第7話 まさかの再会

「奥川!!」

聞き覚えのある声が耳に入る。

驚いて顔を上げるとそこには目映い光が、本来いないはずの友人がいた。しかも白く輝いて。

「懍世……?」

全身が訓練によるものと心身の問題で筋肉痛と疲労に襲われたボロボロの体が振り絞るように呻き声を上げた。名前を呼ぶと、彼は信じられないというような表情で自分の元に駆け寄ってくる。

自分だって信じられない。

懍世くんが無事ならそれでいい。

でも、ここにいるってことは懍世くんはもう、死んで……?

___よくわからない。兎に角視界が全体的に星のようにギラギラしていてとても目が痛くなる。

ショックで体の感覚もどこか鈍くなった。慣れない甲冑を着て汗をかいていたはずなのに、今度は体の内側が冷たく寒い。

思考も錆びた歯車のように回らなくなって___

「あ、れ……?」

突然視界が暗転した。

何か大きな落下音のようなものがしたが分からない。

篠は普段でさえ寝落ちして落としそうな意識を、とうとう両手から手放したのだった。


懍世は息を切らして走る。

ここまで血の繋がった家族以外に身を案じたことはない。

小学生の時に些細なことで喧嘩となり、嫌がらせをする間柄の奴と数年後には友達、いや親友となっていた。

一週間前にとうとう彼が行方不明となったときは、日々の日常生活の中で彼の存在自体が消えてしまったように感じて気が狂いそうだった。

残りカスのようなおまけの人生でも折角なら奥川と沢山の悪ふざけをして死に際を向かえたい。

友好関係の少なさが目立つ彼の唯一の友達として、いち早く再開を果たし、共に冒険をしたい。

そのために懍世は地を蹴り、彼の元へ向かう。

「……?」

そして懍世は気づく。相棒の様子がおかしいことに。

よく見ると、学校内外で顔を合わせていた篠の顔が恐ろしく窶れていて、健康的だった肌色もいまでは木の幹のような黄土色だ。

それに比べて腕や足などは前より太く、筋肉がついているように見える。

篠の姿が鮮明になるにつれ分かった。

___別人だ。骨格も、何故か必死そうな表情も体つきも本来の彼とは何もかもが違うのだ。

「やっぱりあいつは……」

走って息が乱れる中、大切なことを忘れていたと懍世は思い出す。

自分自身があの時興奮して状況が上手く読み取れなくなっていたからだろう。

彼が懍世の姿をその目にしたとき、確かにこういった。「懍世」と。

赤の他人が一言一句間違えずに遠目で確認した相手の名前をいえるだろうか。

それとも、異世界というならば未だ四山に今度は幻覚でも魅せられているのだろうか。

誰が何と意義を立てようと、これは夢などではない。ここは風が吹き、太陽があり、個々としての人間がいる。場所が異なるだけで現実なのだ。

「奥川!!」

こんなに心がぐちゃぐちゃになって、目の前の相手の名前を大声で叫び、喚くような行為は子供だった時のいつ振りだろうか。

眼前に映る彼の全身目掛けて全速力で向かう。

この通り懍世の思考は今や奥川篠のことでいっぱいいっぱいとなっていた。

しかし感動の再会も束の間、若者の元気さに染々としていたユーセングリスでさえも想定外の出来事が起きた。

___バタリ。

篠の覚束無い足が安定感を失い膝から倒れたのだ。

「奥川!?」

「篠殿!」

「救護班を呼ぶ。人数は3~4名、担架を持ってくるようにと伝えろ」

常に冷静沈着なヘイリゲンであったが、その声には若干の震え___焦りの色が見えていた。

すかさず懍世も倒卒した友人の元へ全速力で向かう。

名前を連呼するが返事はない。

汗をひどくかいているようで、体温も高い。熱中症だろうか。

救護班とみられる担架を持った4人が駆け寄り、本格的な魔術の術式を唱える。

「〈身体調査〉〈生命力確認〉……安心してください。命に別状はありません。ただ体と精神の疲労と甲冑による体温の上昇で体の器官が制御できなくなり熱中症になっています。速やかに休ませるべきかと」

「そうか。では篠殿を寝室に担架で運ぶように。ご苦労だった」

篠の目にできた黒く濃い隈がその証拠だ。

勇者としての身体能力上昇のための決して楽ではない訓練に異世界へ来たことへのショック。

懍世だってまだ2日間ではあるが多少の負担はある。

ただ懍世の場合は異世界を憧れをしていたがために僅かながらの軽減はあるだろう。

しかし篠は違う。

正真正銘のゲームオタクではあるが、懍世のロマンある趣向と妄想で創られた異世界話に目も話もくれないのだから。

結局、懍世はただ唖然と友人が担架で運ばれていく姿を目で追いかけることしか出来なかった。

「……では、これから話すことは懍世殿から篠殿に直接伝えて欲しいです」

黙々とユーセングリスの話を聞いて、記憶する。

支給される物については、1年間の高級宿屋代に、5人分の防具一式(とはいえ、初期装備は無償で用意してくれるらしい)、その他暫く衣食住に困らない程度の価値に相当する金貨三百枚。さらに、どのような怪我であれ適量を飲めば治るというポーション30本分。その他地図に非常食、二人分のバックパックに加え、一年間国境を特別に簡単に越えられるという国からの特別切符を共和国側から貰えることになった。こんな大金を受けとるとは後にも先にもないだろう。早々に勇者、そして冒険感が出てきたことに懍世のテンションが上がった。

次に、もう一人の勇者、相棒の奥川について。彼に魔法の適性は皆無だったそうだが、機関銃の素質があったという。ただ、本人が気が狂ったように特訓に打ち込むあまり、大した睡眠時間も得ることなく、今回のような状態になってしまったらしい。これに関しては自分からもきつく言っておこう。

奥川は初対面の人から何を言われても頑固でしれっと自分の意思を頑なに貫いている。

いっそ何か食べ物で吊ってみることもいい手段の一つだろうか。

そして、最後は魔王を倒すことについてだ。

場所はマファイレグ共和国南部の国境を越えた先の魔王が統治しているヴィリディン帝国だ。

期間は厳密に儲けられてはいないが、出来れば一年前後が希望とのこと。

正直覚えの悪い自分がそこまで到達できるとは少しも思っていないが。

魔王と恐れられているが、正確にはヴィリディン帝国の帝のこと。

黒い謎の流動体を操るらしいが、その正体は闇魔法を独自に改変しそれを駆使したものだという。

数ヶ月前までは原因不明の仮死となって魔王の本拠地で眠り、先代魔王から仕える配下達が国の管理をしていたため敵視していなかったという。

突如として目覚めた魔王が支配する帝国は南部地方に派遣した精鋭のマファイレグ共和国本部の軍隊でさえも完全に力を抑えるには厳しいといわれている。

そして攻撃も含め何もかもが固定概念に囚われないしなやかだが脅威でしかないその恐ろしさは別名_________________「蛇」。

時には人を丸呑みするような技をも持っているらしい。

益々命の危険性を感じたが、大統領から直々に、しかもここまで支援されてしまえば後戻りは端から出来ない。なにがなんでもやるしかないのだ。

日が僅かに傾いてきた頃、ようやくして対談は終わった。

どこか暗い表情をしているクローリムを連れて自室に戻っていく。

あまりにも彼女が深刻そうな顔をするので、懍世から話を切り出した。

「___とても暗い顔をされてますけど対談中に裏で何かありました?もしかして元気になった奥川が勝手に部屋に入り込んで来たとか」

少し冗談を交えてみたがどうだろうか。

すると、意外にもクローリムは酷く動揺をして返事をした。

「いっいえ!えっと、そ、そうなんですけど、そうじゃないんです……」

とんでもない答えが返ってきてしまった。

無論解読は不可能。

この矛盾しすぎた言葉の裏に何があるというのか。

「これは___奥深い答えだぁ」

なんとか取り繕えただろうか。

「い、いや本当にそうなんですよー!」

魔力が切れてきたのだろうか。

さっぱり彼女が伝えたいことが分からない。

膠着した空気の中、自室に到着した。

夕日が城全体を照らしていて、渡り廊下から見える景色は幻想的で、一昨日までの日常を全否定するような景色だった。

未だ背後で怯えているようなクローリムが気がかりでしょうがない。

そんなことを思いながら部屋に戻ると___

「は?部屋間違えたか?」

目の前にはやたらと横幅の広いベッドでゴロゴロする奥川の姿があった。

「懍世くんじゃん、いつの間に死んじゃってたの?」

心配してた自分が馬鹿みたいに感じた瞬間だった。

何気に懍世の堪忍袋の緒には解れが入っていたのだった。

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神に捧げるのは猫の頭か蛇の尾か‐高校生達の異世界戦争‐ 鐘音 @kanene_0154

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