ただの声フェチなクール美少女が俺を好きになるまで。

晴乃けがれ

第一章

第1話 告白(?)

 高校生になってしばらくが過ぎた頃。

 俺に背を向けたはずの春が、ようやく向き合ってくれるんだと勘違いしてしまう出来事があった。


 靡く髪にそっと触れ、上目遣いでこちらを見る少女はあまりにも可憐で、固唾を呑む。


「あのね、安住君。私……」



――となる前に遡ること数分前。


 俺こと安住明輝あずみあきは、体育館裏に呼び出されていた。今はそこに向かっている最中だ。

 体育館裏、異性と二人きり。となれば考えられる理由はただ一つ。そう――告白である。


 ――茅ヶ崎詩乃ちがさきしの

 この学校でその名を知らぬ者は存在しないだろう。きっと。

 容姿端麗。成績優秀。運動もそれなりにできる。

 一年生にして圧倒的な存在感を誇り、瞬く間に校内のカースト上位に躍り出ていた。

 しかし、彼女は超クール。というかドライなのだ。

 既に何人もの命知らずの男子から告白を受けているそうだが、実際に断られなかった人は一人もいないそうだ。

 普段の学校生活でも、話しかけてくるなオーラを存分に醸し出している。これも一種の表現の自由なのだろうか。


 そんな茅ヶ崎が、俺を体育館裏に誘った。

 あれは誘ったと言うか、一種の命令だったような気はするが。


 正直訳が分からない。

 俺は入学以来、目立った覚えがこれっぽっちもないのだ。

 中学の頃から陰キャの部類に入っていたせいか、そのままズルズルと。結果友達もできず、良く言えば孤高を貫く一匹狼、悪く言えばただのぼっちだ。

 別に今の状況を嫌だと感じたことはない。無駄に人と絡むよりは、こうして平穏に過ごせた方が楽だとか思っている。そんな言い訳。

 だから、そんな俺を呼び出す意図が全くもって掴めない。

 ……よく考えればあっちもぼっちか。


 ともかく、茅ヶ崎の意図がどうであれ、告白だろうがなんだろうが正直あまり興味が無い。

 理由は至って単純で、特に女子に関しては三次元をあまり信じていないのだ。俺にとっての希望は二次元だけ。まあ、そうなったのにも理由はあるのだが。


「ま、大したことじゃないだろ」



 ***



「遅かったわね」

「すみません。えっと……何の用、ですか?」


 体育館裏に訪れると、既に茅ヶ崎が待ち構えていた。

 いくら女子に興味が無いと言っても、その美しさには思うところがある。

 吸い込まれそうなほどに純白の肌。艶のある唇。端整な顔立ち。伸びた髪は、それはもう手入れが行き届いていた。

 だとしても、別にどうこうなりたいという気は毛頭ない。


「単刀直入に言うわ。えっと……」


 ゴクリ、と固唾を呑む。

 興味はないと大口を叩いたものの、実際に告白されることは初めてなので、流石に緊張はする。

 ――いや、これはチャンスなのかもしれない。前に進むことができるターニングポイントなのだとすれば、告白を受けること自体にはメリットがある。


「あのね、安住君。私……好きなの」

「ッ――!」


 正直ドキッとした。「いいよ」とうっかり言ってしまいそうだった。

 だが、やはり承諾する気にはなれなかった。

 どうしても過去の光景が脳裏に過る。――まだ俺には早かったようだ。

 ――というかなんだこれ。普段の茅ヶ崎と違いすぎる。


「好きなの……あなたの声が」

「ありが………………声?」

「そうよ。あなたの声が好きなの。だから安住君、あなたには私に話しかける権利を与えるわ」

「……は?」


 さっきまで少しは緊張しているように感じた彼女の顔が、一気に冷めていつも通りになった。

 話しかける権利?

 つまり今まではそんな権利でさえ持ち合わせていなかったということか……世の中は不平等だな、トホホ。


 流石になんかムカついてきたな。言われっぱなしじゃ俺のプライドが許さないってもんだ。

 

「あのさ、話しかける権利ってなんだよ。流石の俺でも傷つくぞ」

「その文脈が持つ意味の通りよ。私に話しかけることを許すって言ってるの。――安心して。あなた自身には一切興味がないから」


 うーん、余計に分からん。

 あの茅ヶ崎だ。確かにこれが妥当である。



 ――これは、声にしか興味がなかった彼女が、恋に落ちていく物語である。

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