日常2 連絡。まひろは適当
で、まあ、さすがに玄関前にずっといるのもあれということで、リビングへ。
というか、優弥が、
『その恰好は非常によろしくありません。すぐに中に入りましょう』
とか言いだしたのがきっかけなんじゃがな。
まあ、言われてみれば確かに、ぶかぶかのTシャツ一枚玄関に突っ立っているのはまずいかもしれぬな。
だって今、女じゃし。
しかも、幼い少女の姿をしているから余計じゃな。下手をしたら、健吾と優弥が通報されるかもしれんし。
その時は、儂が説明すればいいんじゃがな。
尚、爺ちゃんは健康のために朝は散歩に行くと言う日課があるため、今はおらん。
多分、もうそろ帰って来るとは思う。
「で、だ。お前、マジで何があったんだよ」
「何が、と言われても、儂は知らんぞ。先ほど気づいたんじゃからな」
「……むしろ、僕たちの方が指摘する前によく気が付きませんでしたね」
「まー、眠くてぼ~っとしておったからのう。ちょっと違和感がある程度、にしか思っておらんかったんじゃ」
「お前、寝起きはマジで鈍いもんな」
どうにも、昔から寝起きはダメじゃ。
まず、頭が全く働かんし、視界も微妙にぼやけるような感じがあるしで、儂は圧倒的に弱すぎる。
冗談じゃが、吸血鬼とかの生まれ変わりなんじゃ? とか思うレベルで朝に弱い。というか、朝日も苦手じゃ。
眩しいし。
「しっかし……なんか、ちんまいな、お前」
「まあ、なんか小さくなっておるしな」
こんなことってあるんじゃな。
まさか小さくなるとはのう……。
こう言うのはてっきり、普段とほとんど変わらない姿なのだとばかり……。
「まひろさん、その髪は地毛なんですか? 桜色になっていますが」
「さぁの。儂はその辺はようわからん。まあ、地毛なのではあるまいか?」
「……あぁ、そういや、まひろの好み……ってか、二次元キャラの好みって、桃髪のロリキャラじゃなかったか?」
「あぁ、そう言えばそんなこと前に言ってましたね、まひろさん」
「なるほど、だから儂、こうなっておるのか」
理想の異性の姿になると言うのならば、今の姿も納得と言うものじゃな。
儂の好みと言えば、桃(桜)髮か銀髪のキャラじゃ。あと、背が低いとなおよし、みたいな感じじゃの。まあ、あれじゃ。ロリ系キャラは結構好むの。
しかし、今の髪色になったということは、こっちの方が僅かに好む傾向が高かった、ということじゃな。
銀髪も大好きじゃ。
「……しかし、なぜ二人は目を逸らすのじゃ?」
ふと、ここで気になったことを二人に訊いてみることに。
なぜかは知らぬが、この二人はずっと儂の方を見ようとしない。意図的に視線をそらしているように思える。
「……お前がそんな恰好で、膝立てて座ってっからだろ……」
「む? おかしいかの?」
たしかに、片膝を立てて座ってはいるが、そこまで気にすることか?
「なるほど……そう言えば、まひろさんにはほとんど羞恥心とかありませんでしたね」
「うむ。別段、人前で裸になることくらいは問題ないぞ」
「いや羞恥心を持てよ!?」
「なぜじゃ? 儂はおぬしら同じ、男じゃぞ?」
「そりゃ中身の話な!? お前今、すんごい美少女だからな!?」
「まあ、たしかに可愛いと思うが……なんじゃ、健吾は儂の裸を見たいのか?」
「なぜそうなる!?」
「いや、先ほどから儂のことを……というか、胸とか股とかを見ておるから、そうなのか、と」
「すみませんね!?」
先ほどから気になっていたことを言うと、健吾はなぜか謝った。
む? 謝る必要、あったかの?
「おや、まひろさんは気づいていたのですか?」
「何がじゃ?」
「いえ、自分の格好について」
「む? ……あぁ、もしや、Tシャツがぶかぶかで胸が見えそう、じゃとか、股の所が見えそう、とかか?」
「気づいてんじゃねーかッ!」
「そりゃそうじゃろ。あれじゃな。女体化してわかったんじゃが、意外と男の視線ってわかるもんなんじゃな。こう言うのを視姦とか言うのかの?」
「言わねーよ!? と言うかお前、女になったらボケまくるな!? しかも、ド下ネタ!」
「ははは。いやー、滅多にできない経験で、少しばかりテンションが高くなっているだけじゃ。気にするでない」
「……大丈夫か、こいつ」
からからと笑いながら健吾のあたふたする様子を見る。
うむ、面白いのう。
「……それにしても、まひろさんは戸惑ったりしないんですね」
「まあの。別段、なってしまったものは仕方がない。と言うか、別に女になっても寝ることはできるしの」
「そこ重要か?」
「重要じゃろ。睡眠は生命の根源みたいなもんじゃ」
睡眠がない世界など、絶対に嫌じゃな、儂は。
睡眠こそ、絶対の正義!
「まあ、なきゃ死ぬしな」
睡眠がなければ死ぬのは当たり前じゃな。
「それはいいとして。さすがに、その恰好はどうかと思うんですが……」
「そうか? 別に、おぬしらなら別に気にしないぞ? 儂自身、裸は見られても恥ずかしいものじゃない気がするしのう」
「……この際、まひろさんのなさすぎる羞恥心は置いておくとして。とりあえず、女性用……というより、まひろさんの場合は女児用の服でしょうか? 誰か、もらえそうな人はいないんですか?」
「そうじゃなぁ……一応、従姉とかいるが……あやつはダメじゃな」
「あー……たしかに、あの人はやべーかもな」
「おや、健吾さんはご存知で?」
「まあ、な……あの人はやべー」
健吾の家と儂の家は、家族ぐるみの付き合いじゃからな。
ならば、儂の従姉の存在を知っていても不思議ではなかろう。
まあ、実際過去に会っているしな。
「ならば、もらうことができるのでは?」
「いや、あやつに今会うと碌なことにならんじゃろう。経験則的に」
「ふむ……となると、何か訳あり、なのですか?」
「訳ありというか……まあ、今の状態で会えば、儂は死ねる」
「あの人、ロリで始まって、コンで終わるような人だからなぁ……」
「あー、そう言うタイプの人ですか」
儂と健吾のやり取りを聞いて、優弥はすぐに察したようじゃ。
説明する手間が省けていいのう。
健吾も儂の過去の惨状を知っているが故に、若干遠い目をしておるし。
それほどまでに、あの従姉はヤバいのじゃ。
「となると、服はどうすれば……」
「あぁ、そこは問題ないな」
「どうしてですか?」
「家に女児用の服があるからじゃが?」
「……さも、当たり前だろ? みたいに言われても、少々困るのですが」
目と目の間を揉むようにしつつ、頭が痛そうな顔をしながらそう言う優弥。
困られても、あるものはあるしのう……。
「いやなに。儂の母上もなんと言うか……ぶっ飛んでおってな。昔から、儂を女装させていたのじゃよ」
「そこはかとなく、まひろさんの――というより、桜花家に言い表せない恐怖のような物を感じるのですが」
「いや、どっちかと言えば、かーちゃんの方じゃね? まひろは」
「そうじゃな。父上の方は……まあ、マシじゃろ。まだ。夜な夜な、『あひぃ! もっと、もっとお願いしますッ! 女王様ッ!』みたいな声が聞こえてくることはあるが、まあ、普通じゃろ」
「普通じゃなくね!?」
「どういう家系なんですか、まひろさんの家は……」
健吾がツッコミ、優弥は微妙に呆れていた。
どういう、と言われても……
「普通の家系じゃが?」
「「普通じゃねぇ(ありません)!」」
「む、そうか。なら、そうなんじゃろ」
別に気にしてないしのう。
詮索するのも面倒じゃし。
儂はとりあえず、気楽にのんびりと生きていたいだけじゃからな。
「……とりあえず、着替えてきたらどうですか?」
「お、そうじゃな。では、しばし待っておれ。すぐに着替えてこよう」
「ゆっくりでいいからなー」
「気長に待っていますので」
「うむ」
さて、まずは服を探すところからじゃな。
などと思って見たが、案外あっさり見つかった。
というか、儂の部屋にあったし。
母上め……さては、いつでも女装できるように、儂の部屋のクローゼットの中にある、下から二番目の引き出しの、さらにその二重底の中に隠しておったな?
エロ本を隠すみたいにしおって……。
「まあいいか。ともあれ、女児用の服は、と……お、この箱じゃな」
『まひろ 10歳』と書かれた箱を見つけ、それを引っ張り出す。
中には、女児用の衣服が何着か入っていた。
……二度と着ることはないと思っておったんじゃがなぁ……。
「どれ、ふむ……まあ、これでいいか」
中に入っている服を適当に引っ張り出し、それに決めた。
こう言うのは、フィーリングでいいんじゃよ。
「……む。スカートか。まあいい。ないよりかはマシじゃな。どういうわけか、男児向けの服とかないし」
さては捨ておったな、母上。
なぜ、本来の儂の性別である男児用の服を捨て、女児用の衣服を残したんじゃ……。どんだけ、儂の女装が好きだったんじゃろうか。
「……しかも、どういうわけか、下着まであるし」
どういう思考回路だったんじゃ? あの母親は。
まったくもって意味がわからぬ。
……とりあえず、服を着るとしよう。
「ん……意外と覚えておるものじゃな」
女装をしていた(強制的に)おかげで、意外とすんなり服が着られた。
とりあえず、鏡で見ておくとするかの。
「……おー、これが今の儂か」
鏡に映るのは、腰元……というか、太腿の中ほどまで伸びた桜色の髪に、ぱっちりと大きく開いた蒼の瞳(なのに眠そう)。
ほんのりと淡い桜色の柔らかそうな唇。
胴体は……まあ、女児じゃな。
服装に関しては、普通のTシャツ(うさぎとか♥とかがプリントされた奴)に、チェックのミニスカートと言ったところかの。
まあ、別段悪いわけではない。
じゃが……
「うむ、すーすーするのう」
過去の女装でそこそこ慣れているとはいえ、これだけは慣れん。
そう言う意味では、ズボンのほうがいいの。
いや、むしろスカートは下から穿くだけと考えれば、楽なのでは?
ズボンとか、穿くときに引っ掛かると地味に面倒じゃし……うむ。そう言う意味では、女になってよかったやもしれん。
「……うむ。胸はそこそこ、じゃな。多分」
少なくとも揉めるくらいはある。
むにむにと服の上からちょっと揉む。
「んっ……なるほど、感じたことのないものを感じる」
こう、びりっと来るような感じ、と言うのかの?
たしかに気持ちいいが、今はそんなことはどうでもいいの。
二人を待たせるのも悪い。下へ戻るとしよう。
「お待たせじゃ」
「おー、普通に似合ってるな」
「ですね。よくお似合いですよ、まひろさん」
「そうか? ありがとな、二人とも」
服装を褒められると言うのは、地味に嬉しいものじゃな。
……む? 儂、今までそんなこと思っておったか?
まあいいか。
「それで、どうするんだよ?」
「どうする、とは?」
「いや、どう見てもそれ『TSF症候群』だろ?」
「そうじゃな」
「ってことはよ、お前、一度国に連絡しないとダメなんじゃね?」
「……む。たしかに。しかし、面倒じゃな……」
「面倒って……まひろさん、さすがにこれからの人生に大きくかかわるような物なんですから、めんどくさがらず、連絡をした方がいいと思いますよ」
「そうだぞ。調べた限りじゃ、発現した能力とかも調べるんだろ?」
「まあな。一人で調べるには無理がありそうじゃからのう」
食事がいらない、とか、トイレに行く必要がない、みたいな能力が欲しいのう。寝ていたいし。
「じゃ、早く連絡しろよ」
「そうじゃな。面倒じゃけど、仕方ないかの」
二人に促されて、儂はスマホを取り出すと、インターネットで『TSF症候群』に関する物を調べ、国が運営しているHPを開く。
そこには、『TSF課』という部署に繋がる電話番号が表記されていた。
ちなみに、この『TSF課』は『TSF症候群』が発生しだして約三ヶ月後くらいに、厚生労働省内に新たに設立された部署じゃ。
三ヶ月とは、意外と早い。日本にしては。
まあ、WHOとかから何か来たらしいがな。
生憎と、儂はこの病気が発生した十年前と言えば、まだ六歳じゃったからそこまで覚えてはおらん。
寝てばかりじゃったし。
おっと、そんなことを考えてないで、さっさと済ませるとしよう。
表記されていた電話番号にかけると、一コールで繋がった。早いのう。
『もしもし、厚生労働省 TSF課です』
「もしもし。すみません、『TSF症候群』を発症してしまったようでして……」
『発症者の方ですね? わかりました。それでは、氏名と年齢、生年月日と元の性別に、現在在籍している学校、もしくは会社名と、住所をお教えください』
「桜花まひろです。年齢は十六歳。生年月日は2006年の2月14日で、元は男です。現在は、水無月学園に在籍しています。住所は――」
細かいところまで全部話す。
しかし、敬語は面倒じゃのう……。
肩が疲れるわ。
『ありがとうございます。早速、検査をしたいのですが、この後お時間はありますでしょうか?』
「問題ないです」
『ありがとうございます。では、職員をそちらに向かわせますので、自宅で待機しているようお願いします。それから、保護者の方などは……』
「すみません。両親は揃って出張中で……祖父ならいるんですけど、いないとダメですか?」
『そうですね、お爺様がいらっしゃるのであれば、ご一緒の方がよろしいかと。今後の生活に関わってきますので』
「わかりました。今は散歩中ですが、もうすぐ帰ってくると思いますので、伝えておきます」
『ありがとうございます。それでは、今から必要な持ち物を言いますので、そちらも持参するよう、お願いします。まず、印鑑ですね。それから、筆記用具をお願いします』
「わかりました。用意しておきます」
『よろしくお願いします。二十分くらいで到着するかと思いますので、少々お待ちください。それでは、失礼しまう』
「はい」
終了。
「終わったか?」
「うむ。問題なしじゃ。二十分後くらいに職員が来るそうじゃぞ」
「そうか。んじゃ、留守の間は俺達がここにいるか?」
「む、留守番をしてくれるのか?」
「おうよ。さすがに、時間かかるだろ? 一日かかる場合もあるって話だからな」
「むぅ~、嫌なことを聞いたのじゃ……。眠いと言うのに、一日とは……」
「まあ、仕方ないですよ。こればかりは。ともあれ、留守は僕と健吾さんにお任せください。あぁ、間違っても部屋を漁ることはないので、安心してください」
「いや、そもそも儂は男じゃぞ?」
「今は女だろ」
それもそうか。
しかし、元男の部屋を漁ったところで、何がいいと言うのか。
エロ本はないぞ? エロゲならまあ、なくもないが……。
でも儂、エロシーンとか興味ないしのう。ストーリーが面白いから見てるわけであって、あの部分はCtrlキーでスキップじゃし。
ま、さすがに漁らんじゃろ。
「あ、いやでも、まひろの爺ちゃんがいるのか?」
「いや、どうも保護者同伴の方がいいらしくてのぅ。なので、爺ちゃんにも来てもらうことになった」
「そうか。じゃ、俺らで留守番してるかー」
「こちらはおまかせを」
「うむ。助かる。……さて、あとは爺ちゃんが帰って来れば――」
「帰ったぞー」
玄関の方から爺ちゃんの声が聞こえて来た。
どうやら帰って来たらしいのう。
「まひろや、健吾君と優弥君でも来とる……の…………か?」
健吾と優弥が来ておると言う事に気付いた爺ちゃんは、柔らかい笑みを浮かべながらリビングに入って儂の姿を視認するなり、笑顔のまま固まった。
「まー、そういう反応になるわなぁ……」
「むしろ、こうならない方が不思議では? というより、ご老人にこういった現象を見せるのは大丈夫なんですかね?」
「……あー、すまん。爺ちゃん。儂じゃ儂。まひろじゃ」
笑顔で固まる爺ちゃんに、儂は少しだけ言いづらそうに自身がまひろであると告げると、
「……お、驚いたわい。本当にまひろかのう?」
「うむ、儂じゃ」
「……そ、そうかそうか。なるほどのう……もしや、てぃーえすえふ症候群とやらか?」
「そうじゃ」
「ほ~う、なるほどのう……こりゃまた、随分とめんこい娘になっちまったのう……」
「……爺ちゃんとしては、この姿は困惑する、か?」
個人的に、大好きな爺ちゃんが今の姿の儂に対して困惑するかどうか……というより、拒絶されないか心配になって、恐る恐る尋ねてみると、爺ちゃんはいつもの優しく柔らかい笑みを浮かべて、
「はっはっは、まひろがどんな姿になろうと、わしの大事な孫じゃ。気にせずともよいよい」
そう言ってくれた。
「爺ちゃん……」
いやもう、爺ちゃんがマジで優し過ぎてじーんと来る。
さすがじゃ……儂も将来、こんな風な老人になりたい。
「あ、そうじゃ。爺ちゃん、この後一緒に行ってほしい場所があってな、大丈夫かのう?」
「もちろんじゃとも。それで、どこへ行くのかの?」
「国の施設じゃな。諸々検査とかがあるみたいじゃ」
「そうかそうか。それは行かねばならないのう。して、それはいつ頃来るのかのう?」
「二十分後と言っておったな」
「では、わしも軽く準備をしてこよう」
「了解じゃ。儂も準備してくる。……あ、二人とも。儂らが行った後、昼飯は昨夜の残りのカレーでも食ってるといい」
「お、いいのか?」
「うむ。留守番してもらうからのう。まあ、礼がカレーだけというのも、申し訳なく思うが……」
「いえいえ、まひろさんの料理は美味しいので一向に構いません。ありがたくいただきます」
「そうか? ならよいが」
なんとも良い親友を持ったもんじゃのう、儂は。
準備を色々と終え、儂らは留守を二人に任せて、家を出た。
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