最強の四人

茶屋休石

第1話 四人



 アブラゼミ。

 約六センチ程度の体長で、日本全国に分布する。

 全体的に黒褐色の色をしており、鳴き声はジーーーーーと単調な鳴き声をする。

 一説には油で揚げる音に似ていることからアブラゼミという和名がつけられた。

 その鳴き声は夏の風物詩であるものの、五月蝿い。関西のクマゼミもまた五月蝿いが、そのうるささ、鬱陶しさは何とも言えぬ違いがある。とはいえ、どちらも最盛期には飽和攻撃的な騒音によってその違いを感じるほどの余裕は無くなってしまう。

 うるさくはあるが、その鳴き声の発声機構は興味深いものである。セミの腹の中には空洞があり、その中に発音板というひだがある。それを筋肉に依って動かすことによって音を成し、空洞の中で共鳴させることによって大きな音へと変換させていくのである。音は振動であり、振動が音である。振動は衝撃にもなれば、音はコミュニケーションツールともなる。振動は万物にとって重大な事象であり、電磁波の波長や超弦理論を参照するまでもなく振動は森羅万象を司るといっても過言でもあるまい。そんな音の妙技を騒音の中に感じるのもまた、風流ではあるまいか。あるまいな。

 ところでそんなセミの一群の中に一匹のセミがいる。このセミ、この夏にある少年と出会い、「虫コロシアム」に参戦することになる。その発声器官を駆使した音による衝撃波や位置索敵の攪乱、神経へ影響を当たることによる脳への幻惑を活かし昆虫バトル界の頂点に立つことになるのだが、それはまた別のお話である。


「あぢぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーー」

 男子高校生・佐藤セカイは白シャツがはだけた胸元をノートで扇ぎ、不平を訴えていた。

「耐えられん。ユウ、氷系の魔法かけてくれ」

「嫌だ」

「何でよぉ、減るもんじゃねえだろぉ」

 ユウというのはセカイのクラスメイトである高橋ユウマだ。知的に眼鏡をかけた彼の顔は暑さに動じていないかのようにも見えるが、実際のところ先ほどから下敷きでパタパタとワイシャツの中を扇いでいる。

「熱というのは熱力学第一法則またはエネルギー保存の法則に縛られている。全体でのエネルギーは不変だ。お前から熱を奪うのに俺が仕事をせにゃならん。すると俺が暑くなる。故に、却下だ」

「いいじゃんよぉ。俺が涼しくなるんだからー」

「やだね。お前の息の根を止めた方が早い」

「それはちょっとやだにゃー」

 夏休みである。

 が、彼らは学校にいる。

 夏休みであるから帰宅部である彼らは学校にいるべき道理はない。

 しかし彼らは学校にいる。

 パラドックス。矛盾である。

 矛盾といえども起きている事象は何らかの説明がなされなければならない。認識、因果推論、カテゴライズ、パターン認知、解釈。それが人間という知性体が知性体足らんとする世界の成り立ちというものである。

 それ故にこれより証明を開始する。

「補習だるい」

 証明終了。

 補習に対する不満とともに教室内に入ってきたのは岐志チシキ。小柄ではあるが、これまた野郎である。

「ニンニン」

 独特なセリフとともにサイドチェストのポーズで入ってきたのはバイオニンジャ君。二mを越える巨躯に筋骨隆々な野郎である。

 さて野郎四人がが集まった教室で物語は始まろうとするかに思えるだろうが、実は物語はすでに終わっている。この四人それぞれがそれぞれの物語を完結させたのが夏休み前である。夏休み前に学業おろそかにそれぞれの物語を生きてしまったがため、この補習と有様になってしまった。それがこの四人である。


 佐藤セカイはこの春、不思議な少女と出会った。少女は世界守護組織<コヒーレンス教会>から逃れていた。少女の名はアナスターシャ・ランガーヒューゲル。彼女は対世界との障壁を曖昧にする存在。彼女とボーイミーツガールしてしまったセカイは世界の命運を賭けた戦いに巻き込まれてしまうことになる。組織の能力者との戦いのさなかある能力に目覚めたセカイは対称者アナスターシャを守ることを誓い、コヒーレンス教会とも敵対する不確定猫の福恩派やその陰に潜む超時空的な存在の陰謀に巻き込まれ、やがて戦いの真実へと導かれてゆくことになる。超常の力を持つ者同士によるバトル、そしてよくわからないが開催された裏異能武闘大会。様々な勢力と人物そしてその思惑がが四五分裂に集合霧散を繰り返し、発散と収束の果てにたどり着く真実とそして選択。対称性の破れを補完するか否か。世界を、そして対世界の運命を左右する選択。彼が導き出した答えとは? など諸々の事があり授業にあまり出られなかった。

 高橋ユウマは卯月の新月の晩に近所にある神社を散歩していると、星辰がちょうど奇跡的な配列をしてしまい、神社に隠された異世界の神具が作動、異世界へと行き来する魔法原動機付き車両<トラック>が轢かれ異世界へと転生してしまう。ユウマが目覚めたのははグライバラムという剣と魔法によって発達を遂げた異世界だった。グライバラムは別の異世界<アラメインリア>の魔王により侵攻を受け存亡の危機に瀕していた。そんな中突如現れたユウマは救世主と歓迎され戦場へと駆り出される。戦いのさなかになんとか異世界の戦闘技術と軍の概要を把握し自軍を立て直したユウマであったが、人間軍のあり方に疑問を抱いたユウマは突然魔王軍に投降、そして局地戦や勇者の装備をめぐる謀略が引き続きおこる中、突然ユウマは魔王に反逆を起こす。魔王はあろうかとか人間軍に亡命、さらにグライバラムの有力勢力であったレイゴウが独立、魔王の力と勇者の装備を手に入れかつての魔王軍を率いるユウマとの三つ巴の戦いが始まった。混迷する戦乱のさなか暗躍する闇の神官やら暗黒神の眷属やら別世界の魔王やらがいろいろ出てきて色々あったが結局のところユウマが戦乱を納め、さらに色々あって五つの異世界を統治、革新的な改革を行っていくことになる。だが、反発する守旧派勢力の陰謀により腹心に裏切られ元の世界に強制送還させられてしまって補習を受ける羽目になったというわけである。

 佐々木チシキは桜の花が舞い落ちる中、一つの出会いをした。それは死体だった。第一発見者となったチシキはなぜかいろいろな不運が重なり犯人として疑われてしまう。加えて何故か犯人に命を狙われる羽目になってしまい、殺人事件の謎に迫らざるをえない状況へと追い込まれていく。何人もの協力者、裏切り者が錯綜したデスゲームが徐々に出来上がり、命を賭けたギャンブルなんぞにも巻き込まれ、知と血で彩られた祝宴の舞台でチシキはどうにか生き残りを模索する。その間にもゲームを無視した殺人者や時限式の呪いが乱入し、同時に謎に満ちた殺人事件も繰り返される。殺人事件を解決し、デスゲームを生き残り、殺人犯を倒し、呪いを説く方法を見つけ出したとき、チシキはこのゲームの中に仕組まれた巨大な陰謀、冷酷なシステムの存在を目の当たりにする。七つの殺人事件に仕掛けられた村に残る因習の謎、物理トリック、心理トリック、密室トリック、アリバイトリック、一人二役トリック、死体損壊トリック、叙述トリックの複雑な絡み合いを解きほぐしたとき、チシキは世界の真理に触れることとなるが、授業には間に合わなかった。

 バイオニンジャ君はごくごく平凡な高校生だったがある日悪の秘密結社であるシンジケートに拉致され人体を改造されてしまう。そう、バイオニンジャ君は改造人間である。自己進化、自己再生、自己忍術の三大理論によって生み出された最恐にして最強の忍者であるバイオニンジャ君はレジスタンスとの戦いにさなかコントロールユニットを損壊、自我を取り戻してシンジケートに反逆する。そして信頼できる仲間たちや美女たちとともに秘密結社シンジケートとの戦いに辛くも勝利するが暗躍してた巨大秘密結社デスシンジケートが姿を現しさらに数多くの犠牲を伴いつつもデスシンジケートを壊滅に追いやるもさらに超巨大秘密結社デスシンジケートオリジンが現れたりさらなる美女たちとの出会いといろいろなことがあったので補習を受ける羽目になったのではなく単に成績が悪かったので補習を受けています。組織との戦いの最中でもわりと真面目に授業を受けていましたが、出席だけで単位をもらえるほど甘くはないカリキュラムだったのです。ちょっと可哀そうですね。


「あ゛ああああーーーー青春的なあれこれとか特に青春な時にしか体験できないとか言われてるエッチなことしてぇぇーーー」

 暑さに耐えられず発狂したかのようにそんな思春期暴発な叫びをセカイがあげる。そんなセカイをめんどくさそうな目で一瞥だけするのがいつもの三人である。

 ……。

 沈黙が流れる。

「あああーーー、無視しないでよぉーーーユウーーーー」

「なんで俺なんだよめんどくさい」

「だってチィに振ってもそっけないし、バイオ君はニンニンってしか言わないじゃんかよ」

 セカイは他の三人をあだ名で呼ぶ。ユウマはユウ、チシキはチィ、バイオニンジャ君はバイオ君だ。

「だからって俺に振るな。黙ってプリントやれ」

「ってか女って怖くね?」

「うぜぇ」

「プリントやるから俺の話聞いてくれる?」

「殺すぞ」

 そんなやり取りがされるさなか上空から接近するものがあった。

 雲を切り裂き、豪速で落下する物体。断熱圧縮で熱せられたその物体は奇妙なきらめきを放っていた。

 その物体を一人目ざとく発見するものがいた。先ほどからプリントもせずにぼーっと窓の外を眺めていたチシキである。

「あ、空から女の子が……」

 四人の中ではバイオニンジャ君に次いで視力のいいチシキはそんな言葉を言い放ったが、ほかの三人反応は冷ややかである。

「え、そういうのもういいよー。世界救うのとかだりぃよー」

「そうだ。冬休みも補習は勘弁だからな」

「ニンニン」

 チシキは「なるほど」と頷くと、気にするのをやめプリントに集中することにした。

 が、その集中も長くは続かなかった。

 轟音とともに振動と衝撃波が次々に到達し学校の窓ガラスは次々に砕け、見ればグラウンドには巨大なクレーターができている。

「うわっ、久々にビビった。心霊動画以来ビビった」

「さっきじゃねぇか。それよりチシキ、隕石とかじゃないのか? ほんとに女の子だったのかよ」

「ほんとだよ」

「ニンニン」

「あー、もう補習どころじゃねえな。見に行ってみるか」

 そうセカイが言うと一同だるそうに立ち上がって、教室を後にした。四人そろって教室を抜け出し階段を急ぐほどでもなく、だるそうに降りる。

「くっくっく、新手の殺人事件かもね」

「そりゃないだろチシキ。視認速度的にも相当な重力加速度と断熱圧縮による熱は相当なものだ。かなりの高高度から落ちたか、加速して打ち出されてるぞ」

「僕がかかわる殺人犯ってのは得てして奇妙なこだわりがある。死体を絶対的に防護してくれる可能性もあるよ」

「ニンニン」

「あー、今のバイオ君の言ったことは俺にもわかるぜ。いくらなんでもこれはめんどくさすぎるだろって」

「ニンニン」

「違う。バイオニンジャ君はなぜこの場所に落下したのかを気にしてるよ」

「くっそ。また負けた」

 バイオニンジャ君の言ったことを当てると千円、外すと五百円。それがセカイとチシキの普段からの賭けだ。

 セカイが指ではじいた五百円玉をチシキは見事にキャッチする。


 確かに、女の子だった。

 グラウンドにできた巨大なクレーターの中心にその女の子は横たわっていた。

「すんげぇ音したのに人間の原型たもってんな、あれ生きてんのか?」

「生きてるんじゃないか? 普通の人間じゃないだろうが」

「生体反応はあるね」

「ニンニン」

 あたりには熱気が立ち込め、水蒸気のような煙が立ち上り、石英質が一部溶解して赤熱している。

 クレーターは半径五m、深さ二mほどほどに達しており、衝撃の大きさから言って人体が原型をとどめられるほど衝撃が弱かったとは思えない。それでも少女には傷一つなく、眠っているかのように安らかな顔をしている。

「とりあえず行ってみっか」

「おい、厄介事に関わるのやめろよ」

 チシキとバイオニンジャ君はユウマに賛同するのだが、それを気に留める様子もなくセカイがクレーターを降りて行った。仕方なく三人もそのあとを追っていく。四人が近づくと少女は目を覚ました様子で身を起こし目をゆっくりと開いた。

 そして口を開く。


「世界を救ってください」


 次の瞬間、セカイは少女殴った。意識が一瞬飛ぶ程度に、かつ他の部位にダメージのいかない精度の高い打撃。そしてすかさずユウマが凍結魔法を繰り出し、チシキは時空障壁を張った。バイオニンジャ君はアドミナブル・アンド・サイのポーズを決めた。

 現場維持という名の、現状凍結。

 彼らは皆、飽き飽きしていた。世界を救うだの、何かのために戦うということに。

「戻ろうぜ」

「そうだな」

「プリントまだだし」

「ニンニン」

 こうして彼らは彼らの日常を救った。空から落ちてきた少女が言った世界とは何の関係もない、彼らの他愛もない日常。

 それでも彼らにとってはかけがえのない、日常なのである。


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