女王陛下の正界閲覧②


 黙って話を聞いていたルシアスが、咥えた煙草にライターでぱちんと火を着ける。


「サニド王が消えた……? そんな情報は聞いた事がねえな」

「厳密には、死んだり行方不明になったわけではない。正体不明の呪術で、魂だけが封印されて眠ったような状態になっておる。その封印場所がどうも、人間側の世界にあるらしい。人間の世界へ干渉できる血族は、人間の血が混じっているシだけなのじゃ」


 強大な力を持つ旧支配者レジェンド達が、人間世界へ大規模な侵攻を行わずにいるのには理由がある。

 それはでしか、人間世界へと干渉できないというルールの存在だ。

 例えばクロマヌシの場合は睡眠中の人間へと作用して悪夢を見せ、弱り切った標的が『ゆっくり眠って楽になりたい』と強く願う事で、初めて人間の世界へと顕現する事ができる。

 人間達の祈りによって東京零区の門を開いた時から、厳然として続く大原則だ。


「……成程な。その魂を封印しちまう呪術ってのは、俺にも心当たりがある。裏じゃ〈流牢畏穢ルルイエ〉なんてコードネームで呼ばれてる、まだ流通すらまともにしてねえ代物だ」


 ルシウスの言葉を聞いて、九郎は興味深げに顎へ手を遣る。


「王族クラスの魂でも封印できる呪術か……実に興味深いね。コーネリックを相手にするのは骨が折れそうだが、サニド王家の一件にはボクも首を突っ込みたくなったよ」

「なら、シの依頼を受けてくれるのじゃな?」

「いいだろう。それで、ボク達は何処まで君を護衛すればいいのかね?」

「何を言っておる。それを探すのもぬヌシらの仕事であろう」


 さも当然のように少女が言うもので、九郎は肩を竦めて手を上げた。


「長い仕事になりそうだ。そういえば君、名前は?」

「サナじゃ。よろしく頼むぞ、我が眷属サイクルよ」

「ボクは九郎。後ろにいるのは啓介。あっちに座ってるおっかないのが、ルシアスだ」


 突然の訪問による騒ぎが落ち着いてきたその時。事務所の外で、一人の人物が腰のケースから銃を抜く。

 そして扉の鍵に向けて発砲した。銀弾によって鍵が破壊され、ドアが勢いよく蹴破られる。

 瞬間、部屋の中にいた三人の零能力者は家具に身を隠しながら、入り口に向けて各々の零銀銃ハーフクロスで荒々しい訪問者を迎撃した。

 だが放たれた銀弾は襲撃者の前で金属音を立てて弾かれ、床に転がり落ちる。


「おいおい……マジかよ」


 ルシアスが襲撃者の姿を見て唸る。そこに立っていたのは、修道服に身を包んで零銀銃ハーフクロスを握る若い男だった。


「ありゃサリヴァンのとこの祓魔師エクソシストだろ。カチ込まれる覚えは……あるが本当にやるか普通?」

「暢気にしてる場合じゃないよ、先生。事務所壊されちゃうって」

「そりゃ困る。此処の蔵書は日本じゃ手に入らんから――な!」


 ルシアスはデスクの下からアサルトライフルを取り出すと、フルオートの弾幕を遠慮なくぶっ放す。激しい燐光が連続で室内を照らし、入口へと銀弾を叩きつけていく。

 対する祓魔師エクソシストの眼前にずうっと黒い影が現れると、火花を上げて銀弾を弾き返した。


「キシシシ……人間相手に容赦ないな。俺が守らなかったら死んでたぜぇ~?」


 祓魔師エクソシストの背後から現れたのは、人間の脊髄を何倍にも拡大した様な不気味な関節構造体だ。長い身体の脇からは肋骨に似た鋭い棘が幾本も並び、波打つように規則正しく動いている。

 そして弾丸を防いだのは、三日月型の形状をした分厚い甲殻の頭部であった。頭部は肋骨構造と同等の横幅を持ち、黒くざらざらとした表面が金属に似た光沢を放つ。

 甲殻の下には牙の並ぶ顎が存在し、映画に出てくるエイリアンを彷彿とさせた。


「鉄兜のコーネリック……会うのは初めてだね」

「お前……昨日の試合に出てた人間か。あのをブッ飛ばしてくれてスッキリしたぜぇ~。あいつにはウチの眷属サイクル共が、何匹も叩き潰されてたからなぁ~」

「そのスッキリに免じて、このまま穏便に引き下がってはくれないかね」

「そうはいかねぇよぉ~。お互い仕事だろ? ……それに、お前とも戦ってみてぇしよぉ~!」


 コーネリックが身体を上げると、祓魔師エクソシストは再び銀弾を撃ち始める。

 身を隠しながらも、九郎は冷静に敵の性能を分析していた。目をつけたのは、コーネリックの顕現手段。おそらくは人間に憑依してその精神を操り、自らの依代とするタイプだ。

 クロマヌシの憑依は的な意味合いが大きいのに対し、コーネリックは憑依した人間を利用して間接的に周囲の獲物を攻撃する。

 後者の場合、人間を操る為によく用いられるのが、という方法である。


(あの祓魔師エクソシスト……クロマヌシの件で手柄を横取りしちゃった奴だったかな。以前からうちに対してかなりの敵意を向けてたみたいだし、そこを利用されたかね)


 九郎の隣で身を潜めるサナは、青い顔で九郎を見上げる。


「く、九郎……!」

「大丈夫。


 九郎はいきなり身を隠していたデスクの裏から立ち上がると、捨て身で祓魔師エクソシストに向けて弾丸を放つ。

 祓魔師エクソシストはそれを好機と見て発砲すると、棒立ちだった九郎の額と胸に弾丸が命中して弾けた。

 だが同時に、祓魔師エクソシストの方も手を撃ち抜かれて零銀銃ハーフクロスを床へと落とす。

 致命傷を負った九郎の姿が一瞬で掻き消えると、同時に無傷な姿で祓魔師エクソシストの側面へと出現し、銃を構えた。


「キシシシ……! そいつが噂の、ってやつかよぉ〜。こいつは分が悪いなぁ〜」


 コーネリックの姿は霞のように掻き消え、胡乱な表情だった祓魔師エクソシストは正気を取り戻す。そして、手の激痛に蹲った。


「うぐぐ……こ、此処は……? 私は何を——」

「お目覚めかね、聖職者クラージマン。君は旧支配者レジェンドに乗っ取られて、うちの事務所を襲撃したのだよ」

「わ、私が……? そんな馬鹿な!」

「職務に熱心なのも結構だが、君も聖十字を掲げる身なら隣人を愛したまえ。世話ないよ」


 九郎は車の鍵をデスクから取ると、啓介とサナを連れて事務所の外へと出る。


「此処が戦場になるのは困る。何処か人気の少ない場所で、コーネリックを迎え撃とう」


 事務所の横に設けられた車庫のシャッターを上げると、ジャガー・クーペが青い車体で主人を出迎える。


「おお……凄い車じゃな」

「ジャガーのFタイプクーペだ。現存する最後の英国紳士さ」


 九郎の愛車は二人乗りなので、啓介はサナを自分の膝に乗せてやる。

 三人が乗り込むと、ジャガー・クーペは街に向かって走り出した。

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