梅雨の男。~100パーセントの雨男?~

木立 花音@書籍発売中

第1話

 俺は雨男だ。

 雨男。その人が外出したり何かしようとしたりすると雨降りになると言われている男性をひやかしていう語で、物の例えみたいなものだ。

 いつも雨が降る? そんなのただの偶然だろう。考えすぎだ、勘違いだなどと君は思っているかもしれない。

 いや、みくびってもらっては困る。

 俺は正真正銘の雨男なのだ。(自慢することでもないが)

 たとえば幼稚園の遠足のときも雨だったし、小学校の運動会もほぼ毎年のように雨に降られた。ほぼ、と言った通り、二年だけ雨が降らない年があった。俺が風邪をひいて休んだ年と、自転車で転んでしまい足を骨折した年だ。つまりどちらも俺が参加しなかった年だ。(思えば俺はあまり運がいいほうじゃない)

 偶然にしては出来すぎだ。

 それ以外には、文化祭の日も毎年雨だった。文化祭は基本的に屋内行事なので、事なきを得たとはいえ。

 俺の周囲では年がら年中雨が降っていて大変だろう? と思うかもしれないがそんなことはない。

 基本的に、天気予報通りになる。

 しかし、俺が何かをしようと思い立ったり、何かイベントごとがあるときはことごとく雨になるのだ。

 どうして降水確率〇パーセントなのに雨が降るのかな? と首を傾げているクラスの鈴木さん。

 ごめんね! それ俺のせいなんです!


 つまり、梅雨時ともなれば大変だ。

 ただでさえ雨が多い季節なのに、それプラス俺の力で雨が降る。それはもう降る。じゃんじゃか降る。

 そうなると、鈴木さんが着ているブラウスが雨で濡れて、下着がうっすら透けてしまうというイベントが発生してしまうかもしれない。

 すみません。とてもいいです。

 それはそれでとてもいいのだが、いつも雨ではおいそれと旅行にも行けない。どうにかしないといけないのも確かだ。

 俺が外出しても、雨に降られない方法がひとつだけある。あるというか、だったらいいなという半分願望だが。

 それは、俺以上に強い力を持っている、「晴れ男」および「晴れ女」に同行してもらうことだ。これでなら、俺の雨男パワーもこうなんかうまい感じに中和されるに違いない。(※未検証)


 善は急げ。

 思い立ったが吉日。

 俺はアカウントを所持しているとあるSNS(仮にエックスとしておこう)を使って、「晴れ男」を探すことにした。


「当方、雨男。晴れ女の君と合コンしたいです」


 ……しまった。晴れ男の友人を探すつもりだったのになぜか晴れ女を募集してしまった。しかも合コンとは何事か!?

 欲望ダダもれの呟きを後悔していたのだが、ところがどっこい、すぐに反応があった。


『あたいがその晴れ女だよん。っていうか、ガチの雨男と晴れ女って相性良くなくない?』


 マジで返事きたー! ……良くなくないって良いのか悪いのかどっちなの? と疑問が頭に浮かぶがまあいいか。ノリの軽い人で助かった。


「じゃあ、いきなり合コンとかするのもなんなんで、とりあえず一度会いませんか?」

『いいよーん。……でも、会えるかな? あたいが住んでいるの神田なんだけど』

「えっ? すぐ側じゃないですか? 俺も東京住みなんですよ。これはきっと運命かもしれませんね!」


 なんという運命のいたずらか。神様って本当にいるんだね。どこのなんていう神様かは知らんけど。

 待ち合わせ場所は、東京駅八重洲地下中央口にある銀の鈴広場に決まった。


『了解だよーん』


 やっぱり軽い。返事まで軽い。さすが晴れ女か。

 こうして、あれよあれよと人生初デートの日取りが決まってしまったのだった。

 こいつは大変だ! 何を着ていくのかとか、どこに行くのかとか決めておかなくちゃ!


 デート(?)当日。八重洲地下中央口の手前にある、銀色の鈴のモニュメントがある場所に向かう。待ち合わせをした時間は十時。現在の時刻は九時五十分だ。

 今日の天候は雨。土砂降りでこそないがしとしとと降り続ける霧雨みたいな空模様だ。まさに雨男の本領発揮といったところ。


「さて。彼女はもういるかな……?」


 ミユキさん、と名乗った彼女は十七歳。俺と同い年だった。

 今日の服装は、黒のキャップを被って黒のスカートを履いているとのこと。シックな色あいの服を着こなす、ミステリアス美少女といったところだろうか。

 八重洲地下中央口に入って銀の鈴のモニュメントがある場所に目を向けると、確かにいた。黒い帽子を被っている女性が。

 つばの小さい黒のキャップ。黒のブラウス。黒のタイトスカート。ついでにいうと履いているパンプスも黒で、ここまでくるとお通夜か! と思わず突っ込みそうになる。

 着ている服のセンスも、どこか垢ぬけない。一昔、二昔前に流行った服を、アレンジもせず着続けているみたいで残念なセンスだ。

 待って。この子が本当に晴れ女のミユキさんなの? あたいは晴れ女だよん、なんてテンション高く言うの?

 さっきから俯いてばかりだし、よく見えないけどそれでもなんとなく表情が暗そうだとは思う。

 見間違いではないのか?

 疑問に思いながら周囲を見渡すが、残念ながら黒いキャップを被った女は他にはいない。

 えええ……。本当にあの人なの?

 ダメだ。人を見た目で判断するんじゃない。

 そう自分に言い聞かせて近づいていく。

 足音に気づいた彼女が顔を上げる。

 黒縁の眼鏡。幸がなさそうな薄い眉と瞳。全体に生気がない。すいませーん、生きていますかー?


「あの……」

「もしかして、タケシさんですか?」


 俺の声に被せ気味に彼女がそう言った。


「声ちっさ!」


 蚊の鳴き声よりも小さい声で言った彼女が、間違いなくミユキさんであるらしい。

 晴れ女に抱いていたイメージが、ガラガラと崩れ去った。


   雨 雨 雨


「タケシさんのイメージ、思っていたのと少し違いました。……こう、てっきりオタクっぽい雰囲気の人が来るものだとばかり……」

「よく言われます」


 雨男だしね。でも俺って、結構性格は明るいんです。


 場所を変えて、俺たちは駅の構内にあるコーヒーショップに来ていた。

 窓から見える空は、相変わらずの曇天だ。


「思いの外派手な服装の人が来たので、驚いてしまいました……」


 ふふふ、と笑ったそのあとで、ミユキさんがゲホゲホと咳込んだ。大丈夫だろうかこの人。チャットアプリのときとテンション違いすぎない?

 まあ、俺の服装は確かに奇抜だ。黄色のトップスにブルーのパンツという服装は、晴れますようにとの願い込めてのものだ。叶わないんだけどね! だいたい効力を発揮しないんだけどね!


「驚いたといえば、こちらもですよ。SNSではテンション高めのリアクションをしていたので、こう……なんと言ってよいかわかりませんが……もっと活発な方かと思っていました。……ああー、いやいや、悪い意味ではないのです! 思っていたより落ち着いていると言いますか」

「いえいえ。わかっていますよ。自覚はしていますので……。私、文字では饒舌になるタイプなんです。うふふ……」


 わかるー。そういう人いるよね。


「すみません、何を着て行こうかとか、どういう話をしようかとかいろいろ考えすぎてしまって……。結局いつも着ている服を選んでしまいました。ちょっと地味ですよね? この服」


 ちょっとではないと思うけどね。


「ああ、俺も着ていく服で悩むことはよくありますよ。散々悩んだわりに、雨に降られて後悔してしまうのですが……」


 ははは、と愛想笑いをした。

 いつも着ている服を選ぶと全身漆黒になるの? うるし塗りなの? それちょっとおかしくない?


「失礼ですが、ミユキさんは本当に晴れ女なのですか?」

「あ、はい。そうですよ。私がいると雨がまったく降らないので、昔住んでいた村が干ばつからくる大飢饉で滅びてしまったことがあるくらいなのです」

「それ、本当ですか?」

「うふふ、まさか。冗談ですよ」


 そのぼそぼそ喋りで冗談を言うの、ちょっと可愛いじゃないか。もしかしたら、案外この子明るいんじゃないか?


「あの……。もしかして、タケシさんはお嫌でしたか? 私なんかと、こうして会うのは……?」

「いえいえいえ! そんなことはありません! ただ、あまりにもイメージと違うもので面食らっているだけです」

「そうですよね……」


 そう言ったきり、彼女は俯いてしまった。


「あの……」

「はい?」

「もし良かったらなのですが、俺と友だちになってくれませんか?」


 俺の発言が意外だったのか、ミユキさんが目を丸くした。

 単純に、少し興味がわいてきたのだ。100パーセントの晴れ女である彼女と、100パーセントの雨男である俺が交際することになったら、天気はどちらの意向を優先するのだろうと。最強の矛と盾がぶつかったとき、どんな結果がもたらされるのだろう? ってね。


「いいのですか? 本当に私などで?」

「はい、ぜひ! こちらから友達になってほしいと言ったのです。俺で良ければ喜んで」


 ミユキさんはそれを聞いて、安堵した表情を見せた。


「ありがとうございます……。それでは私も、タケシさんと友だちになりたいです」


 会ってすぐ、こんなことを言い出すのは不謹慎だろうかと正直思った。

 だが、お互いに何もかもが正反対な俺らがこうして知り合ったのは、何かの縁じゃないかと思うのだ。なら、神様がお膳立てしてくれたこの運命に、乗っかるのが筋ってものだろう。

 店を出て、駅から出ると、雨はすでに止んでいた。道行く人も、傘を閉じて空を見上げていた。

 天候は雨のち晴れ。俺たちの能力が干渉しあった結果、こうなったのだろうか。

 俺の心境もまた同じで、雨続きだった人生に、一筋の光明が差したようだった。

 隣で彼女が笑う。「これからどうしましょうか?」と。


「いきなり雨が降っても困らないように、映画館で映画なんてどうかな?」

「それもいいですね」


 雨と晴れとが混じり合った空には、ひと筋の虹がかかっていた。

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