っていた。向かい合って僕らは座布団に座り、話し出す。
「お待ちしておりました。私はタマキ、こちらは、ヒューガの現皇帝のご子息であるジン様です」
薄紅色の着物を着た女性がこちらに声をかける。センター分けされた髪型がその若い顔を強調させる。
ジンと呼ばれた男性は渋い茶色の袴と上に濃く暗い緑の着物をきており、荒い髭が目立ってはいるがシワの少ない比較的若い顔をしていた。
「僕はコウキ、こちらの彼女はクラリスです。ヒューガの為、ここまでやってきました」
僕が挨拶するとジンが朗らかに口を開いた。
「そなたらがユアンの使者か、ちと心許ないが、なぜここに呼んだか、説明せねばな」
「私には
表情をあまり変えず語るそれは、本当のことだった。朗らかな彼の表情の裏に、覚悟が見てとれた。
僕の隣に座るクラリスが口を開く。
「千豪の部下に、『フジワラ』という者はおりますか?」
ジンは驚いてその口を大きく開ける。
「よく知っているな。『フジワラ』は金で雇われてはいるが、実質的な頭領だ。奴の指示で千豪の部下たちは動く」
隣で疑問を感じたタマキがクラリスに尋ねた。
「フジワラをご存知なのですか?」
「はい。
「それは……運命とは過酷だのう、彼を止めなければセンゴウがやがて私やタマキを殺すだろう。協力できるか?」
同情してはいるようだが、その言葉は冷たく、暗い。
「はい。私が奴を斬ります」
「よかろう。タマキ、次に狙われる者を聞くことはできるか」
「少しお待ちください、今、会話いたします」
二人が話し出すと彼女の右手の人差し指に付けられた青い宝石のついた指輪が輝き始めた。
右腕を伸ばした彼女の前の空間に黒い穴が開き、中に人がいるのか、なにやら話し出す。
「あなたは斬られたのですか、それは苦しかったでしょう。よろしければ、次に襲うものを教えてはいただけませんか?」
「はい、えぇ、ありがとうございます。あなたの思いは受け止めました」
僕には相手の声は聞こえない。
誰かと会話しているようだ。
やがてその会話が終わり、穴が閉じると彼女は口を開いた。
「申し遅れました。私はヒューガの神『ミコト』の使い、タマキと申します。今虚無に落ちた者と会話した限りでは、次に狙われるのは老中の
「そうか、ありがとうタマキ。早速だが、秋龍の元へと向かってくれないか?」
「かしこまりました。今日中に彼らを案内いたします。」
二人はそれが当然のことかのように話を進めていく。
待ってくれ、どういうことなんだ、と思うが、タマキに連れられて屋敷を出ることになってしまった。
僕はその彼女に気をとられてしまい説明を受ける間クラリスの手が少し震えていたことには気が付かなかった。
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