女王陛下の正界閲覧③

 啓介はシートベルトがつけられないサナを腕で抱えながら、空いた右手で零銀銃ハーフクロスを握って車窓の外を警戒し、九郎に問う。


「さっきの旧支配者レジェンド……本当に銀弾が効いてませんでしたね。私達の拳銃型ならともかく、ルシアスさんのアサルトライフルもまるで通じてませんでしたよ」

「あれは三葉虫の旧支配者レジェンドだ。甲殻だけをひたすらに進化させて、古代の生存競争を生き抜いてきた猛者だよ。あれを正面からこうと思わない方がいい。幸い、頭数では此方が上だ。ボクと啓介くんで上手く敵を攪乱して、死角から急所を狙うしかないね」


 ジャガー・クーペは橋を渡り、東新代の方へと足を延ばす。

 九郎はサイドミラーで後方を確認すると、信号が赤に変わりかけていた先の交差点へと強引に突っ込んで左折する。


「うわわっと……少し運転が荒いですよ、九郎さん……」

「悪いが安全運転は無理だ。後ろから追手が来てる」

「……ホントですか」


 啓介もミラー越しに後ろを確認すると、大胆に赤信号を無視して白のセダンが追いかけてくる。


「げぇ〜っ! あからさまだなぁ!」

「迎撃頼むよ。目的地に着くまで踏ん張ってくれたまえ」

「……サナちゃん、私にしがみついててくださいね」


 啓介は窓を開けて顔と腕を出すと、フロントガラスに向けて発砲する。丁度運転席の場所に穴が空いたが、またしても現れたコーネリックの頭によって運転手へのダメージは防がれてしまった。

 そしてセダンの運転手が窓から顔を出して、左手で運転をしたまま零銀銃ハーフクロスで反撃してくる。弾丸は啓介の横を掠め、サイドミラーを粉々に砕いた。


「あんなのめちゃくちゃだ! スパイ映画じゃあるまいし!」

「コーネリックの本体が、運転士としての視覚を担っているのさ。虚無代行アクト・ヌルは東京零区に並いる零犯罪組織の中でも、人間界側での戦闘経験がズバ抜けて豊富なのだよ」

「殺しのベテラン揃いってわけですか……!」

「下手をすれば、土地勘ですら此方が不利を取りかねない。だからこそ、依頼主も人間界のサナを捕まえる為に、彼らへ依頼したのだろうね」


 九郎と啓介の会話が頭上で飛び交い、サナは少し顔を伏せさせる。


「……すまぬ。シのせいで、ヌシらが命を狙われる羽目に……」

「おやおや、えらくしおらしいじゃないか」

「……知らなかったのじゃ。シを狙っておるのが、人間を殺すようできないったなどと……まさか銃まで撃ってくるなんて……」


 いかに裏の世界と繋がりがあろうとも、サナはまだ義務教育を終えているかも怪しい年頃だ。命の遣り取りを行う世界の事など知る由もない。

 大人と一緒にいれば安全だという程度の心づもりで、事務所の扉を叩いたのだろう。


「心配は無用だよ、女王陛下リトル・クイーン。この程度、うちの事務所にとってはそのものだとも」


 九郎の言葉に、啓介は無言で銃を構えて応える。そしてあろう事か、車内で盛大に発砲した。


「んな……何をしておるのじゃ!?」

しました。……命中です」


 強烈な破裂音とともに後ろを走るセダンの左前輪が突如パンクし、大きく制御を崩して歩道の植木へと突っ込んでいく。


車体を通り抜けさせるとはやるね。やはり君の能力を、うちで買っておいてよかったよ」

「弾丸で試したのは初めてでしたが……案外何とかなるものですね」


 空の銃身から銀弾を放つ零銀銃ハーフクロスを筆頭に、零能力とは01――即ち、零体として存在するものを物体化させる力だ。

 一方で啓介の零能力は、10。自分の肉体や弾丸といった特定の物体をへと変え、任意のタイミングで世界へと再び出現させるのである。

 能力を適用された物体は不可視となり、あらゆる物体を無視して移動する事が可能になる。

 物事に気取った名前をつけるのを好む九郎は、啓介の出生地をもじって、この力を【盲目白知の愛ホワイト・クリプト】と呼んでいる。


 再度の追っ手を振り切り、ジャガー・クーペは大通りを軽快に飛ばしていく。しばらく走っているうちに、右手側には皇居の敷地を囲う広大な公園が見えてきた。


「このまま南に回って、皇居前広場まで向かうよ。あそこなら広くてやりやすい筈だ」


 皇居の存在する敷地は人工の河川によって囲まれており、これは皇居の前身たる江戸城が立っていた時分には、城を守る内堀として使われていたものである。

 新代ないし市谷という土地は江戸城の構造を中心とする街であり、故に東京の中心と呼ぶに相応しい場所だ。

 九郎が目的地とした皇居前広場はこの内堀沿いに広がっており、並木の美しい岸辺の向こう側からは、対岸の高層ビル群を望む事ができる。

 ジャガー・クーペはできるだけ人気の少ない場所を選んで停車すると、三人は周囲を警戒しながら追っ手を待ち構える。

 二十分程経った頃だろうか。緑のグラン・トリノがジャガー・クーペを目掛けて走ってくると、少し間を開けた位置に停車した。

 九郎達もそれに合わせて外に出ると、車体の陰に身を隠す。

 グラン・トリノの中から出てきたのは、案の定零銀銃ハーフクロスを持った祓魔師エクソシストだった。

 緩くリーゼント風にしてつんつんと逆立つ、もみあげの茂った焦げ茶色の髪。少し垂れ気味の切れ長な目。丸く大きな薄いサングラスをかけた、壮年初期の男だ。これまでの刺客の中でも特にガタイが良く、聖職者というよりは軍人と名乗られた方が納得できる。

 その姿を見て、九郎は露骨に嫌そうな顔をした。


汚れ屋ダーティウォルトか……あれは極東に派遣されてきた祓魔師エクソシストの中でも、一番過激な思想と野心を持った男だよ。どうやら今まで追ってきた連中は、彼の部下らしいね」

「どれだけ恨まれてるんですか……」

「逆恨みだよ。ウォルトが極東に封じられているのは、彼自身の歪んだ信心の致すところだとも」


 ウォルトは操られて倫理観が麻痺しているせいか、公共の場で白昼堂々と、ジャガー・クーペに向けて銀弾をぶっ放す。


「出てこい、異教徒共! 今日こそ貴様らに、俺が正義の鉄鎚を下してやる!」


 ウォルトの芝居がかった口調も相まって、周囲からは映画の撮影にでも見えているだろう。


「精神を弄られて、完全にハイになっちゃってるねえ。さて、そろそろこの追いかけっこにも決着をつけるとしようか!」


 九郎と啓介は肩を並べて零銀銃ハーフクロスを構えた。

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