第19話 魔術師の試験

 ある日の朝、前日に測定した7試料のうち2試料だけギリギリのコストになるときの「魔法の処理剤」量を求めることが必要になりました。7試料で4,5時間かかったので、2試料なら1,2時間で済むはずなので、気が楽です。その日は、朝10時に開店するスーパー食品買い出しのアッシー君で運転を頼まれていましたので、その前に終わらせることにします。

 2つの試料をそれぞれ一定量採取し、「魔法の処理薬剤」の使用量を最低限にするためpHを酸性にして「悪役令嬢」脱脂キレートや後処理キレートを金縛りにして、鉄イオン、カルシウムイオン、凝集しやすくする助剤などの最小限を加えてからpHを上げていき、「魔法の処理剤」を使って「スラッジ」に、へばり付かせて沈殿させるpHにしました。すると、昨日は沈殿がほとんど無かったのに、今日はなぜか沈殿しています。

 残念ながら、試料の置く場所と添加する薬剤の種類を間違えてしまったようです。すでに「悪役令嬢」ポカがやって来ているようです。気づくのが遅くなるほどもう一度やり直す作業工程と時間が長くなり、不甲斐なさに疲れとともに「悪役令嬢」スリーブに襲われます。そうなると想定外の事態が起こり出します。

 今回は、自作した吸光分析器のはんだ付けが剥がれてしまいました。幸い二つ作成しているため、もう一つを使って対処することにしました。本来なら、この時点で作業は中止すべきですが、昨日やった7試料のうち2試料だけだという安易な気持ちが作業を継続することに働きました。

 途中で時間が来たので一旦中断し、スーパーマーケットの買い出しを済ませ、分析再開です。

「悪役令嬢」ポカの出来事はさらに続くことになりました。乾燥剤を入れて発色助剤を保管していた容器から発色助剤を取出したところ、勢いよく取り出したためか、ふたが空いて中身がこぼれ、掃除しなければならなくなりました。

 さらに、沈殿の入った容器を写真撮影しているとき、沈殿の色が本来なら淡白青色になっているはずが、褐色でおかしいことに気付きました。そこで、最初から処理し直すことになりました。

 発色剤を添加したところ、発色した青色がマイクロピペットの内側に付着して、水で洗浄を何度繰り返しても取ることができません。そこでアルコールでためしてみてやっと取ることが出来ました。ピペットの液に接する箇所をテフロンチューブにしたので、撥水性がよいため、液の残存による誤差や汚染を防止でき「悪役令嬢」インぺ、の付け入るスキを与えにくくなるはずであると過信していました。

 また、分析した値が、処理前の原水の濃度より低い値であることに気付きました。「悪役令嬢」インぺ、の仕業で、分析の最適範囲以下の原水を採取していたために、計算上、数倍低い値になってしまっていたことに気づき、これについても採取量を増やして分析をやり直しました。結局、作業時間は通常作業の10倍かかってしまいましたが、処理できるギリギリの「魔法の処理剤」量や繰り返し確認したことで分析のミスを是正できた利点もあったとして、怪我もせず、液もこぼさず、大事に至らなかったことがせめてもの救いと思いながら終了しました。


 別世界に旅立ったら、芥川龍之介の「魔術」に登場する魔術師ミスラ君にお礼の挨拶ができるように早く魔術師の試験に合格できるようになりたいものですが、ミスの有無を確認出来るレベルまで来たものの、修行の道のりは長く険しく、「悪役令嬢」対決では、なかなか思うようにさせてくれません。魔術師の認定試験は当分の間お預けです。


 しかし、排水対策する会社の力量を想定し、編み出した「魔法の処理剤」と廃水を一瞬で固める「見せどころ」に興味を示してくれるところが次々と現れてくるので、基準の規制値以下にする戦いは、三途の川に行くまで、これからも続きそうです。

         完



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分析道と魔術 榊 薫 @kawagutiMTT

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