第2話 校務員


「おい、死体埋めるのはグラウンド以外にしろ」

 四人が教室に戻ろうとする最中、サンダルジャージの男が高Alc.チューハイを片手に、咥えタバコでやってきた。

「落ちてきたんだおっさん」

「落ちてきたぁ?」

「ああ、空からな」

「空からぁ?」

 男は空いた手を太陽にかざしながらセカイが指さした空を見上げる。

「そっかぁ」

「自然に落ちてきたから、これは僕たち生徒の関わる事ではありませんよね」

「まぁな」

「つまり、これを処理するのは僕たちじゃない」

 そんなユウマの言葉に男は露骨に嫌な顔をする。

「つまりおっさんの仕事」

「ニンニン」

 さらに煽りたてるチシキとバイオニンジャ君をひと睨みすると、紫煙とともに大きなため息をつく。

「わぁった。お前らはいね」

 四人を見送りながら男は吸い終わったタバコを指ではじく。

「ったく、めんどくせぇな」

 男はこの学校の校務員である。構内の設備、施設、環境の管理を一手に担う、おじさんである。

 その名を、第六天魔王織田信長という。

 親しい生徒からはノッブの愛称で呼ばれている。

 これでも過去のは、戦国時代とか安土桃山時代とか呼ばれる時代には名の知れた大名であった。方面軍の一角となる将の裏切りにあい、嫡男とともに討ち死に。これが致命的であった。この後織田家は中堅大名への道を辿る。信長自身、天下を治めるつもりなど本来はなかった。義昭が牙をむき、それを排したのちには上に頂く存在が消えてしまったために、なし崩し的に天下三職を選ばされる嵌めになっただけである。比較的実直に慣例に従ってきた信長としては意外でもあった。

 天下。

 日ノ本。

 あるいは中華、そして伴天連。

 そんなものを考え始めた矢先に、信長は討たれた。

 討たれ、天国へ行った。つまり第六天であった。魔王を討ちとるのは容易かった。問題はその後である。他化自在天の自在天の力を手にした信長は、様々な信長をうちの中に取り入れることになる。他世界の信長、野生児、革新者、破壊者、魔王、創成者、影武者、女体化、現代転生、異世界転生、架空戦記に黒幕、ラスボス、様々な世界に存在する、織田信長の性質と力が一挙に彼の中に流れ込んだ。それは万能の力にも近かった。だが、幾千幾万もの信長の人生を体感し力を得た信長は疲れた。非常に疲れた。そこで、丁度いい癒しが欲しかった。

 新たなタバコに火をつけた信長は酒を一口呷ると、倉庫へと向かった。

 三角コーンと虎テープを張ったポール。

「これで、ええやろ」

 倉庫の冷蔵庫から酎ハイの缶を捨て格安ウイスキーと柑橘系リキュールを取り出すとそれをグラスに適量混ぜ、一口飲む。煙草に火をつけ、煙を吐く。

「さて、仕事するか」

 校務員、これが彼の今の仕事である。

 それでも彼は現状に満足している。天下は見えなくとも、明日は見える。

 空から落ちてきた少女の周りに三角コーンと立ち入り禁止のポールを立てながら、信長は思うのであった。

 天下布武。

 そんな野望を抱いたのは我であったか、もしくは三千世界いずれかの信長か。より高みをより高き頂きをそう思って三皇五帝、孔門十哲、商山四皓、七賢との語らいあいを夢想した日々。だが、そんな夢はついえたし、その夢は城郭や天守などなくとも高Alc.飲料やネットにサブスクで十分すぎるほどに浸れる。もはや、覇道に飽いた己にはこれぐらいが丁度良い。故に、


「お願いです。世界を救ってください」


という言葉が頭蓋に響いた折には、久々に怒りを覚えた。


「おぬし、何か申したか」


 たったひと睨みだけで充分であった。信長の鋭いまなざしが少女を貫いた時、少女は恐怖を超えた恐懼を覚えた。

 逆らってはいけない。むしろ承諾されなくてよかった。この人は世界を滅茶苦茶にしてしまう。私に敵対する存在以上に危険だ。


「さーせんした。なんでもないっすー」


 語彙すらも一時的に崩壊した少女が伝達したのはそんな感じの文面であった。

「で、あるか」

 やや、不機嫌だった信長はそれだけ呟くと、三角コーンとポールを凍結された少女のまわりに設置した。

 そういえば今日はレッスルマニアがあるはずだなと思いながら、吸い殻を少女のクレータに弾くと、自室へと帰っていった。

 もはや、世界など己を大きく超えた範疇には興味がない。

 自堕落な日常。

 これが人間五十年の夢幻として我にはふさわしい。

 そうして、信長の日常は守られたのである。


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最強の四人 茶屋休石 @chayakyu

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