桃太郎異聞

からこげん

桃太郎異聞

 むかしむかし、ある女が川で洗濯をしていると、大きな桃が流れてきた。


 女が桃を持って帰り、夫と一緒に食べると、ずっと前に諦めていた子供が産まれた。


「『おばあさん』と呼ばれる年になってから、元気な男の子を授かるとは、有り難いこと」


「神様の思し召しにちがいない、『桃太郎』と名付けて大切に育てよう」


 桃太郎の村は水が乏しく、米は育たなかった。


 山の木々が実をつけることは滅多になく、鳥や獣が罠にかかるのはさらに稀だった。


 海はいつも荒れていた。その上、鬼ヶ島という大きな島が立ち塞がっているせいで沖合に出られなかった。


 鬼ヶ島からは、いつも煙が立ちのぼっていた。蠢く無数の影が見えることもあった。


「あの島に住んでいるのは鬼だ」


「煙が絶えないのは、あちこちから攫ってきた者たちが生きたまま焼かれているからだ」


「怖い怖い、近寄ったら殺されるぞ」


「怖いが、あの島には鬼の宝があるにちがいない」


「鬼の宝を手に入れれば、この村も豊かになるだろうに」


「誰かが鬼を退治してくれればなあ」


 村人や両親の嘆きを聞いて育った桃太郎は、ある日、両親に旅立ちの決意を告げた。


「私が鬼ヶ島に行って鬼を退治します」


「確かにおまえは、この村の誰よりも強いが……」


「まだ元服もしていない子供ではないか」


「鬼を退治できる者は、私だけです。私の他にはおりません」

 

 桃太郎の決意は固かった。


「そこまで言うなら仕方ない、おまえの思うようにやってみなさい」


「鬼の宝で、この村を隣村よりもその隣の村よりも豊かにします」


 噂を聞いて、村人たちの期待は高まった。


「桃太郎なら、鬼を退治できるだろう。強いだけでなく、とても賢い子だから」


「この村のために、鬼の宝を持ち帰るにちがいない」


 桃太郎のお供に、「犬」「猿」「雉」というあだ名のついた三人の若者が集められた。


 両親は、きびだんごを作って皆にふるまった。


 川で拾った桃と同じように、きびだんごには不思議な力が宿っていた。


 自分たちの力が前よりも強くなったのを感じた三人の若者は、村の神社で誓いを立てた。


「俺たちは、桃太郎に忠義を尽くして戦います」


 鬼ヶ島に上陸した桃太郎、犬、猿、雉は、鬼たちを相手に大暴れした。


「降参します!」


 背の高い鬼が飛び出してきて叫んだ。


「おまえは?」


「この島の頭領です」


 頭領は若い女の鬼だった。


 長い髪は黄色で、もじゃもじゃと縮れていた。


「降参するなら、宝を出せ! 出し惜しみするなよ!」


 猿が抜け目なく交渉した結果、大勢の鬼たちがたくさんの宝を桃太郎たちの前に積み上げた。


「何と美しい織物だろう」


「この刀も素晴らしい」


 桃太郎たちは、見事な宝に感嘆した。


「一体、どこから盗んできたのだ?」


 犬は厳しく頭領に尋ねた。


「盗品ではありません。どれもこの島の者たちが作り上げたものです」


 頭領は、桃太郎たちを鬼ヶ島を案内した。


 海辺では魚や海藻、貝類を加工する者たちが忙しく働いていたが、皆、頭領を見かけると親しげに挨拶してきた。


 村は活気があり、機織りの音やら金槌を叩く音やらが途切れずに聞こえてきた。


 桃太郎が何より羨ましく思ったのは、どの家からも、煮たり焚いたり焼いたりするいい匂いが漂ってきたことだった。


「村から見えたのは、家々のかまどから上がった煙だったのか」


 大人も子供も、桃太郎一行に驚いたり怯えたりするそぶりは見せなかった。「疲れているようだから、ちょっと休んでいきなさい」と、声を掛けてきた者さえいた。


「罠ではないか?」


「俺たちを油断させようとしているんだ」


「気を許すな」


 犬、猿、雉が桃太郎に囁いたとき、鬼たちに混じって働く人間の姿が見えた。


「もう大丈夫だ、俺たちが逃がしてやるぞ」


 雉がこっそり声をかけると、人間たちは笑った。


「何を笑うんだ、おまえたち、鬼に攫われてきたんだろう」


「いや、私らは、鬼の宝の素晴らしさに惹かれて鬼ヶ島に渡った者だ」


「鬼たちの技術は素晴らしい」


「外国との取引も盛んで、仕事はいくらでもある」


 人間たちは、口々に鬼ヶ島と鬼を褒め称えた。


 犬、猿、雉は顔を見合わせ、黙り込んだ。


 桃太郎は、三人のお供から離れ、しばらくの間、ひとりで何事か考えていた。


 やがて、桃太郎は、鬼の頭領を連れて岩山に登った。


 鬼ヶ島の裏手にあるゴツゴツとした岩山からは、故郷の村を見渡すことができた。


 ポツリポツリと点在する家はどれも小さく、今にも潰れてしまいそうに見えた。


「あれが私の村だ。私は、あの村を豊かにするために鬼の宝を奪おうと考えた」


「宝は差し上げましょう。その代わり、村の者たちを傷つけずにお帰りください」


「いや、宝を持ち帰っても、売り払って得た金を使い果たせばそれまでだ」


「では、どうしろと?」


 桃太郎は、鬼の頭領に頭を下げた。


「私を、あなたの婿にしてほしい」


「あなたが、私の婿に?」


 鬼の頭領は、色の薄い瞳で桃太郎をじっと見つめた。


「鬼の婿にならずとも、あなたが欲しがっていた宝を手に入れ、故郷に錦を飾れば良いではありませんか」


「真の宝は鬼ヶ島で作られた織物や細工物ではない。そのようなものを作り出す鬼ヶ島の鬼たちが宝なのだ。私は故郷の人々のために、真の宝を手に入れたい」


「あなたは、故郷の人々のために、鬼の婿になるのですか?」


「いや、私は、私のために、私にとっての真の宝を手に入れたい。私たちとはちがう黄色の縮れ髪と不思議な瞳を持つ美しいあなたを」


 こうして、桃太郎と鬼の頭領は結ばれた。


 桃太郎は両親を鬼ヶ島に呼び寄せた。


 ためらっていた故郷の村の者たちも、一年後には、皆、鬼ヶ島に移り住んだ。


 桃太郎も鬼の頭領も三人のお供も桃太郎の両親も鬼ヶ島の鬼たちも故郷の村の者たちも、皆、末永く幸せに暮らした。

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