第13話
「『俺の想い』がクラックした、だと……?」
「はい。そのクラック現象の後にもの凄く眩しい光が出てきて、『これ』がバラバラに砕け散りました。そうしたら、急に魔法陣が発動して馬車全体にヒーリング術が発動したんです。私は最初、何が起きたのかまったくわかりませんでした。気づいた時には、痙攣を起こして苦しんでいた症状が治まっていたんです」
ユーヴェリウスの眼前に『砕けた想い』を見せ、先ほどの件を報告するトーコ。
ユーヴェリウスは、その報告を険しい表情を浮かべながら聞いていた。腫れた後頭部を、水で冷やしたタオルで押さえながら。
実は、ユーヴェリウスに体を床へ押し倒された時、トーコは驚きのあまり大声を出してしまったのだが、そのせいで主の異変に気付いたゼルが前足を空高く上げ、馬車内に大きな振動を起こしたのだ。
その大きな振動により、馬車の壁へ後頭部を思いっきりぶつけてしまったユーヴェリウス。
ゼルの行動により、ユーヴェリウスは怒りの心的態から冷静さを取り戻すことはできたのだが、逆に物理的痛みを伴ってしまい、今はトーコの手当を受けている状態になっていた。
ちなみに外で待機させているゼルは、未だフンヌフンヌッと鼻息を荒くして息巻いている。
トーコとしては、危険な体勢から逃れることができたので、相棒の絶妙なタイミングで入ったあの行動は、花丸、いや、蜜がたっぷり入った大好きなリンゴをあげたいところだ。
それにしても、先ほどのユーヴェリウスの大胆な行動は、顔や首元、いや、トーコの体全体に熱身を行き渡らせていた。
今思い出しても、その熱で倒れ込んでしまいそうなのだが、その光景を頭の隅へ置き去り、トーコは報告を続けた。
「と、とにかく! 私はあの時、手当たり次第に魔法陣を描いていました。無我夢中でしたので、どの魔法陣があの症状への改善に影響したかはわかりませんし、何故『これ』が砕け散ったのかも不明です。ただ以前、熱と冷気を同時に組み込んだ魔法陣を描き出した時に、爆発反応のようなものが起きたことがありました。なので、もしかすると描き出した魔法陣と魔法陣が複数重なり合ったことが、クラック現象を引き起こした可能性はあります」
「ふむ……。お前がいつも扱うヒーリング術は、一つだけの魔法陣で構成することが多いのか? それとも、複数の魔法陣を重ねることはよくあることなのか?」
「私は、その
「では、今回魔濃症を治すことができたのは、その魔法陣を何重にも重ねたことが影響したのではないのか? 複数の魔法陣を重ねることによって、大きな効力が生み出されるのでは――」
「あり得ません。私の術は治癒術ではなく、ストレスを癒すためだけに発動するものです。魔法陣が一つであろうが、五つであろうが、癒し以外の効果が増えるわけではないのです。これまで、多くのお客様に私のお店をご利用いただきましたが、病気の類を治すような効果が出たことはありませんでした」
「治すまでいかずとも、魔法陣を重ねたことによって、通常とは違う現象が起こったということはないのか?」
「まったくありません」
それはない。間違いなく、断言できる。
だって、毎回オリジナルなものや幾重にも重ねた魔法陣を編み出す時は、最初に必ず自分の体を使って試し効果を確認しているから。
トーコが扱うヒーリング術は、人々が重りのように抱えたフラストレーションを発散させるために活用しているのだが、その量や度合いの調整には細心の注意を払っている。
もちろん、利用客ごとに個人差はあるのだが、それは誤差の範囲内で埋められる。しかし、大元であるヒーリングの放出量が多すぎるとかえって“毒”となってしまうし、組み合わせた魔法陣によって解析不能な化学反応が起きてしまうと人体にどのような影響を及ぼしてしまうかわからないからだ。
ヒーリングの量は多ければ良いというものではないし、魔法陣だって何重にも組み込めば良いものでもない。要は、引き算。何事にも、“ほどほど”が大事なのだ。
だから、新たな場所を訪れるたびに、トーコは自分の体を使って術を試し、こまめに記録を取っている。不測の事態が生じないように。
「――つまり、魔濃症の改善にお前が描き出した魔法陣が影響したわけではない、ということだな」
「はい。私が使える術は、そのような大層なものではございません」
「ということは、だ。今回の件に関して検証すべきは、『俺の想い』がお前の魔法陣にどのように影響したかということになるわけだな」
「ええっ? で、でも、『これ』が今までに何か特別なことを起こしたことなんてなかったですよ? ビー玉サイズに固めたまま保管庫に入れっぱなしでしたし、その中で爆発したといったこともなかったですから」
砕け散った『ユーヴェリウスの想い』を眺めながら、困惑を隠せないトーコ。
何故、今回の現象に『これ』が関わってくるのか。何度頭をひねっても、最適解などまったく思い描くことができなかった。
「そうか。……ちなみに、俺以外の者の『想い』をあの形にして保管したことはあるのか?」
急に冷気を漂わせた視線を向ける、ユーヴェリウス。
トーコはその視線に、『ヒッ』と小さく慄きの声を上げ、慌てて首を大きく横に振った。
「ありません! っていうか、殿下以外のモノを“あんな形”で保存なんかしませんって! やるわけないじゃないですか…………物凄く面倒くさい作業なんだから」
「何か言ったか?」
「いえ! 何も!」
「……まあいい。とにかく、やはり考えられる要因は、それしか思い当たらないというわけだな」
小さく呟いたトーコの余計な本音に対し、すぐに反応しながらも、一通りの説明を聞き取りそう結論づけるユーヴェリウス。
確かに、ユーヴェリウスの言うことは理にかなっている。普段の状況と違う点を上げるとしたら、それしか考えられないからだ。
だが、それがいったいどう魔濃症に影響したのか、トーコにはさっぱりわからなかった。
「これまでの話から推測するに、『俺の想い』とお前が描き出した魔法陣が何らかの化学反応を起こし、魔濃症を完治させるような成分が表出されたと考えられる。つまり、魔濃症への有効策としては一般的な治癒術ではなく、お前の『癒し術』と『俺の想い』の両方が合わさることが必要になる、ということだ。もちろんこれは現時点ではあくまで仮説に過ぎないのだが、これまで誰にも完治させることができなかった魔濃症を消去できるということは――――」
「ええっ!? ちょ、ちょっと待ってください! それは言い切れないですよ。だって、たったの一症例ですよ? 今回はたまたまそうなっただけであって、それがどんな患者にも効くとは限らないじゃないですか⁉」
「しかし、今まで国中のどんな高度な
「じゅ、重大事項……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます