涙は こつぶで ぴりりと しとど

一縷 望

炊く

 泣いて泣いて、一日二日が経って、どうしようもなくなったところへ、山椒の実を貰った。いつ貰ったのか、誰に貰ったのか、それはわからないけど、小枝にぴしぴしと細かく生った実は口当たりが悪いだろうから、というぼんやりした理由だけで、私は山椒の実を取り分け始めた。淀んだ季節を鮮やかに香り付けするこの実は、いったいどういうつもりで生ったのか、それは他でもない。

 私は赤子の頬を拭いてやるように、鼻水をくちで啜ってやるように、一つずつ枝と実を縒っていく。

 実はさほど多くもないのに、口当たりのためだけに、うぐいす色を捻り続けて夕焼けを迎えた。久々に時を忘れたことに心を揺らしながら、実を洗う。見逃した枝が浮いてきて、静かに掬う。片手鍋に水と山椒の実をとうとうと張って、火にかけて、沸くまでじっと待つ。

 青く透けながら鍋を打つ火に、名前しか聞いたことのないビードロを思い出す。ガラス……ガラス細工を作る行程は熱いだろう。目の前にはない、あかく灼けた炉をじっと眺めていると、暑くて暑くて、キッチン脇の窓を開けた。


 鍋の中で思い出したように浮いては沈む山椒をぼうっと眺めている。


 は、と気付けば、鍋はぐらぐら沸いていた。ずっと見守っていたはずなのに、と私は茹でガエルの実験を思い出し、とっさに頭をふった。芥を煮出したような色合いの茹で汁を捨て、また水を張り、火にかける。

 また沸かし、捨て、火にかける。息継ぎのように冷ややかな水を張り、眠りに落ちる前のようなゆらぎで、とろ火を眺める。徐々に、沸いた鍋を眺めたい衝動に駆られはじめ、ぐつぐつ震える湯を眺めていたら、ふ! とすばやく吹き込んだ夜風が、泡もろとも鎮めてしまった。朝のような涼しさに目がさえる。よく覗き込むと、山椒たちは琥珀色の対流の中で、秋の黄葉みたいに楽しそうに揺れていた。それを見て、ふふ、と笑みの吹き出したことに少し驚く。

 驚いていても山椒は待ってくれないので、鍋を火から下ろした。実と穏やかな色の煮汁をザルで分け、ほかほか、とのぼせたような山椒たちの湯気が愛しい……! 炊き上がった山椒は、やはり出汁と醤油で煮るのがいちばんいい気がする。あした、昆布を買い足しに行くのもいい。


 泣いて、泣いて、一日二日が経っていたころ、それが遠いことのように感じると、不意に眠気を思い出すもので、便利な身体に生まれたものだと関心しながら、薄い布団に寝転がって、山椒の夢を見る。

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涙は こつぶで ぴりりと しとど 一縷 望 @Na2CO3

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