第14話
ユーヴェリウスの話を聞き、とんでもないことになってきたと青ざめるトーコ。
『重大事項』などという、そんな大それた話になるなんて。やはり、あの女性調査官が言っていた通り、緊急逮捕され、取り調べを受けることになってしまうのだろうか。
勘弁してほしい。こっちは、ただの一介の行商人。面倒くさいことに巻き込まれるのは、まっぴらごめんだ。
「申し訳ございません。『重大事項』と言われても、私には今回の件はさっぱりです。ただ、あの女性調査官にも何度も申し上げましたが、私は怪しげなことなど一切しておりませんし、逮捕される
トーコは、ユーヴェリウスに向かって両手をつき、しおらしく深々と頭を下げる。無罪放免の赦しを得るために。
客商売をしている身にとって、店を開けられない空白の期間が長引けば長引くほど売り上げに響いてしまうのはもちろんのこと、『王国騎士団に逮捕された』ということになれば、かなりの痛手、いや、致命傷になりかねない。それがたとえ無実であったとしても、だ。
もし事実が歪曲されて変な噂でも広まってしまったものなら、もう誰もトーコの店を利用しなくなるだろう。
商いをしている者にとって、風評被害はそれほどまでに恐ろしいものなのだ。
「殿下、お願い申し上げます」
「…………」
「もちろん、こちらでも今回のクラック現象や魔法陣との関連性を調べ直します。すぐにはわからないかもしれませんが、何か気になることが判明しましたら、殿下に必ずご報告いたします」
「…………」
しかし、トーコの言葉には何も答えず、難しい顔つきのまま黙り込むユーヴェリウス。
トーコとしては、『わかった』の一言が欲しいのだが、その言葉が一向に出てこない。
ま、まずい……。これは、王国騎士団本部へ連れて行かれ、厳しい取り調べを受けるどころか、下手したら、店の取り潰しの可能性だってあるのではないだろうか。
ユーヴェリウスの言う『重大事項』は、国家転覆罪には当てはまらないと思うので、流石に死罪ではないと考えられるが、それでも、“怪しげな術を使った”などと見做され重罪に処された場合は、牢獄行き、軽くても永久国外追放になるだろう。
冷や汗が止まらないトーコは、どんどんと焦る気持ちに駆られていく。
しかし、ユーヴェリウスはトーコの言葉に表情を一切変えず、沈黙を貫いたままだった。
「で、殿下! も、もし、今回の件を不問にしていただけるのであれば、当店の癒しグッズを無料でお渡しさせていただきます!」
「…………」
「あ、あと、もちろん、殿下の『出禁』も解除させていただきます!」
「…………」
「え、えっと、えっと、それから……あっ! あと、週に一度だけではなく、殿下は特別に週三回当店の利用を許可させていただきます!」
「…………」
「じゃあ、週四回!」
「…………」
「週五回でいかがでしょうか!」
「…………」
「あーーーー、もうっ! わかりました! 前から言われていた、『殿下専属の癒し役』をお引き受けいたします! それで勘弁してください!」
すると、それまで厳しい顔つきをしていたユーヴェリウスの口角がニヤリと上がり、『してやったり』という笑みが顔中に広がっていくのが見えた。
「いいだろう。この件に関しては、不問としよう。取り調べも、逮捕も無しだ。だが、トーコ。言質は取ったからな」
――――やられた。
まんまと、ユーヴェリウスの罠に嵌められた。
「騙しましたね! 殿下ともあろうお人がっ!」
「別に、俺は騙しなどしてはいないぞ。お前が勝手に、どんどん話を膨らませたのだろうが」
「だって! 殿下が何も言わないから!」
「俺は否定も肯定もしていない」
「〜〜〜〜っ!?」
ユーヴェリウスの不敵な笑みを見て、顔を真っ赤にして抗議の声を上げるトーコ。
飄々とした顔つきで面白そうに笑い続けるユーヴェリウスに対し、トーコは悔しさで堪らなくなってしまう。
マジで、何なのっ!? このムッツリ殿下は!
しかし、そんなトーコに対し、ユーヴェリウスはさらなるとんでもない台詞を重ねていった。
「ちなみに、今回の件についての検証は王国騎士団が舵取りを行う。魔濃症への有効策を見出すのは、王国にとって一大案件になるからな。まあ、指揮を取るのは俺になるだろうが」
「だから! ……えっ? あ、はい。それは、お任せします」
「何が、『お任せします』だ。お前も、この検証チームのメンバーに入るに決まっているだろう。まあ、ほとんど俺とお前との検証作業になると思うがな」
「はぁっ!? 私は、ただの行商人ですよ!? 何で、王国騎士団の調査に加わらなければならないんですかっ!?」
「今回の現象は、『俺の想い』とお前の『癒し術』の両方が必要だと仮説を立てただろう。ならば、お前もそこに加わるのが当然ではないか」
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