第4話 詩乃の過去と明輝の声

『もしもし、安住君?』

「あ、ああ。こんばんは」

『スマホから明輝君の……! いえ、こんばんは』


 スマホから茅ヶ崎の声がする。

 あまりにも非日常のことなので、話すことが出てこない。一体俺は何をすれば良いのだろうか。


『ごめんなさい、やっぱり夜は迷惑だったかな?』

「いやいや、そんなことないって。どうせ俺も暇だし」

『そういえばあなたって頭がバッドなボーイだったわね。そりゃ勉強もしないわよね』

「はいはい悪かったな」


 こうやって大口叩けるほどに、茅ヶ崎の成績は良いものだ。

 あまり覚えていないが、中間テストは学年一位だった気がする。


「そんな優等生さんは大丈夫なのか? こんな俺のために時間を割いて」

『あなたのためじゃないわ。それに、勉強は捗るからいいのよ』

「……そ、そうか」


 今の俺の話しぶりを見ると、大半の人は「コイツ慣れてるな」と思うことだろう。

 だが実際はそうでもない。荒ぶる心を押さえつけ、緊張をひた隠しているだけの生粋の陰キャだ。バレたら笑われる未来しか見えないからな。


 しばらく沈黙が続く。

 が、それを破ったのは茅ヶ崎の方だった。


『あの、安住くん』

「なんだ?」

『もうちょっと喋ってくれない?』


 なんでだよ。無理だって。

 いざ話すとなると何も話題が浮かばないし、普通に相槌を打つだけでも限界なのに。


「悪い。こういうのに慣れてなくて」

『これだからヘタレは……いいわ。私がリードしてあげる。…………その、今日はいい天気ね』


 お前も慣れてないのかよ。そのくせ見栄張って……なんか俺みたいだな。

 全く接点がない孤高の高嶺の花かと思っていたが、案外人間っぽいところもあるらしい。


『おかげで月が良く見えるわ』

「そうなのか?」


 耳を凝らせば、電話越しに風の音が伝わってくる。外に出ているのか、ベランダにいるのか、窓を開けているのか。いずれにせよ、夜空を眺めていることに変わりはない。

 気になった俺は、窓を開けて黒く染まった空に目をやる。

 言われた通り空には雲一つなく、月や星が良く見える。


「満月だったんだな」

『そうね。綺麗だわ』

「……だな」

『もう少し返し方があったでしょうに』


 今、電話している人と同じ空を共有しているとなると、少し思うところはある。

 未だに茅ヶ崎の意図は掴めないでいるが、こうした時間を過ごすのも悪くない、と思ってしまった。


『悪かったわね。夜遅くに』

「いや、こちらこそ。わざわざ電話かけてもらってごめんな」

『そう……じゃ、また明日』


 そう言うと、ツーツーという音と共に沈黙が訪れた。



 ***



 私――茅ヶ崎詩乃は男が嫌いである。

 常に下心丸出しで、少し可愛い人がいればすぐ寄ってくる。まるで猿のよう。


 私は中学の頃、そんな男が嫌いで一切のコミュニケーションを許さなかった。正直、声を聞くだけで不快だった。

 言い寄ってくる男は少なくなかったけれど、その全てをバッサリ切り捨てていた。もちろん、業務連絡も最低限。

 そんな生活を送っているものだから、もちろん私を良く思わない人だって現れる。


 特に女子からである。

 最初は軽い嫌がらせを受けていただけだったが、日に日にエスカレートしていき、次第には世間的にいじめと呼ばれるものに発展した。

 その波紋は徐々に男子にも広がり、誰も寄り付かなくなった。

 結果、男も女も信用できない、心を閉ざした人間が完成した。


 私が声に敏感になったのはちょうどその頃からだっただろうか。

 相手の顔を見ないようにしても、声だけは入ってくる。そのせいで、声だけで相手を判断できるようになっていた。

 本当は良い人だという可能性は常に考えるものの、声を聞いて落ち着けない人とはどうしても関わる気になれなかった。


 そして、大して楽しくもない中学校生活が終わり、高校生になった。

 正直、今は人と関わりたくないという思いの方が強かったから、当然誰かと関わろうという気にもなれず、つまらない高校生活を送ることになるだろう。


 ――と、そう思っていた。


 事実、高校に入ったばかりの頃から男子どもが寄ってきたのは言うまでもなかった。その度に「話しかける権利を与えた覚えはない」など適当な理由を付けて断っていた。


 でもたった一人、気になる人がいた。

 彼はクラスでも浮いている方で、所謂陰キャと呼ばれるものだった。

 何に対しても――特に人間関係に対しては無関心だった。

 確かに、最初は男友達を作ろうとしているようにも見えたが、そのどれもが空回っていた。


 そんな彼のことを気になり始めた理由――始まりは〝声〟だった。

 彼の声は、閉ざしていた私の心に入り込んできた。そして気付いたのだ。

 ――私と似ているな、と。


 私は声だけである程度の人格が掴める。

 声のトーン、話すスピード、曇り具合。

 誰かが耳を凝らさなければ気付かないようなことでさえ、私にかかれば一度聞くだけで理解できる。


 だからこそ気付いたのだ。

 彼も、心を閉ざしていることを。何かから逃げていることを――

 それを抜きにしても、単純に彼の声は心地よかった。他の誰かとは違う、何かを持っていた。



 幼い頃からこれだった私と、一緒に遊んでくれたあの男の子に似ていた。

 ただ純粋な心だけで私に接してくれた、あの人に――



 そしていつの間にか、彼の声だけが唯一の希望になっていた。

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ただの声フェチなクール美少女が俺を好きになるまで。 晴乃けがれ @kegare861

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