第15話

 差も当然だというように、腕組みをしたままそう告げるユーヴェリウス。

 反対に、トーコは王国騎士団のメンバーに入るつもりは毛頭ないため、物凄い勢いで抵抗し始めた。


「な、何言ってるんですか!? 殿下は、さっき『この件は不問』とおっしゃっていたじゃないですか!」

「『お前が怪しげな術など使っていないことは、俺が証明してやるから、逮捕等に関しては不問にする』と言っただけだ。検証については、必要に決まっているだろう」

「そんな風には聞こえませんでしたけどっ!?」

「言った」

「私は、この国中を巡って旅をしながら商売を続けることに生きがいを感じているんです! まだまだ作りたい癒しグッズも、たくさんあるんです! それを、奪うって言うんですか!?」

「グッズ作りは、王都でも出来るだろう。旅は、そうだな……。新婚旅行と兼ねて、一年くらい休みでも取るか」

「何で、そうなるんですか!? ってか、新婚旅行って意味わかんないんですけどっ!?」


 どんどんとあらぬ方向に妄想を広げていくユーヴェリウスに対し、振り回されっぱなしのトーコ。

 ユーヴェリウスの頭の中では、もう既にトーコが王都へ行く既定路線を描いているようだった。


「貴方様は、“第五王弟殿下”でしょ!? お忙しいんでしょ!? そんな時間なんか作れるわけないじゃないですか!」

「時間を作ることなど、容易い。お前のためであれば、な。現に、今までだって、どんなに多忙でもお前と会うための週一回の時間は確保していたのだからな」

「〜〜〜〜! そ、それに! 冗談でも、ただの行商人に対して、『新婚旅行』なんて言葉を使われるのはいかがなものかと思いますが!」

「何を言っている。この国に蔓延る魔濃症を、どうにか出来る可能性が見えてきたんだ。最優先に取り組む事項になるに決まっている。俺とお前の『共同作業』が不可欠になるのだ。何も間違ってはないだろう。『俺専属の癒し屋』になるということは、イコール、『俺の伴侶』となるのだからな」

「いやいや! そんなわけないでしょ!? ってか、『専属の癒し屋』が何でそんな話に飛躍するんですか!? そんな意味じゃないんですけど!」

「俺にとっては、そんな意味なのだが」

「いやいやいや! ちょ、ちょっと、待ってください! 身分違いにも程がありますよ! 貴方様と私では、雲泥の差がありますって!」


 ユーヴェリウスが、いきなり“伴侶”というあり得ないワードを出してきたため、慌ててストップをかけようとするトーコ。

 しかし、ユーヴェリウスは何も不思議ではないという表情で、トーコを見つめてきた。


「別に、お前は身分違いでも、雲泥の差があるわけでもないぞ。現に、二年前の『お披露目会』に、お前は参加してたではないか。俺と釣り合う条件は満たしている」

「あれは、間違えて入れられてしまったんですよ! 私は、何も知らなかったんです! 私はただの行商人で、平民で、しかも国外出身者です。釣り合うわけないじゃないですか!」

「魔濃具無しで王宮に入れるのは、王族関係者だけだ。トーコ、お前はあの時、魔濃具無しで王宮に入れることが出来た。だから、お前の持つ魔濃レベルは、王族に匹敵するほどトップクラスに入るものなのだ」

「はっ? ――――…………えっ?」


 思いもしなかったことをユーヴェリウスから聞かされ、ガンッと衝撃を受けるトーコ。

 自分の魔濃レベルが、『王族』と称される方々に匹敵するほどと言われ、頭が真っ白になる。

 そんな馬鹿な……。だって、私はただの行商人。魔濃具無しで境界域を越えられたのは、異国人だからではないのか。


「で、殿下……。私は、この国で生まれたわけではないのです。だから、魔濃レベルなど自分には関係ないのだと――」

「そんなわけないだろう。他の異国の民は、皆同じように魔濃レベルの影響を受けているのだぞ。お前だけが、特例だ。だから、あの『お披露目会』の時もすんなりと通してもらったのだろう」

「そ、そんな……」


 初めて聞かされる衝撃の事実に、頭の整理が追いつかないトーコ。

 そんなこと、聞いてない。

 そんなこと、言われていない。

 じゃあ、自分はいったい、何者なんだろう。


 混乱状態になっているトーコの様子を見て、ユーヴェリウスはポンッと優しく頭を撫でる。

 温かな手の感触は、トーコの渦巻いた心の波をゆっくりと落ち着かせてくれた。


「そんなに、深く考え込むな。トーコ、お前はお前だ」

「殿下……」

「という理由わけだから、この話は何の異論も出ないはずだ」

「は、はぁ…………って、そんなわけないでしょ!? それに、『専属癒し屋』の話は、私を嵌めたんだからやっぱり無しです! 無しっ!」

「言質は取ったと言ったはずだ。それとも、何か。それを反故するのであれば、王族に対して虚偽を働いたということになるが。そうなると、逮捕ということも――」

「それを出すのはズルいですよ! それに何ですか、さっきの『共同作業』って!」

「魔濃症の効果検証のためには、『俺の想い』を砕いてお前の魔法陣の発動条件を調べることになる。そのためには、『俺の想い』をこれまで以上に量産する必要があるということだ」


 一人、満足そうに頷くユーヴェリウス。

 だが、それを聞いたトーコは、なお一層慌てふためいてしまう。

 いやいやいやいや、待って待って待って待って。何勝手に自己完結してるわけ?

 今ですら、あんなに重た〜い『想い』が百を超えているのに、さらに作るって言うの!?


「はっ!? いや、何言っているんですか!? すでにあんなにたくさんあるのに、まだこれ以上貴方様の『想い』を生み出そうって言うんですか!?」

「検証のために『俺の想い』砕くのだから、補充するのは当たり前だろう。それに、お前の店は、たった十五分しか使えなかったんだ。これでもかなり、想いを出すのを抑えていたんだぞ。さて、さっそく王宮へ戻るか。トーコが何時来てもいいように、『専属部屋』は既に用意してあるからな」

「詐欺です! 訴えますよ!」

「ほぉ? この俺を訴えるとは、いい度胸だな。しかし、そういった気概もお前の魅力の一部だと思っている。さて、楽しみだな。これからは、いつでもお前の『癒し』を受けられるのだから。毎日、お前の部屋に行くつもりだから、覚悟しておけよ」

「〜〜〜〜っ! も〜〜〜〜! 冗談じゃない! 貴方様は、出禁ですっ!」


 というわけで、王国騎士団長から正式な、いや、強制的な依頼オファーを受け、『ユーヴェリウス専属の癒し屋』になってしまったトーコ。

 ぎゃあぎゃあと喚き足掻きも虚しく、見たこともないほどご機嫌なユーヴェリウスに抱えられたまま、王都へと連れ去られて行くのだった。

 王都に蠢く『負の遺産』を知らずまま――――


                             


               (第二章へ続く)

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王弟殿下の癒し役、喜んで辞退させていただきます! たや @taya0427

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