日常4 外食。お姉さんっぽい(?)まひろ

 部屋を移動した後に行われたのは、簡単な座学。


 法律のことや、この体での生活についてや、他の発症者たちがどう生活しているのか、などといった事柄についての説明を受けた。


 とはいえ、その中身については大したことはなかったため、割愛。


「――と、こんなところだね。お疲れ様。今日やるべきことは全て終わったよ」

「やっとか……あー、肩が凝りそうじゃのぅ……」

「まひろは、わしに似てだらける方が好きじゃからのう。仕方あるまい」

「そこは似なくてもよかったとは思いますけどね。……あぁ、君の身分証は後日郵送されるから、受け取ったら肌身離さず持っておくように」

「なんでじゃ?」

「その身分証、君の保険証や給付金を引き出すためのキャッシュカードでもあるのさ」

「ほほう、随分と多機能なものなのじゃな。しかし、祥子ちゃんや。給付金とは言うが、実際どの程度貰えるのじゃ?」


 あ、それ儂も気になる。


 話では、毎月決まった額が振り込まれる、とは聞いておるんじゃが……。


「そうですね……大体、十五万円程度ですね」

「ふむ、その額では昨今の時世では生きていくのが難しいのではないか? もちろん、働かなければ、じゃがな」


 たしかに。


 最近は物価の高騰もあるし、十五万で一ヶ月暮らせるか、と言われると……地域によっては無理じゃろうな。


 東京とかいい例じゃろ。


 しかし、翁里市は別にそう言った影響はあまりないが……それでも、十五万で暮らせるかというのが非常に微妙なラインじゃろう。


 下手をすれば、無理ではなかろうか。


「えぇ、その指摘はもっともですね。特に、TSF症候群の発症者は、大抵がかなり有益な能力を保持している場合が高い。その上、研究対象という意味では死なせるわけにはいかないのです」

「なんか、実験体見たいで嫌な言い方じゃな……」

「あながち間違いじゃないよ。しかし、発症者たちは様々な分野で活躍していてね。そう言う意味もあって死なせるわけにはいかないのさ。だから、最近ではこの給付金を値上げしようという動きがある。まあ、そもそも発症者たちは学生を除けば普通に働いているため、問題はないんだけどね。むしろ、不労所得ではあるから、毎月十五万の余裕ができると考えれば、かなり大きいとは思うがね」

「なるほどのぅ……じゃが儂、一応バイトしとるし、あまり使わなそうじゃがな」

「それならそれでいいよ。貯金も可能だから」

「そうなのか」


 では、貯金に回すか。


 正直、何もせずとも十五万という大金を得ることに対して、割と抵抗感があるし……。


 むしろ、嬉々として受け取れるものがすごい。


 ……あー、いや、むしろ社会人からすると、嬉々として受け取りそうじゃな……儂は別段何不自由なく暮らせておるから、この考えなだけで。


「一応、その身分証は、まひろ君以外が使用することはできないようになっているので、安心していいよ」

「なんじゃそのハイテク機能」

「実際、それ一枚で相当な金額だしね。あぁ、それと……万が一紛失した場合は、すぐに連絡するようにね」

「了解じゃ」


 そうか、発行される身分証、高価なのか……。


 無くした時が怖いし、絶対に無くさんようにせねばな!


「……と、以上が座学となる。何か質問が無ければ、これで検査も終わりになるが……」

「儂はないぞ」

「源十郎さんは?」

「いや、わしも問題はない」

「そうですか。それでは、今日はこれで終わりになります。お疲れ様でした。お帰りの際は、自宅からここまでお送りした猪瓦が自宅までお送りしますので、安心してご帰宅してください」

「うむ! 今日はありがとうじゃ、祥子姉」

「わしからも礼を言う。ありがとうのう」

「いやいや、これが仕事ですので」

「そうかいそうかい。あぁ、近々うちに来るといい。先ほど、小夜子に連絡がついてな、近い内に帰宅するそうじゃ」

「なぬ!? それは本当か、爺ちゃん!?」


 爺ちゃんの口から放たれた情報に、儂は目を爛々と輝かせて本当かどうか爺ちゃんに尋ねた。


 すると、爺ちゃんはにっこりと微笑んで頷く。


「うむ。わしがつい先ほど、まひろが発症させた、と連絡をしたら、明日か明後日には帰って来ると言っておったよ」

「よっしゃ! 久しぶりの婆ちゃんじゃ! 嬉しいのぅ!」

「ははっ、まひろ君は小夜子さんのことも大好きみたいだ。……ま、そのお誘いはありがたいのでね。是非、行かせてもらいますよ。私も挨拶をしておきたいので」

「おぉ、そうか。小夜子も喜ぶじゃろう。待っておるぞ」

「はい。……では、私は次の仕事がありますので、これで。お気をつけてお帰りください」

「うむ! 今日はありがとうじゃ、祥子姉!」

「……お、おぅ……こ、これはなかなか……」

「む? どうかしたか?」


 例を告げた途端、祥子姉の顔が少し赤くなる。


 どうかしたんじゃろうか?


「いや、なんでもない。では、私はこれで」


 そう言い残して、祥子姉はなぜか足早に去って行った。


「じゃ、わしらも帰るとしよう、まひろや」

「あ、うむ。そうじゃな!」


 眠くもなって来たし、さっさと家に帰って健吾たちに例を言わねばな!



「ただいまじゃー」

「お、お帰り……って、まひろお前、なんで髪色変わってんだ?」

「ほんとですね。朝は桜髪だったと思うのですが……なぜ、銀髪に」

「儂の能力」


 帰宅し、儂の姿を見るなり、二人は髪色について指摘してきたので、儂はこれが儂の能力であると簡潔に伝えた。


 すると、二人は納得したようで、『あぁ~』という声を漏らした。


「二人とも、留守番をしてくれてありがとうのう。例と言ってはなんじゃが、今晩はうちで食べていきなさい」

「いいんすか?」

「ありがたくはありますが……」


 食べていくいことを勧められた二人は、ありがたくは思いつつも、どこか遠慮がちである。


 まあ、突然言われたら嬉しさよりも、え、本当にいいの? みたいな気持ちの方が強くなるからのぅ。


「遠慮はせんでよい。甘えられるうちは、甘えておいた方がよいぞ。大人になると、そのような機会はめっきり減ってしまうからのう」

「そういうことなら、ありがたく」

「僕もです」

「うむうむ、それでよい。では、夕食はそうじゃな……いっそ、外食でもするか?」


 夕食をどうするかの段階で、爺ちゃんは少しだけ考え込むと、外食を提案してきた。


 なるほど、外食か。


「お、それはいいのう」

「ならば、ファミリーレストランでよかろう」

「うむ、それで構わんぞ! 二人も、それでよいか?」

「俺は特に異論はないぜ」

「ご馳走してもらう身ですので、問題ありません」

「ほっほ、そうかいそうかい。では、早速行くとしようか」


 そんなこんなで、外食することになった。



 儂らがやって来たのは、全国チェーンを展開するハンバーグやステーキをメインとしたファミレス。


 今日から春休みと言う事もあり、子連れの客が多い印象じゃな。


『いらっしゃいませ! 何名様でしょうか?』

「四人じゃが、入れるかのう?」

『はい、大丈夫ですよ。お席に案内しますね』


 店員さんが先導する形で、儂らは四人掛けの席に座る。


 儂と爺ちゃんが並んで座り、対面側に健吾と優弥の両名が座った。


『ご注文方法はわかりますでしょうか?』

「このタッチパネルでいいのかのぅ?」

『はい、そうでございます』

「うむ、ならば大丈夫じゃ! ありがとうじゃ!」

『はぅっ!』

「はぅ?」

『あっ、し、失礼いたしました。そ、それでは、ごゆっくりどうぞ!』


 にこっと笑って礼を言うと、なぜかお姉さんは妙な声を出した後、足早に去って行ってしまった。


 儂、なにかしたか?


「あー、なるほど、これは破壊力がすげぇなぁ……」

「発症者の方たちが人気になるわけです。ちょっと微笑んだだけであれと考えると……今まで以上にモテそうですね、まひろさんは」

「ふむ……やはり、まひろはモテておるのか?」

「モテてるっすよ。まあ、本人は気づいちゃいないっすけどね」

「鈍感ですから……」

「なるほどのう……しかし、モテると考えると……や、やはり、わしの血か……? 少々心配になって来るわい……」

「んむ? 三人ともどうしたのじゃ?」


 何やら三人で何か話しておるようじゃが……。


「いや、気にしないでくれ。ほら、さっさと選んじまおうぜ!」

「あ、うむ。そうじゃな! いやぁ、実はかなり腹が減っておってのぅ! さて、何にするか……」


 健吾の言葉に賛同しつつ、儂はうきうきでメニュー表を見る。


 こういう場所で見るメニューというのは、なぜこうも心が躍るのかのぅ……。


 やはり、非日常的なこの空間が良いのじゃろうな。


「へぇ、デカ盛りチャレンジだってよ。優弥、お前やらね?」

「やるわけないじゃないですか……僕の胃袋は人並み程度ですよ。健吾さんがやればいいのでは?」


 健吾の言葉に、優弥は呆れを隠そうとせずに、ジト目を健吾に向けながらそう返す。


 デカ盛りチャレンジか……いかにも、男子高校生が好みそうなものじゃよなぁ。いろんな意味で。


「いやぁ、俺も迷っててよー、けどよ、俺ら今日全然動いてねぇじゃん? だから、迷うんだよなー」

「はっはっは、若い内は食べておいた方がよい。ジジイになると、昔のようにたくさん食えなくなるからのう」


 健吾が迷っておると、爺ちゃんが笑いながらそんなことを話す。


 じゃが爺ちゃん、結構食うような……?


「あー、やっぱそうなんすね……おっし! じゃあ俺、このデカ盛りカツカレーにするぜ!」

「すごいですね……僕は、ミックスコンボにでもしましょうか。色々食べられますし」

「ふむ、わしはそうじゃのう……お、このステーキ、美味そうじゃのう。よし、わしはこれじゃ。まひろは決まったかい?」

「うぅむ、かなり迷っとる」


 三人がさっさと食べる物を決めて行く中、儂だけは決まってはおらんかった。


 ハッキリ言って、儂は同年代の男子高校生に比べ、割と小食な部類じゃ。


 OLが持っていく弁当箱あれ一つより少し大きい程度で儂は腹いっぱいになる。


 しかし、今の儂の体は推定小学三年生程度……であるならば、胃袋も外見相応に小さくなっている可能性があるわけで。


 かといって、儂としては色々な物が食べたい。


 となると、小学三年生の子供が無理なく食べられて、且つ様々な種類の料理が食べられるもの……それすなわち!


「……お子様プレートとか?」


 儂がぽつりと呟くと、健吾と優弥の両名がなんとも言えない表情へ変わり、健吾がしばし唸ってから口を開く。


「……いや、まあ、今のお前の姿じゃ違和感とかないけどよ……」

「まひろさん的には、恥ずかしいとかはないのですか?」

「儂か? まあ……ないな? というか、良くね? お子様プレート。儂、昔好きじゃったよ? 爺ちゃんに連れてってもらった店では、基本的にそうじゃったからのぅ」

「そうじゃな。まひろは、そう言ったものを好んでおったのう……懐かしいわい」

「……俺、思うんだけどよ……見た目幼女な奴と実際の老人が同じ口調で喋ってる姿とか、すんげぇ不思議なんだが」

「まひろさんが男性の時ですら、不思議な状態でしたが、今はなおさらですね」


 などと、儂と爺ちゃんの喋り方を見た二人は、不思議そうな表情を浮かべつつ、そんな感想を零す。


「ははは! いやぁ、ほれ、儂爺ちゃん好きじゃから、口調が似るのも当然じゃろう」


 やはり、尊敬し、好いた者の喋り方というのは、真似したくなるものじゃからな!


 儂の場合、それが爺ちゃんだったわけで。


「ほっほ、嬉しいことを言ってくれる。まひろや、デザートも頼んでよいぞ」

「ほんとか!? 嬉しいのじゃぁ! ならばやはり、お子様プレートにしよう! デザートは……うむ、あんみつパフェにしよう!」

「お前、ほんと和菓子好きだよなぁ」

「至高じゃろ、和菓子は」

「僕はなんとも……どちらかと言えば、フルーツを使った物が好きですかね」

「俺はぁ……あー、なんだろ。まあ、チョコ系の菓子とか?」

「ほっほ、今は色々あるからのう。昔は、甘い物と言えば、和菓子しかなかったからな、今の状況はとても不思議じゃわい」

「あー、そう言えば爺ちゃんよく言っておったのぅ……」


 儂的には、和菓子が好きじゃからな、大して問題はないとは思うが……洋菓子が好きな者からすれば、その時代は地獄に近いじゃろうな。


「んじゃ、決まったことだし、注文しよーぜ」

「ですね」


 タッチパネルの近くにいた健吾がタッチパネルを手に取ると、儂らが決めた料理を注文していく。


 当然、ドリンクバーも。


「おし、注文したぜ。飲み物取って来るか」

「では、取りに行きましょうか」

「儂も行くぞ。爺ちゃんは何がいいかの?」

「そうじゃのう……緑茶があれば緑茶で。なければ、オレンジジュースでよい」

「了解じゃ」

「健吾さんは?」

「あー、なんでもいいわ」

「了解です。では、行きましょうか、まひろさん」

「うむ」


 健吾のを優弥が、爺ちゃんのを儂が担当するという形で、二人でドリンクバーへ向かう。


「うぅむ、地味に高いのう……」


 そして、機械の前に立ち、儂は少し眉根を曲げた。


 今までなんとなしに飲み物を注いでおったが、この体になって目の前に立ってみると、なんというか……高く感じた。


 機械、こんなに高かったかのぅ。


「あぁ、まひろさん小さくなってますからね。僕が押しましょうか?」

「あー、すまんが頼むわい」

「いえ、お気になさらず」

「うむ、助かる」


 やはり、優弥はこういう時、気が利くんじゃよなぁ。


 さすが、モテ男じゃ。


『こっちこっち――うわっ!』

「ぬおっ?」


 うんうん、と一人で頷いておると、不意に何かがぶつかって来て、思わずよろめく。


 一体何事かと思えば、そこには儂よりも少し背丈が低い少年がおった。


『あ、ご、ごめん』


 お、この小僧はしっかり謝れるのじゃな。


 うむうむ、今時の子供にしてはなかなかに偉い子じゃな。


 今の子供は、すぐに謝ることが出来ない者が多いと聞くし。


「ははっ、いやいや、気にするでない。しかし、少年よ、こういう場所でよそ見をしながら歩いたり、走ったりしてはいかんぞ? 誰かを怪我させてしまうからのぅ」

『う、うん』

「ま、そこまで悲嘆することもあるまい。今後気を付ければよいのじゃ。一度失敗したら、その失敗をしなければよいことじゃからな。今後は、失敗せんようにな」


 にこっと、微笑みながら、つい少年の頭をぽんぽんと撫でる。


『――っ!』

「おっと、すまん。ついな。む? 顔が赤いが、大丈夫か?」

『あっ、な、なんでもないっ。あ、ありがと、ねーちゃん!』

「あぁ、気にせんでもよいよい。気を付けてな」


 初々しいような反応を見せる少年に、儂は笑いかけながらそう言うと、少年はなぜかさらに顔を赤くして去って行った。


「……まひろさん、魔性の女でも目指すんですか?」

「何を言っとんのじゃ、おぬし」


 魔性の女て。


『ねぇねぇ、あの娘可愛くない?』

『わかる~、見ず知らずの男の子を注意するとか、しっかりした子ねぇ』

『かわいい……』

『でも、なんでお爺さんみたいな話し方なんだろ?』


 む? なんか注目を浴びとるような……まあ、よいか。


「おし、戻るぞ、優弥よ」

「了解です」

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爺口調な男子高校生が、のじゃろりになってなんてことない(?)日々を送るだけの日常 九十九一 @youmutokuzira

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