第6話 勇者への頼み
始めにヘイリゲンが言っていたように、最後は魔力の質を測る機械だ。彼曰くどの魔法職に向いているかを判断してくれる割と重要な役割らしい。懍世が同じように装置の窪みに指を入れると、プリンターのような機械音がして___機械の謎の隙間から薄い紙が吐き出された。
「これが結果だ。……ほう。質も上等。これくらいならやはり魔術師としての素質があるといえるな」
一つ目二つ目の魔法検知機がフィクション作品のような原始的かつ幻想的なフォルムと利用方法であったのに対し、三つ目で最新のチェキのような盛り上がりのない仕組みに懍世の気が僅かに萎える。
それでも懍世に魔術師としての、幼い頃からの憧れの職業の素質があることに心を踊らせていた。
「あの、魔力探知機の数値と魔力濃度検知器の結果の数値、どちらも僕が読めるものだったのですが、日本とこちらの世界で共通する文字があったりするのではないでしょうか」
「それは違うな。だったらユーセングリス様がお前に見せた文面もある程度読めるはずだ。あれは児童学校の算数問題が書かれている。もしお前の発言が真実ならある程度難なく読めていただろう」
自分自身の中で話を理解するまで懍世は黙して聞く。
彼に続き、優雅にティータイムを満喫するユーセングリスが口を開いた。
「その魔力探知機は手や指をかざした者から検査する分に必要な魔力に加え、こうやって検査結果の数値を表示するために必要な魔力も吸収する。懍世殿には十分な魔力量があります。つまりどういうことか……分かりますよね」
無論、痛気持ちいい程に理解をした。
言語や魔力探知機の数値には自分の魔力を媒介している。言語は自分の体に元ある魔力が恐らく異国の言葉を訳してくれているのだ。体のどこから魔力が沸いているのか、魔力が何故その役割を果たすことが可能なのかは全く知らないことだが、渡された用紙には魔力が欠片も込められていないことから察しがついた。
「お前の魔力量は通訳くらいのことで減りはしない。では魔力を媒介とさせているのなら、この紙を始めとした無機物に魔力を通せば読めるとは思わないか?実際、魔石も何の変哲もないただの石に魔力を込めた結果崩壊せずに魔法具として様々な効果をもたらしているという物だ」
「ということで、ですね。懍世殿に我々マファイレグ共和国から透明な魔石を原材料とした片眼鏡を支援として贈呈させて頂きます。身につければ使用する人間の魔力を僅かに吸いとるが、自分の知っている言語に文書を解読してくれるという古くからの魔法具であります」
ユーセングリスから紺色の直方体の箱を受け取り、ゆっくりと開ける。中には懍世の厨二心を擽るような金色のフレームのモノクルが入っていた。
「ありがたき幸せ!大切に使わせて頂きます」
「こちらは平民の中でも普及している有名な魔法具ですので壊したところで買い替えるのに余分なお金は必要ありません。寧ろ劣化してすぐ壊れる位の使い捨てと思って頂きたい」
「いえいえ。僕からすればいままで」
「いえいえ。僕からすれば一度は欲しいと願っていた物なので!」
なんて自分は恵まれているのだろうか。試しに懍世が自身の顔の左目の窪みにモノクルを嵌め込むと、レンズを介して寸前まで一文字も読めなかったミミズ文字が、ひらがなと数字で形成された可愛らしい内容であることに気づく。
しかも3+4とか2+7とかその程度の問題であったのだ。
「私は前職が子供に読み書きを教える教師だったもので。このような物が沢山あるのです」
笑い話の一環としてユーセングリスが呟く。続けて彼は言葉を口にした。
「さて、ここからが本題となります。勇者殿、貴方に来ていただいた理由は他でもありません。先日召喚した、もう一人の勇者殿と共に我が国の、世界各国の脅威となっている魔王と魔王の統治する国を滅ぼして欲しいのです。勿論ただでとは言いません。私事達も責任を持って勇者殿方を全力で支援させて頂きます。宿代をはじめとした資金として金貨3000枚、武具の無償支給に旅での特別切符を全て支給致します。マファイレグ共和国の代表として是非ともお願い申し上げます。どうか、この通りです!」
ヘイリゲンと共に頭を下げたユーセングリスの姿がそこにあった。
取り敢えず、頭をお上げ下さいと焦りを交えて懇願する。突拍子の無い出来事だが、目上の人から頼まれる側になったのは初めてだ。
(普通ヘイリゲンみたいな太々しい王様が上から目線で言うものだろ?どうして頭を下げる必要があるんだ。まあ……罪の無い人間を自分達の都合で異国の地に呼び出した挙げ句、命を落とすかもしれないハイリスクなことを半ば強制的にさせられると考えれば無理もない、か。別に一回怖い思いして死んだ後の延長線上で奇跡的に過ごしているようなものだから自分にとっては嫌な話どころか素晴らしい内容なのだが……)
「ま、まあ金の価値とか防具とか魔法とかお聞きしたいことは山々なのですが、もう一人の勇者って?」
懍世にとってはそれが最も気になるのだ。魔王を倒すにあたっての仲間、言うなれば相棒になる人間のことはいち早く知らなければならない。性格や価値観の違いによっては常に喧嘩になることも免れられないからだ。
「___ヘイリゲン、もう一人の勇者殿は今何処に?」
「はっ。恐らく訓練場で二丁銃の自主練習かと」
「そうか。今すぐここに来させるように」
「はっ。承知致しました」
堅い返事をしてヘイリゲンはまた席を立つ。
頭を下げられた大統領と二人きりの時間が何とも居たたまれなかった。
「さて……頃合いだな。懍世殿と馬が合うかと」
「___親交を深められた相手が今までに大した程いないのですが」
「ご謙遜なさらずに。案外お思いになっていないだけで好感を持たれている方はいると思いますよ。それが男性でも女性でも」
間も無くしてヘイリゲンの声が聞こえた。
「こちらがもう一人の勇者殿です」
ユーセングリスと懍世がその場で立ち上がる。
一体どんな曲者が現れるのか。僅かに見えるヘイリゲンと共に歩く姿を凝視していると___
「嘘……」
あまりの驚愕に思わず声を漏らす。胸の鼓動が脳天を突き破りそうになった。
寝癖の跳ねた髪の毛、自身が無さそうに足を運ばせる姿。今にも寝そうなその眼。
その姿は他でもない、大親友の彼だった。
「奥川!!」
目の前の彼もびくりと体を震わせ、即座に足を止める。深く隈が刻まれた彼の瞳に生気が帯びた瞬間だった。
「懍世……?」
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