感謝の気持ち

脳幹 まこと

どうも、ありがとうな


 いつものように部屋で酒を飲んでいた時、そういやこいつと付き合って10年になるんだと思った。


 今日に限って、急に込み上げてきた。俺は気分屋なのだ。


「なあ、俺達もう、10年になるんだな」


――いきなりどうした。


 出会いは就職活動の時。その時、こいつは店先でモデルをやっていた。そのクールさに一目惚れだった。

 後先考えなかったせいで随分苦労したが、それでも俺は後悔していない。


「お前にはいつも助けられてばかりでさ」


――いや本当にどうした? なんか悪いモノでも食ったんか?


 こいつと一緒に乗り越えた苦労は数知れない。いつでも傍にいてくれた。

 つらい現実のせいで俺が涙をこぼしても優しく受け止めてくれた。


「だからお礼を言いたくて」


――酔ってる時に何かしたって、ロクなことにならないぞ。


 俺はお世辞にもこいつに見合う人間じゃなかった。

 お前には似合わないと何度言われたことか。俺だってそう思ってる。

 特に最近は。


「今、言っておきたいんだよ」


――やめろって。恥ずかしいな。


 いつまでも変わらないわけじゃない。

 俺が最近、ちょっと太りはじめたように。


 いつか、この関係も終わりになるだろう。

 その時、後悔したくないんだ。


「どうも、ありがとうな」


 そう語り掛けると、ハンガーにかかった一張羅のオーダースーツを抱きしめた。

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