日常3 検査。担当者は親戚

 時間通りに家を出ると、そこには猪瓦と名乗る者がおり、その人物の運転する車で研究所へ向かう。


 その途中、やたら眠かった儂は、爺ちゃんの膝に頭を預けて眠り始め、起きた頃には研究所に到着しておった。


「んぅぅ……もう着いたのかぁ……」

「まひろや、ほれ、こっちを向きなさい」

「ん~……」


 ごしごし、と爺ちゃんが持っていたハンカチで儂の目元を拭う。


 なんか、気恥ずかしいが、こういうのはなんか好きじゃ。


「うむ、これでよし。まだまだ、寝起きは子供じゃのう」

「……うむぅ」

「仲睦まじいですね?」

「まあ、ずっと一緒に暮らしているからのう。この子は、両親があまり家におらんから、わしが親代わりみたいなもんじゃ。故に、よく懐かれておる。可愛いもんじゃ」

「そうでしたか。可愛らしいお孫さんですね」

「ほっほ、それはもう、わしや妻にとっても、目に入れても痛くない、可愛い孫じゃ」

「ですか。……さ、こちらです。お爺様、まひろさんを連れて来てもらえますか? このまま、担当者に引き合わせますので」

「承知した。ほれ、まひろ。おんぶしてやるぞ」

「おぉ、ありがとうじゃ、爺ちゃん」


 軽くしゃがんでおんぶの体勢を取ると、儂は嬉々として爺ちゃんの背中に体を預ける。


 昔はこうしてよくおんぶしてもらっておったが……おぉ、これじゃこれ。この、広い背中の安定感。


 これがすごく落ち着くんじゃよなぁ。


 とはいえ、今はもう高校生で、爺ちゃんと同じ身長じゃったし、何より小学生の頃にはもうしてもらっとらんかったからのぅ……うむうむ、小さくなってよかった。


「よっこいせ、と。……おぉ、なんだか不思議な感覚じゃ。まひろがこ~んなに小さな女子になってしまうとはのう。しかし、これはこれでいいものじゃ」

「儂も嬉しいぞ、爺ちゃん」

「ほっほ、そうかいそうかい。じゃ、さっさと検査とやらを終わらせようか」

「うむ!」


 儂は爺ちゃんにおんぶされながら、猪瓦殿に案内されるままに担当者がいる部屋へ向かった。



「こちらです。……神さん、お連れしました」

『あぁ、勝手に入ってくれていいよ』

「とのことですの、どうぞ」


 神て……なんか、すんごい珍しい名前を聞いたが……。


「むぅ? 神とな? ふむ、もしや……よし、まひろ。入るぞ」

「あ、うむ」

「失礼する」

「失礼します」


 二人でそう言って中へ入ると、そこにはかなり美人な女性が足を組んで椅子に座っておった。


 ふむ……でかいの、主に胸が。


 Yシャツにタイトスカートに白衣。あと、タイツも履いておる。


 なんじゃろうか、エロいお姉さん、みたいな印象を受けるのう。


「やあ、君が今回発症させた……って、おや? あなたはもしや……源十郎さんですか?」


 そんなお姉さんは、にこやかに話しかけたが、その直後に爺ちゃんを見て目を見開く。


 しかも、名前を知っとる様子じゃが……。


「おぉ、やはり祥子ちゃんじゃったか! こんなところで会うとは奇遇じゃのう。元気であったか?」


 どうやら、爺ちゃんの知り合いだったようで、爺ちゃんは嬉しそうな笑みを浮かべながら、壮健かどうか尋ねておった。


「ご無沙汰しています。研究の日々ですが、毎日楽しく過ごしていますよ」

「そうかそうか、それはよかった」

「のう、爺ちゃん、この女性と知り合いなのか?」


 目の前のお姉さんが気になり、儂は爺ちゃんにどういう関係なのか尋ねる。


「知り合いというより……まあ、親戚じゃな。彼女の家、神家は桜花家の分家でのう」

「へぇ、このお姉さんがのう……」

「おや、その娘が今回の発症者ですか? ふむ……少女の体ということは、月奈君ではなく、まひろ君の方ですか?」

「おぉ、よくわかったのう。そうじゃ。この子はまひろじゃ」

「桜花まひろじゃ。よろしく頼む」

「はははっ、本当に源十郎さんみたいな話し方ですね?」


 儂が自己紹介をすると、女性はおかしそうに爺ちゃんにそう言う。


「ほっほ、わしの真似を小さなころからしておったからのう! わしとしては、とても嬉しいことじゃよ」

「でしょうね。顔がでれでれしていますよ」

「おっと、こりゃ失敬。……して、担当者とは、祥子ちゃんのことでいいのかのう?」

「はい、そうですよ。私はこの研究所で責任者をやっていましてね。さて、まひろ君とは、写真や話で知っていたが、自己紹介と行こうか。初めまして、桜花まひろ君? いや、今はちゃんの方がいいかな?」

「どっちでもよいぞ!」

「そうか。では、まひろ君と呼ばせてもらうよ。私のことは……まあ、基本的には何でもいいさ。でも、そうだね……祥子お姉ちゃんでもいいよ?」

「ならば、祥子姉と呼ばせてもらおう」

「お、それはいいね。なら、それで頼むよ。……さて、さっさと検査と行こうか」

「うむ! よろしく頼む!」

「任された。……とはいえ、さっさと終わらせたいと思っていることだろうし、まずは、簡単な触診などだな。服を脱いでくれるかい?」

「む? 脱ぐのか?」


 いきなり服を脱げと言われ、儂はこてんと首を傾げる。


「ああ。ちなみに、全部ね。ああ、安心するといい。ここには監視カメラ何てものは無いから。まあ、源十郎さんもいることだし、恥ずかしいというのなら、下着以外だけで――」

「ほれ、脱いだぞ」


 言い終える前に服を全部脱いだ。


「……君は、羞恥心というものは無いのかい?」


 すると、『こいつすごいな』みたいな顔をしながら、そんなことを訊かれた。


「いやなに。早く終わらせて、さっさと帰りたいからの」


 睡眠の前では、儂にとって羞恥心など塵芥同然じゃ。


 それに、今は女同士なわけじゃからな。儂としては、恥ずかしがる必要もあるまい。


 どうせ、新学期が始まれば、女子更衣室に行くことになるわけじゃからな。


「……大物だな、君」

「ふっ、褒めるでない」

「源十郎さん、すごいですね、まひろ君」

「ほっほ、まあ、この場にはジジイと親戚の女性しからおらんからな。問題はあるまい。ただ……まひろよ、そういうことは、親しい者以外には軽々しくしてはならんぞ?」

「うむ、わかったのじゃ!」

「だそうじゃ。まあ、大丈夫じゃろう」

「そうですか。……まあいいか。それじゃあ、ちょっとこっちに来てくれ。軽く触診させてもらうから」

「うむ」


 とことこと祥子姉に近づく。


 すると、首にかけていた聴診器を付け、儂の胸や腹部などに当てて来た。


「ふむ……心臓は正常。そのほかも特に問題なし。次は、体か」


 そう言って、神は儂の顔やら肩、腕、胸、腹部、足などを触ってきた。


 む、なんじゃろう。ちょっと、変な気分がするぞ。


「股間部は……まあ、見ればわかるし、スルーで行こう」

「なんじゃ、触らないのか?」

「……本当に、君の羞恥心はどこへ行ったんだい?」

「さぁの。そこら辺を旅しているのではないか?」

「……まあ構わないが。普通、こう言うのは恥ずかしがるはずなんだが……」


 困ったような表情を浮かべながら呟く祥子姉。


 そんなものは知らん。


 儂は儂じゃ。


 とはいえ、儂とて見知らぬ男の前で裸になれるか、と訊かれれば微妙ではあるがな。まあ、できないことはないが。


「まあ、触った感じ、肌の質感や胸の膨らみ方、全体的に丸みを帯びた体を見る限り、間違いなく女性だね。生物学上でも。股間については、見ればわかる」

「ははは。本当に女になってしまうとはな。不思議な病じゃな! のう、爺ちゃんよ」

「そうじゃのう。儂も、病気の存在自体は知っておったが、まさか可愛い孫がこうなるとは予想外じゃ」

「……本当に、そっくりだね。さて、まひろ君。次は、これに着替えてくれ」

「これは……あれじゃな、患者衣と言う奴じゃな」

「あぁそうだ。骨格とか調べないといけないからな。まあ、その前にDNAを採らせてくれ」

「何をすれば?」

「唾液で構わない。とりあえず、これに唾液を垂らしてくれ」


 ペトリ皿を渡されたので、それに唾液を垂らした。


 む、こっちの方が微妙に恥ずかしい気がするのはなぜじゃ?


「これでよいか?」

「あぁ、ありがとう。……先に健康診断からした方が早い、か。順番は何でもいいからね。よし、まひろ君。移動するぞ」

「うむ、了解した」

「こっちだ、ついてきてくれ。源十郎さんはここで待っていてください」

「承知した」

「では、まひろ君はこちらに」

「うむ」


 言われて、儂は祥子姉の後をついて行く。


 すると、いかにも健康診断をする場所、みたいな部屋に到着した。


「身長、体重、それから、一応スリーサイズと、血液検査をする。問題はないかな?」

「うむ、問題なしじゃ」


 そんなわけで、健康診断。というか、身体測定がメイン、と言ったところかの?


「身長は136センチで、体重は36キロ。バストは……76で、ウエストは49。ヒップ59……地味にスタイルがいいね」

「そうかの? たしかに、胸は揉めるくらいの大きさはあるが……」


 実際はよくわからぬ。


 平均とかにも、興味はないからな。


「まあ、身長や体重は平均的な小学三、四年生と言ったところか」

「むぅ、随分と小さくなってしまったものじゃ。まあ、小さい方が、ある意味便利かもしれんな」

「おや、どうしてだ?」

「いやなに、寝る時に縮こまって寝れるし、何より狭い場所でも問題なく寝れそうじゃからな」

「もしかして君、全てが睡眠基準だったりするのかな?」

「もちろんじゃ。睡眠こそ、最大の娯楽だと思っておる」

「あー、これは筋金入りだ」


 早いとこ済ませて寝たいものじゃ。


「じゃあ、採血するぞ」

「うむ。ばっちこいじゃ」

「ちくっとするけど、我慢してね」


 などと言いながら、注射器の針を刺してくるが……む? 意外と痛くない。



 まあ、腕がいいということじゃな、神の。


「よし、回収。……そんじゃ、次はMRIとレントゲンね」

「うむ」


 長いのう……。



 その後のMRIとレントゲンでの検査を終え、再び最初の部屋へと戻り爺ちゃんとも合流する。


「よし、とりあえずの診断結果を言おう」

「うむ」

「君は……間違いなく、『TSF症候群』だろう」


 祥子姉は、何も隠すことなく、ズバッと儂がTSF症候群を発症させた人間である、と告げてきた。


「やはりか」

「そうか」

「あぁ。まあ、とりあえず性転換していることから疑いようはないが、一応もう一つ検査は残っている。というか、こっちの方が重要、かな」

「あれか、能力と言う奴か?」


 ある意味では、この病で最も大事な項目とも言えるかもしれぬな。


「その通り。学校の授業で習っていると思うが、『TSF症候群』を発症すると、なぜか特殊能力のような物を発現させる。まあ、所謂『超能力』と言うものだ。異世界系だとか、ファンタジー系の小説なんかで見かけるようなものがほとんどかな」

「それは知っておるんじゃが、一体どのような方法で調べるのじゃ? 生憎と、儂はわからんぞ?」


 世界的に見ても、発症者はかなり少ない。


 発症率が一応五千万人に一人、とは言うが、それが正しいのかどうかは知らん。


 世界的人口から見て……一年に百四十人程度なんじゃろうが、テレビを見ても発症者に関するニュースはそうそう流れない。


 なので、あれが正しいかどうかは不明じゃな。


 まあ、それもあって能力の調べ方なぞ、調べてもまず出てくることはない。


 じゃから、儂は知らんのじゃ。


「あぁ、それは簡単さ。この薬を使う」


 そう言いながら神が取り出したのは、小瓶に入った錠剤だった。


 なぜ、薬?


「これは私が開発した代物でね。名前は……付けるのが地味に面倒だったから『開示薬』と名付けている」

「本当に適当じゃな」

「使えればいいのさ。で、この薬の効果だ。説明をするのもいいけど……君的には早く帰って寝たいだろう? 今日から春休みみたいだし」

「うむ。すごく寝たい」

「ほっほ、相変わらず、寝ることが好きじゃのう」

「そりゃそうじゃろう。睡眠は至高じゃからな!」

「そうかそうか。じゃが、それについては儂も同意じゃな」

「ははっ、まあ、間違いなくそう言うだろうと思っていたので、簡単に効果だけを話そうか。これは、自身の能力を把握することができる薬だ」

「……なんじゃ、その無駄にファンタジー且つ、ご都合主義な薬は」

「ほほう、そのような薬があるのじゃな」


 ネット小説だったら、確実にちょっと批判されそうじゃぞ、それ。


 特に、変に面倒くさい人たちがな。


「ご都合主義と言えばそうかもしれないね。私とて、初めて開発に成功した時はそう思ったんだ。ちなみに、原材料は『TSF症候群』を発症した者の血液だったりする」

「……それは、大丈夫なのか? 倫理観的に」

「問題ない。十ミリリットルくらいあれば、百人分は作れるから。献血する血液量より少ないはずだぞ?」

「まあ、それなら問題なさそうじゃが……」


 人の血液を使って薬を作るとか、色んな意味でアウトな気がしてならないぞ、儂。


 人体実験みたいじゃし。


「ちなみに、さっき採取した君の血液も、原材料になったりする」

「マジか」

「マジだよ。あぁ、ちゃんと検査にも使うから。余った分を使うのさ」

「……詐欺師みたいじゃな」

「失礼だな、君」


 失礼じゃないと思うんじゃが。


 そう言うことは、出来れば事前に言って欲しいものじゃ。


「祥子ちゃんよ。その薬は飲んで大丈夫なのかのう? 少し心配になるが……特に血液から作成された物など、色々と怖いのじゃが……」

「あー、そう言えば源十郎さんは色々あったと聞きますね。……とはいえ、ご安心ください。安全性に関しては保証しますよ。問題はありません」

「そうかい、ならば、わしが口を出す必要はないのう」

「いえ、当然のことかと。さて、まひろ君、早速これを飲んでくれ」

「うむぅ……わかった。飲むぞ」

「そうしてくれると、嬉しいよ。じゃないと、身分証が発行されなくなるからね」

「……余計飲まねばいけなくなった」


 爺ちゃんが安心したと言うのに、ここで儂がぐちぐち言うのもなんかあれじゃけど、それでも血液から作成された薬は、あまり飲みたいとは思わんなぁ……。


 しかも、能力を把握しないと身分証が発行されない、ということでもあるわけで……うぅむ脅された気分じゃ。


 しかし、身分証が発行されないのは色々と問題じゃ。


 だって儂、今小学生にしか見えんからな。


 夜の九時過ぎとかに外を歩いていたら、間違いなく補導されるな。


 それどころか、夜七時でもアウトかもしれん。


 それにしても祥子姉、もしかしなくてもマッドサイエンティストなんじゃ……?


「ほら、水だ」

「では……ごくっ」


 これは仕方のないこと、と心の中でそう言い聞かせて、差し出された水と一緒に、一気に薬を飲み込む。


 時間はかかるのだろうか? と思っていたら、意外とすぐに効果が現れた。


「何か頭の中に浮かんできたかな?」

「うむ……」

「数はいくつだ?」

「あー……三つ、じゃな」

「ほう、三つか。現時点での最高数だな」


 そう言えばそうじゃったな。


 能力の数は、現状確認されている限りじゃ、三つが限界らしい。


 さて、儂は一体どんな能力なんじゃろうか?


 頭に浮かんできた能力の詳細を見る限りじゃと……むぅ。


「どうしたんだ? ちょっと微妙そうな顔をして」

「いや、どうも使い勝手に困るような物が発現したというか……」

「一体どんなものが?」

「自身の体を成長させたり退行させたりする能力に、動物の特徴を顕現させる能力、あと自分の色を変える能力、かの」

「……ん? なんだい、そのぶっ飛んだ能力は。特に最初の能力」

「そうか?」

「いやそうだろう。聞いた限りじゃ、成長と退行が自由自在、ということなんだろう? それってつまり、不老不死と同義なのではないのか?」

「……そう言われてもわからん」


 じゃが、たしかに言われてみれば疑似的な不老不死かもしれん。


 老化したら、若い時に戻せるような物じゃからな、これ。


「まあ、その辺りはその内調べるとして。とりあえず、能力を使用してみて欲しい」

「了解じゃ。となると、わかりやすい『色を変える能力』からの方がいいかの?」

「そうだな。それから頼む」

「じゃあ……適当に髪色を変えるとするかの。今は桜色じゃから……銀髪にしてみるか」

「なぜそのチョイス?」

「好きだからじゃが?」

「そうか」


 とりあえず、この色、と思い込めばいいのか?


 ……よし。儂の髪色を銀に。


「おぉ、本当に色が変わった。地味だが」

「本当じゃ。確かに変わっておる。……祥子姉の言う通り、本当に地味じゃが……爺ちゃん、どうじゃ? 似合うかのう?」

「どんな姿でも、まひろは可愛いわい。その髪色も良く似合っておる」

「そうか? それは嬉しいのう!」


 これ一つだけだったら、使用用途に困ったぞ。


「じゃあ次を頼むよ」

「うむ。ならば、動物の特徴を顕現させるぞ」


 この能力の詳細はと言うと、自身が好きな動物三種類の特徴を顕現させることができるようじゃ。


 選択肢にあるのは、『狼』『兎』『猫』の三つと。


 ふむ……とりあえず、狼にするとしよう。


 心の中で、狼に変身、的なことを考えると、不意に周囲がうるさく感じたり、匂いが先ほどよりも強くなった気がする。


 目を開けて、自身の手を見るが……


「む? 特に変わってなさそうじゃが……」


 特に異常はなかった。


 もしやこれ、外見に現れるのではなく、力的なものが発現するのかの?


「いやいや、思いっきり変わってるぞ?」

「む? どの辺がじゃ?」

「頭とお尻」

「頭と尻じゃと? ……む、何やら謎の感覚がある」


 頭頂部とお尻と腰の間くらいに、何やら奇妙な感じがする。


 頭に手をやると……


「なんじゃ、これ? 耳?」


 三角形のふさふさしたものがあった。


 まあ、耳じゃろう。これは。


 変身した物から察するに、狼の耳で間違いはなさそうじゃ。


 ついでに……


「尻尾も生えておるな……爺ちゃん、儂どうなっとる?」

「そうじゃのう、犬……いや、狼かのう? その生き物の耳と尻尾が生えた、とてもめんこい孫になっとるよ」

「おぉ、そうか。……お、なんか、すごい手触りがいいのう」


 こちらもふさふさじゃな。


 ……微妙に触り心地がいいの、これ。


 というか、患者衣から飛び出ておるし。


 道理で尻の辺りがすーすーすると思ったわ。


「へぇ、面白い能力だね。まさか、ケモロリになるとは」


 見れば、祥子姉は儂の姿に感心しておった。


「それで、その耳と尻尾は本物かい?」

「うむ、本物じゃ。触ってみるか?」

「それはありがたい。どれどれ……ほ~、これはまた、もふもふだな……。しかも、ちゃんと血が通っているのか、温かい。心なしか、体温が高くなっている気がする」

「んっ……なるほど……人に撫でられると言うのは、気持ちいいのじゃな……」

「おや、気持ちいいのかい?」

「うむ……ちょっと気に入っておる」

「ほほう……まひろや、爺ちゃんも撫でても良いかのう?」


 儂が嬉しそうにしておったからか、爺ちゃんがどこかそわそわとした様子で、撫でていいか尋ねて来た。


 じゃが、儂が爺ちゃんの頼みを断るとかまずないからのぅ! 当然、OK! むしろ、やってほしいくらいじゃ。


「もちろんじゃ! むしろ、どんどん撫でてくれ!」

「ほっほ、それじゃぁ、遠慮なく……」


 了承を得た爺ちゃんは嬉しそうな笑みを浮かべた直後、その皺くちゃで大きな手を儂の頭に乗せ、撫で始めた。


 お、おぉぉ……すっごく、気持ちがいいのじゃぁ……。


「ふにゃぁぁぁ~……」

「おぉおぉ、可愛いのう……それに、こりゃぁなんとも触り心地の良い耳じゃな。うむうむ、撫でる側のわしも、癒されるというものよ」


 あぁ、これはいい……心が落ち着くし、何より幸福感が凄まじい……。


 ただ、変な声が出そうじゃな、これ。いやもう、既に出とるけど。


「あー、源十郎さん、そろそろ次に行っても?」

「おっとすまんのう、つい夢中になってしまったわい。さ、続けとくれ」

「了解です。……では、最後。成長と退行の能力をよろしく」

「あ、うむ。了解した」


 しかし、成長と退行とはいえ、どう使うか……うぅむ、やはりこの場合、成長した姿の方がよさそうじゃな。わかりやすいじゃろうし。


 となると……イメージとしては、十六歳くらいか?


 この姿が、大体小学三年生ほどであると考えれば、それくらいでいいじゃろう。


 目を閉じ、自身の成長を想像すると……不意に体が熱くなってきた。


 お、おお? なんじゃ? ちょっと、不思議な感じがするぞ。


 こう、骨が少し太くなり、筋肉が伸びていくような……そんな感覚。


 目を開けると、視点が高くなっていた。


「おぉ、本当に成長したぞ。面白いのう、これ」

「驚いた……本当に成長した。しかも、全体的に」

「みたいじゃな」


 見れば、成長した結果、儂の服が今にも破けそうじゃ。


 というか、破けるんじゃなかろうか、これ。


 ミチミチいってるし。


 仕方ない。患者衣脱ぐか。


「こりゃまた、面妖じゃのう……まひろが成長してしまったわい」

「じゃなぁ、儂も驚きじゃ」

「ふむ……どうやら、随分と成長したみたいだ」

「そのようじゃな。なんか、肩が少し重いぞ」

「そりゃ、その胸ではな」


 祥子姉の言う通り、儂の胸は成長しておった。


 身長的には……ふむ、150前半と言ったところかの。


 ただし、胸は結構な大きさみたいじゃ。


「見たところ……推定Eと言ったところか」

「結構でかいんじゃな」

「ふぅむ、まひろが女子になると、こうも成長するのか……小夜子でもここまではなかった気がするがのう」

「まあ、その辺りはまひろ君本人の理想が原因でしょうね。この病は、その人物の理想の異性の姿になる、と言うものですから」

「本当に、不思議な病じゃのう……可愛い孫が、孫娘になるなど、予想もできんわい。まぁ、それでも可愛い孫であることに変わりはない」

「爺ちゃん……」


 やばい、爺ちゃんの言葉と笑みに、儂泣きそう……。


「しかし、その姿が十六歳くらいだと考えると、その先の年齢に成長した場合、もっと大きくなりそうだが?」


 泣きそうになっておったが、祥子姉の言葉によって、すぐにそれが引っ込んだ。


「……それは困るのう。肩が重くて疲れるし、しかもなんだか腹が空いてきた気もする……いや、これすごい腹が空いてきたぞ」

「なるほど。その能力は体力を使用するみたいだね。というより、カロリーと言ったところかな?」

「みたいじゃ……。どれ、戻るとするか」


 さすがにこのままだとものすごく腹が空きそうなので、元に戻りたいと願う。


 すると、みるみるうちに体が縮み、元の状態に戻った。


 腹は空いたままだが。


「能力の検査は、こんなものだね。……今思えば、ちゃんとした場所でやるべきだったか。これでもし、攻撃系の能力とか出て来ていたら大惨事だったし」

「……なぜ、それを先に言わんのじゃ」

「ハハハ。すっかり忘れていた。まあ、私の知的好奇心を満たせたし、結果オーライさ」

「それはおぬしだけじゃ」

「悪いね。……それで、その髪色は戻さないのかい?」

「む? ……あれ、戻らん」

「どうしたんじゃ? まひろや?」

「いや、どういうわけか、髪色が戻らなくてのぅ……」


 戻したつもりだったんじゃが……どうやら戻っていなかったらしい。


 なので、試しに戻そうとしてみたのじゃが、一向に戻る気配はない。


「ふむ……どうやらその色を変える能力は、何らかのルールがあるみたいだ。それ、わかるかい? あと、他の能力についてのデメリット的なものとかも。開示薬の効果ももう少しで切れると思うから」

「うむ……」


 ちょっと目を閉じて見てみる。


 …………ふむ、なるほど。


「どうやら、成長と退化の能力は、先ほど祥子姉が言っておったように、体力――カロリーを消費するらしい。一応固定化も可能らしいので、多分、慣れじゃろう。そして次に、動物の特徴を顕現させる能力は、変身後、別の動物に変身するのに一時間のインターバルが必要みたいじゃ。あと、顕現出来るのは一種類までみたいじゃな。最後、色を変える能力は、一日一ヵ所につき、一度までしか色を変えられないらしい。ただ、戻すのは一日一度の縛りから外れるみたいじゃ。まあ、二十四時間以内に戻すのは不可能みたいじゃが」

「なるほど……結構面倒な縛りがあるのか。まあでも、そこまで酷いデメリットもなさそうだし、安全な能力たちなのだろう。よかったな、危険なデメリットがなくて」

「そうじゃな……」


 これで危険なデメリットが! などいうことになっておったら、少し面倒だったじゃろうから、本当に安心じゃな。


「うむ、わしとしても、まひろの力に危険な物が無くて安心じゃわい。基本的には、まひろが可愛い姿になる、とだけ思えば良いかのう」

「源十郎さん、本当に孫大好きですよね」

「そりゃぁ、年老いたジジイなんてもんは、好いてくれている孫のことが大好きじゃからのう。そもそも、それが唯一の生きがいと言っても良い。特に、この子はな」

「まあ、両親がなかなか家に帰らず、小夜子さんも帰って来ませんからね」

「千尋たちはともかく、小夜子は基本的に世界中を歩き回っておるからな。仕方あるまい。それに、その生き方が、わしも、まひろも好きじゃからのう。のう、まひろや」

「うむ! 婆ちゃんの生きざまはカッコいいからのぅ!」


 爺ちゃんと同じくらい、婆ちゃんも大好きじゃからな! 儂!


「……あ、先ほどの話の続きにはなるんじゃが、変なデメリットとして、どういうものがあるんじゃ?」


 爺ちゃんと話しておった故脱線したが、一体どのようなデメリットがあるのじゃろうか? 少し気になる。


 儂以外にもそれなりにいるからのう、この病を発症させた者は。


「んー……例えば、魔法が使える能力を得た人なんかは、時々魔法を使わないと、魔力的なものが体に蓄積されまくって、その内破裂したりするね」

「それ、危険すぎる気がするんじゃが?」

「だろう? その他だと、身体能力を向上させる能力があったりするが、使用した翌日は使用時間に比例して、ものすごい筋肉痛が自分に襲い掛かってきたりするな」

「……本当、儂の能力は平和的なんじゃな」


 心の底からそう思ったぞ、今。


 お腹が空くくらいは全然大丈夫、ということじゃな。


 というか、筋肉痛は地味に嫌すぎる。


「そうだな。ちなみに、食べなくても生きていける能力を得た人は……」

「人は?」

「性欲が代替品になるらしい。つまり、性欲を満たさないと餓死する、ということだ」

「どこのサキュバスじゃ」

「本当にな。いやー、興味が尽きないよ、この病気は。研究のし甲斐があるというものだ」


 やはりこやつ、マッドサイエンティストじゃろ。


 悪い笑みを浮かべておるぞ。


「ほう、世の中にはそのような者もおるのか……なんとも、不思議なんもんじゃ」

「この辺りは、本当にファンタジーですからね」

「ジジイには、横文字はわからんわい。小夜子は別じゃが」


 そう言えば、婆ちゃんはそういう物に強かったのう……。


 流行も良く知っておるしな。


「ま、世の中にはそういうデメリットもあるということさ。……さて、概ねこれで検査は終わり、かな。あとは書類を書くだけの簡単なお仕事さ。筆記用具と印鑑は持ってきているね?」

「うむ、持ってきておるぞ」

「じゃ、これを書いてくれ。ついでに、ハンコもね」


 一枚の紙を渡され、それを見ると、どうやらそれは今後の生活に関する物だった。


 中身を要約すると、こう。


 自分は一生転換した性を受け入れて生活します。能力で何か事件を起こすようなことは絶対にしません。


 ということじゃ。


 これを受け入れないと、国からの援助を受けることはできないらしい。


 身分証は発行してくれるらしいが。


 ただ、これに従っておかないと、ものすごく監視されるようじゃ。


 まあ、本来はない特異な能力を持つ者を野放しにしたら、何をしでかすかわかったものではないからな。


 反対に、これに同意すれば、ある程度の自由は保障されるそうじゃ。


 ちなみに、能力が強力じゃない場合(儂の色を変える能力など)は、ほぼ監視はないらしい。


 あと、日常的に使うことはそれなりに許可されているようじゃ。


 あまりに危険すぎるものは、制限がかけられるみたいじゃが。


 魔法とかがそうらしい。


「まあ、監視とは言っても、そこまで厳しいものじゃないよ。単純に、変に能力を使わないかの心配をしているだけだから」

「じゃが、そうなると窮屈ではないか? これ、絶対発症者の反逆とか起こる気がするぞ、儂は」

「確かにそうじゃのう。わしも詳しいことはよく知らんが、なんでも、危険な能力とやらもあるのじゃろう? ならば、まひろの言う通り、反乱のようなことが起こるのではないかのう?」

「お二人の懸念は最もです。ですが、そうはならないんですよ」


 儂と爺ちゃんが言った考えに、祥子姉は賛同したものの、すぐに否定の言葉を入れた。


「なぜじゃ?」

「だって、ストレスを発散させたくなったら、ここに来ればいいのだから」

「「どういう意味じゃ?」」

「二人とも、本当にそっくりだね……まあそれはいいとして。いいかい? ここはね、国が直接運営している『TSF症候群』の研究所であり、専門の病院であり、同時に、発症者の為の娯楽施設でもあるんだよ」

「ふむ、それは興味深いのう。しかし、なぜそんなものを?」

「いやほら、この病気は絶対にストレスが溜まるだろう? 男から女に、女から男になるというのは、当然ストレスが溜まるわけだ。今までとは勝手が違うわけだからな。なので、そのストレスで能力を悪用しないよう、この施設はストレス発散の為の娯楽施設という面も兼ね備えているんだよ」

「なるほど……」


 たしかに、それは正解じゃろう。


 普通の人とは違い、監視や生活面でのストレスが溜まるのならば、それを発散させる場所を作ってしまえばいい、みたいなことじゃろうな。


 多少の優遇はしてしかるべき、ということか。


 マイナスの意味でも、特別扱いされているわけじゃからな。


「ちなみに、安眠できる部屋とかもあったりする」

「む、それは本当か?」

「もちろん。言っただろう、ストレス発散のための娯楽施設だと。ありとあらゆる娯楽があるというわけさ。最新式のゲームから、超快適な安眠室まで。色々さ。あと、さっき言ったデメリットを持った人のための場所も用意されている」

「至れり尽くせりなんじゃな」

「色々と進んどるんじゃのう……しかし、安眠できる部屋、というのは羨ましい限りじゃわい」

「源十郎さんも、睡眠が大好きですからね」

「当然じゃな。特に、孫と一緒に昼寝をする時間は、まさに至福と言うほかないぞ?」

「わかる。儂も爺ちゃんと寝る時は最高じゃぞ!」

「ほっほ、嬉しいことを言ってくれるわい。うむうむ、春休みは久々に一緒に寝るかのう?」

「おぉ、本当か!? 約束じゃぞ!」

「もちろんじゃ。わしは絶対に、約束は破らんからのう」

「うむ!」

「あー、お二方、そろそろ次へ進んでも?」

「「あ、どうぞどうぞ」」

「似た物同士ですね…………さて、雑談はここまでにしよう。この後も、説明することが色々あるんだから」

「了解した」


 色々と利点があるのは助かる。


 なら、断る理由もないな。


 ……まあ、断るなんて面倒なこと、するはずがないんじゃがな、儂は。


「書けたぞ」


 話を聞いとる間に、必要書類の記入を終えて、祥子姉に手渡す。


「んー……よし。受理受理、と。それじゃあ、ここからは講義の時間だ。場所を移そう。着替えたら、廊下に出て来てくれ。ここからも、私の仕事だからね」

「わかった」

「あぁ、源十郎さんも一緒にどうぞ。話の内容としては……まぁ、あまりいいものではありませんが」

「わしは、まひろの保護者じゃからな。当然、説明は聞くわい」

「儂も、爺ちゃんと一緒だと嬉しいから、ありがたいぞ!」

「そうかいそうかい。じゃあ、一緒に行こうなぁ」

「うむ!」

「なんと言うか、仲睦まじいですね」


 儂と爺ちゃんのやり取りを、祥子姉は呆れた様な微笑ましいような、なんとも複雑な顔で呟くのであった。

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