女王陛下の正界閲覧④

 啓介は車体越しに発砲し、【盲目白知の愛ホワイト・クリプト】で車体を通り抜けさせて意表を突きにかかる。

 発砲音と同時に、ウォルトは呼吸を止めた。それを合図に、彼に取り憑いたコーネリックが顕現する。今までのように背後からの顕現ではなく、自身の身体を丸めた球体となってウォルトを包み込んだ。

 すると啓介の弾丸は、内部にいるウォルトごと装甲を通り抜けていってしまう。


「キシシシ……俺の予想が見事に当たったなぁ~!」


 コーネリックが身体を起こすと、直立不動の姿勢だったウォルトはかのように激しく呼吸を荒げる。


「ぶはっ! これがアシュリーからの報告にあった消える弾丸か……! がなければ、俺も危なかったな」


 啓介の放つ弾丸は鋼鉄の塊も発泡スチロールも等しく通り抜けるが、弾丸を再出現させるにはが必要になる。

 コーネリックはその零能力によって、自身の零体をと化してウォルトを包み、消える弾丸が再出現する隙間を作らない事で対策したのだ。

 無論空気が通う隙間もないため、この完全防御を発動している間、ウォルトは呼吸ができなくなる。逆説的にこれが能力だと錯覚した彼は、偶然の産物によってコーネリックと連携し、この能力を行使できるようになっていた。

 自身の能力に対するあまりにも迅速な対応を前に、啓介は顔を青くする。


「こんなにも早く破られるなんて……!」

「コーネリックの零能力は防戦特化……それを狩人殺したらしめているのは、コーネリックが百戦錬磨の経歴によって身に着けた、相手の能力を考察する思考回路の速さだ。一度明かした手の内は、二度と通じないと思いたまえ」


 二人の会話を聞いてか否か、ウォルトはくっくっと笑いだす。


「最強なのは防御だけに非ず。俺の手には、世界最強の拳銃が握られている!」


 ウォルトが握るのは、S&W社のM29という回転式拳銃リボルバー。数ある拳銃の中でも狩猟用に位置付けられるモデルであり、火力は折り紙つきである。

 無論零銀銃ハーフクロスであるために火薬を炸裂させる機構は備わっていないが、ウォルトの霊能力が持つ規格外の出力によって放たれる銀弾の威力はオリジナルをも上回り、彼の宣う世界最強の威力を実現する。

 その脅威に対し、九郎は立ち上がって車の陰から顔を出した。


「ハロー、ウォルト。ボクの愛車を撃つのはやめてもらえると嬉しいんだがね」

「ウォルトと呼ぶな、馴れ馴れしい! ……車を傷つけたくないなら、隠れてないで出てきたらどうだ? お前が大人しく裁きを受ければ、車は五体満足で帰してやるぞ」

「車は乗り手と一心同体なんて言うじゃないかね。……それに、

「相変わらず口だけは達者だな、法螺吹き女。そんなに車と一緒がいいなら、纏めてぶち抜いて、お前の棺桶にしてやろう!」


 腰をどっしりと構えて引き金を引いたウォルトの手から爆発的な燐光反応が迸り、ジャガー・クーペのドアを内側へとひしゃげさせながら食い破る。そして車体の向こう側にいる九郎を胸を貫いて爆ぜさせた。

 と同時に、車と九郎の姿が一瞬で掻き消える。


「何だとっ!?」


 車の向こう側には九郎以外の姿もなく、危機感を覚えたウォルトは咄嗟に呼吸を止める。その背中から、無数の弾丸が周囲の装甲を叩いた。


(ぐうおおおッ……!)

「キシュ……一体どんな手を……!」


 九郎の零能力。その二度目の発動を目の当たりにして尚、コーネリックはその全貌を推し測れずにいた。

 コーネリックは自分の甲殻で銀弾を弾きながら、回転してウォルターの背後を探る。そこにはジャガー・クーペの中から零銀銃ハーフクロスを撃つ、九郎達の姿があった。


「悩ましいね、コーネリック。そんな君にチャンスをあげよう。――ボクの零能力は、事だ」


 解説には程遠い抽象的な言葉を前に、ウォルトは歯噛みする。


「ええい、訳の分からん戯言を!」

「その通り。かく言うボク自身、この力を他人へと説明できる程に理解しているとは言い難い。だからボクはこの能力を、【解読不能の愛ブラック・チェンバー】と呼んでいる」


 取り乱すウォルトの背で、コーネリックは冷静に九郎の言葉を分析する。

 現実と嘘をひっくり返す。それを額面通りに捉えるならば、という事だ。銃撃された筈の九郎が蘇ったり、車ごと移動してみせたのにも説明がつく。

 尤も、説明というには大雑把すぎる原理ではあるのだが。仮にどんな嘘でも現実にできるのであれば、この勝負も既に決着がついている筈だ。

 つまり、九郎の零能力も万能ではない。何らかの発動条件や、それにともなう弱点が存在する。


(発動条件としてまず考えられるのは、やはり九郎ヤツ本人の絶命……! だがもしそうなら、九郎ヤツだという事になる。だとすると、という能力の前提そのものが成立しねえよなぁ〜!)


 言葉遊びの類にも思える理屈だが、これがどうして零能力においては、こういった要素が重要になってくる。零能力の性質は、個人の精神性や価値観に大きく左右されるからだ。

 九郎の場合、事が重要なのは疑いようもない。


(重要なのは嘘! 九郎ヤツが吐いた嘘が否定された時、その! そして九郎ヤツの吐いた嘘が、に違いねぇ~!)


 幾人もの零能力者を相手にしてきたコーネリックの思考回路が、僅かな手がかりから巧みに納得のいく回答を手繰り寄せる。


(裏を返せば、九郎ヤツは不死身なんかじゃないって事だ。なら俺にもチャンスはあるぜぇ~!)


 コーネリックは再びウォルトを操って、銃口をジャガー・クーペへと向けさせる。


「懲りない男だね。よ」

「キシシシ! だったら殺さずにいたぶってやるよぉ〜! 四肢を捥いで永遠に俺の部屋で飾ってやる! 嬉しいだろ、嘘吐き女ぁ〜!」

「——いや、だとも」


 真実という言葉が、コーネリックの脳内で重く響く。

 その時には既に、彼の後頭部に開いた甲殻同士の僅かな隙間を、一筋の弾丸が貫いていた。


 遥か頭上——内堀対岸に並ぶビル群の屋上で、自身の身体よりも大きなスナイパーライフルを抱えたルシアスがゴーグルを外す。


「さよならだ、ダンゴムシローリィ・ポーリィ。冥界で落ち葉でも食ってな」


 コーネリックの零体が霧散し、同時にその支配から解放されたウォルトも意識を失って、その場に膝から崩れ落ちた。


「さ、これでひとまずは安心だ。任務完了とはいかないが、ボクらの仕事ぶりは君の信用に値したかね?」


 ルームミラー越しに後部座席へと語りかける九郎に、サナは握った手を伸ばす。


「受け取れ、九郎。ヌシらへの報酬じゃ」


 九郎の手に置かれたのは、五芒星の刻まれた玉虫色の石だった。


「……おやおや。これは依頼を達成した時の報酬だろう? 依頼人である君にとって、それは相手に契約を履行させる為の切り札だ。そう容易く手放すものではないよ」

「だからこそ、ヌシに託す。……シは対価を安く見積もり過ぎていたようじゃ。それは報酬として取っておけ。残りの報酬は、で支払う事にした。無論、前払いでじゃ」


 サナは不意に、首元の編み込みを解いて貫頭衣の前をはだける。布で隠されていたその身体には、粗雑な縫い目が無数に施されていた。

 彼女は糸の端を指先で掴むと、躊躇なく引き抜いていく。すると縫われていた皮膚がべろんと捲れ、その下から羊皮紙の束が覗いたのである。


「シの正体は、人間とサニド王の間に生まれた子などではない。真の名は〈水神すいしんクタアト〉。サニド王の持つ膨大な魔術知識によって綴られ、なのじゃ」

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探偵はいつも0と1の間【電網探偵:明石家九郎の事件簿】 鯨鮫工房 @Jinbei_Sha

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