蝉時雨
あるまん
油蝉
ジージージージージージージージージージー!!!!!
気怠い朝の七時半過ぎ、作業所に行く準備をしつつ、朝からPCでとても人には言えないサイトを覗いていた僕の右耳に、いきなりの高周波が聞こえてくるっ!!
すわ最近の白黒ツートンカラーの怪しげな車はこの様なサイレンを鳴らすのかっ!
……いや流石にそんな勘違いはしなかったが反射的に開いていたサイトを閉じ、音のした方向を見る……二部屋隣の襖が半分ほど開いた妹の部屋からだ。
そう、いきなりの大音量で、蝉の鳴声が聞こえてきたのである。
この季節、蝉の鳴声などそこら中で聞こえる。帰り路の十数分でも草だらけのバス停裏の林、来年廃校する高校内の木々、生垣に囲まれた立派な家の高木、そして自宅近くの農家の半ば自然化した防風林……其の中には僕から数メヱトルしか離れてない頭上で鳴くのもいるが、今の音量は其れ以上だ。自宅アパート周囲には林などない、迷い蝉が妹の部屋に侵入したのか? と警戒したが……そういえば隣住人の庭に鳥の糞から成長したのか、樹齢三年程の低木があったのを思い出した。僕の耳迄は直線距離でも五メヱトルは離れている筈だが、部屋で反響した所為か帰り道の蝉の声よりも響いていた。
起きている僕にも不快に聞こえる程の高音だ、寝ているだろう妹は飛び起きたのではないか? と思いきや……起きている気配すらなかった。まだ仕事の時間ではないにせよあの音で起きないなら目覚ましはおろか防災サイレン等も聞こえないんじゃないか、と呆れつつ一昨年見かけた蝉の事を思い出していた。
其の年の五月頃受けた健康診断の結果を行った帰り道、市内バス待ちの空き時間に我が街の公民館に行った時の事だ。公民館の中庭は蝉全盛時で、敷地に入る前から数種もの鳴声が響いていた。その声に釣られ当時買ったばかりのデジカメ(といっても中古だ)を持ち木々の下を歩いた。数メヱトル上に何匹か見つけ写真を撮っていると……目の前の木に留まるアブラゼミを見つけた。百八十センチ近い僕の目線よりも若干下である。羽根を入れて十センチ程と結構大きい(目線上にあるから大きく見えたかもしれない)。
普通蝉は近付いたらすぐに逃げ出すものと思っていたが、其れは全く逃げ出すそぶりを見せず……最初は接写出来る事に興奮しバシャバシャと写していたが、蝉の真上五センチにカメラを近付けて撮影しても全く動かない……樹液を啜る途中でもなかったし、人間という余りに巨大な生物が近付いたので仮死状態になったのか? いやもしや精巧に出来た作り物なのか? とすら思った。
バスの時間が近付き其の場から立ち去る時も、この蝉の事が頭から離れなかった……思うに既に寿命だったのかもしれぬ。樹木に口吻を突き刺す事も出来ず、ただ習性で樹にしがみ付いているだけ……やがて力尽き地に落ち、其の死骸は風化し木々の滋養となり、後の世の仲間の生命へと受け継がれるのだろう……。
もしや今、妹の部屋の外で鳴く蝉も其の時の蝉の滋養で育った個体かもしれぬ。我が家から其の中庭迄一キロ半程あり蝉が迷い込むにはちと離れているが、まぁ其の程度の空想を楽しむのも悪くはないだろう、と思いつつ作業所へ行く準備を再開した。
蝉時雨 あるまん @aruman00
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
まったくかけまっしぇ~~~ん!!/あるまん
★42 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます