第2話 闇底にて
「いい加減教えてくれたっていいだろ」
露出した岩肌に声が反射して、ここが地上とは全く異なる空間であることを否応なく認識させる。
『せやから、今のシゲユキにはまだはやいゆうねん。しつこい男はろくな目にあわんで!』
相変わらず中性的で耳に残る声がこの狭い空間で響くことなく、器用に鼓膜だけを揺らしていた。
俺は今、両手をまっすぐに左右へ広げるだけで手のひらに冷たい感触が伝わる細い一本道をまっすぐに進んでいる。ちなみに明かりはない。期待して手を突っ込んだ右ポケットには、スマホか入っていなかったからだった。この落差を落ちたのだから、当たり前か。
そんなわけで、さっさと見切りをつけて、こうして両手を壁にこすりつけながら歩いているわけだが、一向に見ない景色に変わりはない。ひたすらに暗い。そしてひたすらに静謐だった。
「なんだよもったいぶって。もしかして見せられないくらい恥ずかしい見た目とか?」
『お前デリカシーって知っとるか?』
ただし、俺と俺の耳元を除いて。
「……まぁそんなことは端においておくとして」
『逃げおったな!惰弱もんめ!』
「さすがに言い過ぎた。すまん」
『お、おぅ。なんや急に素直になって……ま、わかったならええんや』
「ところで、さすがに面白みのないコントにも飽きたんだけど、出口ってまだ先なの?」
『くそぼけ!あほ!感傷を返せ‼』
ちなみにこの問答がすでに五回目を迎えているのだが、幽霊さんの辞書には学習の二文字がないようだった。耳元の甲高い喚き声をたしなめつつ実際気になっているこの果てしない暗闇の先を促してみると、しぶしぶ引き下がった幽霊さんは律儀に答えてくれるようで、『しゃあないな……』と答えてくれた。
『言うても、なんでもかんでも知っとるわけやない。知っとるんはシゲユキのことくらいや』
「俺のこと?……それはそれで気色悪いな」
『だからデリカシー!……ったく、まあええわ。ほれ、さっきと同じようにせい』
「さっき?ああ、あの感覚か」
『いくで。五感全部で感じるんや』
幽霊さんの指示の通り、再びあの感覚に体をゆだねた。
体をめぐる何かは次第にその外側へ染み出すように広がっていく。心臓のあたりから右腕を伝い、触れていた岩肌へ。両足を伝って今立っている固い地面へと。
『そうや。感知できる範囲を薄く、うっすーく広げる。そしたら、触れたとこは全部見えるように細かいとこまでわかる……便利やろ』
幽霊さんは自慢げな声でそう言った。
「確かにあり得ないほど便利だけど……なんでこんなのが俺に使えるんだ?それとも幽霊さんが俺に与えてくれているとか?」
純粋な疑問だった。
これまでの十七年間で超能力だの特殊能力だのに目覚めたことは一度たりとてないのだ。たしかに、それらしいものに憧れた時期というものは相応にあるものの、それはその時期特有のものであった。あの時の周囲からの、特に女子たちからの見下げ果てる視線にはもうこりごりだ……違う。そうじゃない。
『なんやそんなことかいな』
「そんなことって……平凡でそこらにあふれてる一般人には大きな問題なんだよ」
『おかげで今生きとるんやし、その能力の源泉がどこにあるかなんて些細なことやと思わんか?』
「それは、そうかもしれないけど……」
『仮に与えられたもんであったにしろ、与えたやつがこんなに近くにおる言うのにまだ不安か?』
やたら遠回しな発言ばかりになる幽霊さんは、それ以上は答えないという意思が垣間見えた。これ以上は何を聞いてもはぐらかされそうだな。
「わかった。今はそれで納得するよ」
『賢明な判断やな……と、感じとるかシゲユキ!』
とたんに先ほどまでの神妙な雰囲気は消え失せ、いつもの幽霊さんが顔を出す。落ちていた集中力を再び広がり続けていた感覚に戻すと、前方のはるか先に幽霊さんの興奮の理由を感じ取った。
いまだ終わりにたどり着かない上方の岩壁とは異なる、明確な途切れ。感じ取れる細やかな広葉の震えが、気の滅入る暗闇の終端を示していた。
異相世界で孤独を嗜む たつきけん @yorifuyu_hito
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