第3話 例外
「明輝、お前にもようやく春が来たのか……」
「春が来たことない前提なのは少し気に食わないが……ってかそもそもそんなんじゃねぇし」
お前にはさぞ春が訪れることだろうな、と心で愚痴を吐く。
それに、さっきのは告白でも何でもない。彼女は俺に興味がないと断言していたし。声が好きだというところにはちょっと引っかかるが。
「……つまり何かやっちゃった系? ほら、靴にゴキブリの模型入れちゃったり」
「そんなことするわけないだろ」
「え! じゃあ本物を!? 明輝も下衆だなぁ」
「もっとありえんわ!」
それ思ったより楽しそうかも。なんちゃって。
……憂鬱だ。
あの茅ヶ崎にまた呼び出された。しかも、今度は公衆の面前で堂々と。
おかげでまたあの男子らの声が聞こえてくる。
「あの茅ヶ崎さんがあんなヤツに? いやいやありえんだろ」
「あんなクソ陰キャに限ってそんなことはありえんな」
「どうせ業務連絡とかだろ。それか説教とか」
「説教……イイなそれ」
業務連絡であればどれほど良かったことか。説教は……確かに悪くないか。
幸いあちらも俺に興味はないようなので、今日のところは穏便に済ませたい。
やたらと早く回る時計を背景にしながら、授業は一通り終わった。特に話が頭に入ることもなかった。
***
放課後。
窓の空いた教室。太陽が西に傾き、少しだけ赤く染まった陽光が差す。颯爽と入り込む風はカーテンを揺らし、前の机の上に座る少女の髪も靡かせる。
どこか儚げなその少女は、寂しそうな瞳をしていた。
垂れる髪に触れ、 耳にかけるその様は、まさに清楚系美少女そのものだった。
「何見惚れてるのよ」
「悪い悪い」
教室に入ってすぐのドアの前で立ち止まっていた俺に気付くと、彼女は視線だけでこっちに来るよう指示した。
近付くと同時、茅ヶ崎は立ち上がり、こっちに向き直った。その瞳は真っ直ぐ俺の目を見つめている。
流石に恥ずかしくなり、サッと目を逸らす。
誰にも言っていないが、昨日の一件以来、茅ヶ崎を見るとドキッとしてしまうのだ。高校に入ってからちゃんと周りと向き合っていなかったから、感覚が麻痺していたのだろうか。それとも――
「安住君、単刀直入に言うわ。なんで今日一言も話しかけてこなかったの?」
「……は?」
「だって昨日言ったじゃない。話しかける権利をあげるって」
ようやく「話しかける権利」の真相が分かったかもしれない。つまり――つべこべ言わず話しかけろ、ということだろう。
確かに俺はちょっと声が良いのかもしれないが、いくら声が好きだといっても、普通ここまでするだろうか。
「あのね安住君、これは権利であって義務でもあるの」
「はぁ」
「だから義務を破った罰として、連絡先を教えなさい」
「はぁ……ん? 連絡先?」
「そうよ、連絡先。いいから早く」
「わ、わかったわかった」
言われるがままに、連絡先を交換してしまった。例の緑のアレである。
――茅ヶ崎のアイコン、思ったより可愛いな。
優しいタッチの犬の絵だった。普段の茅ヶ崎とはどうも似ても似つかない。実際はただ冷たいだけじゃなくて可愛いのかもしれないな。
「それと、今日の夜電話かけるから、覚悟しておくことね」
そう言って、スマホを持った手をひらひら~と振り、出ていった。
ほんと、嵐みたいな人だ。
「……やった」
――去り際にボソッと呟き、胸の前で両手をギュッと握っていたことには、安住明輝は気付かなかった。
***
昼とは打って変わって、月と星と街の明かりだけが輝く夜になった。
さっき、茅ヶ崎が夜に電話をすると言っていた。もう九時だから、そろそろだろうか。
あまりにもトントン拍子で進んでいったから気付かなかったが、どうやら俺は初めて女子の連絡先をゲットしたらしい。
「……~ッ!!!」
今になってやっと喜びが湧いてきた。
だって初めての女子の連絡先だぞ!? ずっと縁がなかったものがようやく俺の手に……
相手は茅ヶ崎だがそんなの関係ない。なんなら嬉しい。
「……って、なんで俺喜んでるんだ?」
もう、三次元の女子は信用しないと誓ったはずだ。
そう思った途端、過去の光景がフラッシュバックする。思い出すだけで吐き気がするほどだ。
――でも、なんでだろう。
その記憶が、今日の放課後の教室にいた茅ヶ崎によって塗り替えられていく気がした。
思えば最初からそうだった。
普通なら女子から誘いを受けても、その場で言い訳をして断っていただろう。しかし、茅ヶ崎の時はそれをしなかった。
なんとなく、本当になんとなくではあるが、心の中に渦巻くモヤモヤが少し解消された気がした。
あの子は、俺が思うような女子とは違う。
これは完全に俺の想像でしかないが、彼女からは悪い気を感じない。どこか親近感さえ感じる。
そんな彼女に、いつの間にか心を開いていたのかもしれない。
かと言って過去が消えるわけでもないので、少し疑心暗鬼ではある。だからもう少し時間をかける必要があるかもしれないが、彼女なら俺を変えてくれるかもしれない。
淡い期待を胸に灯した時、スマホが鳴った。
画面には優しいタッチの犬の絵。
相手からすれば迷惑極まりないだろうけど、心の拠り所ができたように感じて、少し安心した。
俺の過去も、いつか彼女に――茅ヶ崎詩乃に話す時が来るのだろうか。
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