第2話 平穏クラッシャー
昨日の例の告白の後、茅ヶ崎は何も言わず去っていった。
詳しいことは一切聞いていないため、俺が何をすれば良いのか全くもって分からない。
正直、今茅ヶ崎と顔を合わせるのはちょっと気まずい。
彼女は俺と同じクラスなので、避けることは難しいだろうが、できることなら平穏に過ごしたい。
「はぁ……」
思い出すと自然とため息が零れる。金曜日だというのに憂鬱でしかない。どうしても嫌な予感が拭えないのだ。
俄然モヤモヤしたままだが、俺は教室に足を踏み入れた。
いつも見る光景。既に慣れた空気感。
ふと、茅ヶ崎が目に入る。今日も一人で読書中のようだ。その点で言えば俺と同類に見えなくもないが、容姿の差のせいでそれが一気に台無しだ。陽キャでもないのにカーストトップに鎮座しているのだから。
そんな彼女の様子を見ながら席に着いた。
「なあ、茅ヶ崎さん俺のこと見てね?」
「は? 俺だろ」
近くの席の男子の話し声が聞こえる。
男子高校生は女子と目が合うだけで恋に落ちるという大病を患っているので、彼らは恐らく被害者だろう。
馬鹿馬鹿しいと内心嘲笑しながら、一度茅ヶ崎の方を見た。
後悔した。
バッチリと目があってしまったのだ。しかもあれ、睨んでるよな。
いや、普段からお世辞にも目つきが良い方だとは言い切れないので、一概に睨んでるとは言い切れないか。あれは普段通りなはずだ。
一限目が始まるまで少し時間がある。何故か昨日から疲れが取れないので、少し寝ることにしよう。
そして俺は机に突っ伏し、瞼を落とした。
***
「……い、おーい。もう授業始まるよ」
「……ん」
誰かの声で目が覚めた。まさか俺を起こしてくれるお人好しが存在するとは。
そう思い辺りを見渡す。すると既にほとんどの人が着席しており、時計の針も一限目開始の一分前を指している。
「えっと、確か君……足立君だっけ?」
「…………安住です。えっと……誰でしたっけ」
声の主は後ろの席の男子だった。生憎名前は覚えていない。
第一印象は陽キャだ。あくまでも俺とは対極に位置していそうである。
ほんのり茶色がかった髪はサラサラで、整えられている。顔立ちも抜群で、恐らく誰が見てもイケメンだと判断するレベル。
「クラスメイトの名前を覚えてないなんてひどいなー。平井だよ、
「お前も俺の名前覚えてなかったじゃねぇか」
「あははっ。安住君、見かけによらず面白いね」
「そりゃどうも」
見かけによらずは余分だろ。
そういえば、業務連絡以外で初めて話しかけられたな。正直嬉しい。
……これはまさか、夢にも見た高校生になって友達イベントってやつか!? これはチャンスだ。ぼっち脱却の大きな一手になるだろう。平井も悪い奴ではなさそうだし。
イケメンすぎてキラキラしてるのはちょっとムカつくが。
「ともあれ、これも何かの縁だ。これからよろしく頼むよ、安住君。史也って呼んでもいいからね」
「早速呼び捨て!? ……わかったよ。こちらこそよろしく……史也」
「じゃあこっちも下の名前で呼ばなきゃね。名前は?」
「あ、明輝……」
「明輝か、オーケー。改めてよろしくね、明輝」
「お、おう」
陽キャのコミュ力恐るべし。もう友達になっちゃった。いや、これを友達と呼んでもいいのか?
ちなみに、俺はただ陰キャなだけで、コミュ障なわけではない。ある程度の会話なら交わせる。一応会話を躱す能力も備えている。
「授業始めるぞー」
チャイムと同時に先生の声が響き、そんなこんなで一限目が始まった。
***
昼休みが訪れた。
今まではぼっちの昼休みだったが、今の俺には史也がいる。ここは一つ「一緒にお弁当でも食べようぜ」なんて言ってみたり。
「な、なあ、ふみ…………」
史也を誘おうと振り返るが、そこには誰もいなかった。
まあそうだよな。俺は陰キャでアイツは陽キャ。交友関係の幅が違う。友達の一人や二人、あるいはそれ以上と一緒にいるのだろう。彼女だったり女友達と一緒にいる可能性だってある。
少し舞い上がりすぎたか、と細々と少し反省し、一人で食べる準備を始める。
「おーい明輝、何そんな寂しそうな顔してんだ? もしかして、俺がいなくて不安になったか?」
「な……」
突如肩を叩かれ、ビクリと反応する。
史也だ。眩しい。
というか、友達と食堂にでも行ったのかと思っていたのだが、そうでもなかったのか。
「いいのか? 俺なんかに構ってて」
「いいんだよ。明輝とは仲良くなりたいし」
「そっか……ありがとう」
「いいってことよ」
そう言うと史也は、今空いている前の子の席に腰掛け、俺の机の上に弁当を置いた。
本当に史也はいい人だ。こんなに優しくてイケメンならさぞおモテになることだろう。
そう思っていた矢先、俺達の近くに一人の女子が寄ってきた。満更でもない顔をしている。これは史也目当てだろうな。
「ひ、平井君!」
「ん? どうしたんだい?」
「あ、あの……放課後、体育館裏で待ってますっ!」
彼女は恥ずかしそうに去っていった。
しかし、当の本人である史也は、さも当たり前のような顔をしていた。
「……史也ってモテるんだな」
「そんな目をしなくたっていいじゃないか……別に、そうでもないよ」
「そうやって謙遜するところもだぞ」
友達になった初日に、何気ない会話で盛り上がっていた。しかしその瞬間、周囲がざわつき始めた。
「おい、あの茅ヶ崎さんが動いたぞ!」
「……なんか俺の方に来てね?」
「なわけねーだろアホか。多分アイツ狙いだろ。平井だがなんだか。あのイケメンの。一緒にいる陰キャは知らねーけど」
「へぇ……ま、確かにあれはいつも絶対防御張ってる茅ヶ崎さんだって落とされるわな」
しれっと攻撃してくるの辞めてくれ。
ともあれ、確かに茅ヶ崎がこっちに向かってきている。
……何か嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
茅ヶ崎は俺達の前で立ち止まり、笑顔のまま口を開いた。
ゴクリと固唾を呑む。恐らく茅ヶ崎も史也目当てだろう。そう信じて。
「……ねえ安住くん。放課後、ちょっと教室に残ってて」
俺の平穏が崩れる音がした。
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