爺口調な男子高校生が、のじゃろりになってなんてことない(?)日々を送るだけの日常
九十九一
日常1 始まり。驚きが薄い男の娘
高校生活最初の春休み(中学卒業後は含めない)。
夏休みほどの長期休暇ではないものの、学生にとってはまさに夢のような時間であろう。
高校一年生の学年末テストを乗り切り、ほぼ顔も知らぬ三年生の卒業式に出席した翌週に、儂等在校生の終業式があった。
ようやく休めると、思ったものじゃ。
なにせ、学園に通うの、面倒じゃし。
終業式が終わり、教室で担任のHRを聴きながら、ぐでーっと机に突っ伏す。
「お前らも知っての通り……というか、楽しみだった春休みが明日から始まる。遊んだり、ぐーたらしたりするだろうが……宿題はちゃんとやれよ。やってこなかったら、さらに宿題増やしてやらせるからなー」
という、担任の意地の悪いセリフに、クラス中から『えー』とか『だりぃ』とか、やる気のなさそうで、面倒くさそうな声がそこらかしこから上がる。
うむ、儂も正直宿題は面倒で仕方ないんじゃが……まあ、少しでも長くぐーたらするために、もうすでに終わらせてあるわ。
やはり、ぶっ通しでぐでーっとするのが最高じゃしの。
儂はある意味、勝ち組じゃな。
「それから、怪我や病気には気を付けろよー。特に、あの病気にはな」
担任があの病気、と言うと教室ないがややざわついだ。
まあ、無理もない。あれは、特殊な病気じゃなしなぁ……いや、そもそも、病気と言っていいのかはわからぬが。
『あの病気、マジでなってみてーよなー』
『わかるぞ。だが、あれって発症率クソ低いしなぁ……』
『世界で千人程度じゃなかったか?』
『たしかそんくらい。しかも、国からも保障されるみたいだしさ。勝ち組だよなー』
女子も少し話しているが、どっちかと言えば男子の方が盛り上がっている。
「お前らの気持ちもわかるが、あんましなるなよー。結構面倒らしいぞ? どんな能力かを調べられるし、あまりに強力なもんだと監視もつくらしいしなー。場合によっちゃ、他国が攫いに来るらしいぞ」
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら、まるで脅すように話す担任。
毎度思うが、この担任、絶対性格悪いじゃろ。
「と言っても、あれにかかる奴は、相当な強運……いや、不運だろうな。面倒そうだし。ま、もしもかかった奴がいたら、国に連絡入れて、ちゃんと診察受けて来いよー。まあ、まずかかることはないだろうがな」
担任よ、そういうのをフラグというのではないのかの?
なんとなくじゃが、このクラスの誰かがかかっていそうな気がするぞ、儂は。
「そんじゃ、これでHRは終わりな。お前ら、気を付けて帰れよー」
だるそうに言って、担任は教室を出ていった。
すると、ざわざわとクラスが騒がしくなり、どんどん教室からクラスメートたちが出ていく。
儂も、そろそろ帰らねばなぁ。
「おーい、まひろ。帰ろうぜー」
「帰りましょう、まひろさん」
「んー、健吾に優弥かぁ。うむ、帰るか」
っと、ここで自己紹介せねばな。
儂の名前は、桜花まひろ。どこにでもいる、ごく普通の高校一年生の男子じゃ。
……む? 口調が変? 爺くさい? 仕方なかろう、昔からこれなんじゃから。
身長はギリギリ平均に届かないくらいで、黒髪黒目の純日本人じゃ。
まあ、髪は馬鹿みたいに長いんじゃが。
「てか、まひろずっと寝てなかったか?」
「寝ておらんぞ。儂は、机に突っ伏して目を閉じていただけじゃ」
「それは寝てるって言うだろー」
と、今会話している男は、儂の幼馴染である、笹西健吾じゃ。
色黒で若干筋肉質な感じの男じゃな。
顔立ちはどっちかと言えば整っているんじゃが、本人曰く『二次元にしか興味ねぇ!』だそじゃ。
あと、野郎とつるんでいる方が楽しいんじゃと。
まあ、わからんでもない。気楽じゃしな。
「まひろさん、よだれが垂れてますよ。これで拭いてください」
「む、すまないな、優弥。助かる」
敬語で儂に話しかけてくるのは、三島優弥。
普通にイケメンな奴で、交際経験も多いんだとか。
もともとは黒髪じゃったが、今はダークブラウンに染めている。
まあ、似合ってるんじゃがな。
やはり、イケメンだからかの?
「では、帰りましょうか」
「うむ」
「おう」
帰ったらゴロゴロするかの。
「昔っから毎度思うけどよ、なんでまひろって爺口調なんだ? 普通、変じゃね?」
「む、そうかの?」
「ええ、健吾さんの言う通りですね。僕も前々から気になっていましたが……何か理由があるんですか?」
「理由のう……まあ、なくはないの。聞きたいのか?」
「「それなりに」」
「そうか。まあいいかの」
と、簡単に今の口調になった理由話した。
まあ、そこまで深刻なものではない。
自然とこうなっただけじゃしな。
今の口調になった原因は、儂の爺ちゃんにある。
儂は所謂おじいちゃん子というもので、爺ちゃんが大好きじゃ。
二世帯住宅じゃたから、爺ちゃんは儂ら家族と一緒の家に住んでおってな、ちょこちょこ遊んでもらっておった。
で、その爺ちゃんが今の儂みたいな爺口調でなぁ。
それを幼稚園――下手をしたら、もっと前くらいから聞いていたもんじゃから、気が付けば今の口調が形成されていたわけよ。
「どんだけじいちゃんが好きだったんだよ、まひろ」
「んー、まあほれ、健吾も知っていると思うが、儂の両親、仕事で忙しくてほぼほぼ家にいなかったじゃろ? だから、爺ちゃんと一緒にいる機会が多かったんじゃ」
「そりゃあ知ってるけどよ……だとしても、よほど好きじゃなきゃ口調までうつらないと思うぜ?」
「そうですね。まあ、幼少の頃と言うのは、周りに影響されやすいものですし、偶然そう言う環境になってしまっただけでしょう。まあ、いいのではないですか? まひろさんには似合っているわけですから」
「優弥の言う通りじゃな。……ふぁあぁぁぁ、眠いのぅ……」
優弥の言葉に適当に相槌を打ちつつ、でかい欠伸をして、目を擦る。
「眠いって言うけどよ、どうせまひろは寝てるんだろ? いつものことだし、宿題も終わらせてそーだしな」
「まぁ、もう終わっているが?」
「だろうな。大方、『宿題を先に終わらせておけばゴロゴロし放題じゃ!』とか思ってんだろ?」
「さすが健吾。よくわかっておる」
「そりゃ、幼馴染だしな」
それもそうか。
幼稚園時代からの仲じゃしの、こやつとは。
そりゃ、儂の考えはお見通しであろう。
「まひろさんは、夏休みや春休みと同じ過ごし方で?」
「うむ。基本的な家事をする以外は、ゴロゴロしながら、爺ちゃんと適当に過ごす予定じゃ。食事は……まあ、簡単なものじゃな。儂らは普通に蕎麦とかうどんが好きじゃからのう。適当に済ませるつもりじゃ。……ま、凝ったものも作れないことはないが、めんどうじゃし」
「祖父と二人暮らしってのも、案外大変そうだよな」
「いや、そうでもないぞ? 何せ、爺ちゃんもわりとだらけるタイプじゃからな。誰にも邪魔されず、ゴロゴロできるわけで、ある意味では最高じゃ」
リビングのど真ん中で寝転がってみたりとかの。
あれはやはり、理解の得られる爺ちゃんがいてこそじゃろ。
「でもよー、ずっとゴロゴロすんのもよくないと思うぜ、俺は」
「そうか? 儂はできることなら、ずっと寝ていたいんじゃが……」
布団でぬくぬくとしながらゴロゴロと。
枕元にはマンガやラノベがあるといいのう……。
ふむ……もういっそ、リビングに布団を敷いて生活するかの? できないことはないわけじゃし……というか、楽。
そうすれば、爺ちゃんとも長くいられるしの。
「そう言えば、話は変わりますが、まひろさんは髪を切らないんですか?」
「む? あー、これか? 正直、切りに行くのがめんどうでなぁ……」
「つーかそれ、小学六年生くらいから伸ばしてね?」
「む、もうそんなになるのか」
「長すぎて、女子みたいだぞ、お前。まあ、顔立ちは女子よりだし、言うほど違和感はないんだけどよー」
「心外じゃぞ。儂は男じゃ!」
と、そのようなやり取りからわかる通り、儂は自身の容姿をネタにされたりしている。
どういうわけか、昔から容姿が女っぽくてなぁ。これでも、れっきとした男なんじゃが……健吾のように、女に見える、とか言う奴が現れる。
まあ、儂の髪の毛に問題がないわけじゃないんじゃが……。
と言うのも、先ほど健吾が言ったように、儂は小学六年生くらいから、髪を切っていない。面倒になったのじゃ。
まあ、別に周囲から文句も言われないし、いいか、という理由でな。
あと、単純に床屋とかに行くのが面倒だった。
別に行かなくてもいいじゃろ、髪如き。
まあ、前髪だけは爺ちゃんが切ってくれてるんじゃがな。さすがに、前が見えないと、面倒になる場面があるので。
ちなみに、高校の面接の時は後ろで結わえていた。
さすがにそのままで行くわけにはいかんじゃろ。
まあ、自由を尊重する学園で助かったがな。
でなければ、面倒じゃが切る羽目になっておったしな。
まあ、それが原因で一度女子の制服が誤って送られてくるという事態も発生したがの。
「でも、切りに行く手間よりも、髪の毛を洗う手間の方が多くないですか? それ」
「まあ、優弥の言う通りではあるんじゃが……何と言うかこう、ここまで来たら、限界まで伸ばすのもありかな、と」
「腰元くらいまで伸ばしているようですからね。たしかに、そこまで行くと切りたくなくなりそうです。ですが、そう髪が長いと、先ほど健吾さんが言っていたように、余計女性に見られるんじゃないのですか?」
「……まあ、見られるのぅ。儂は男じゃと言うのに、たまーにナンパされるしな。まったく、男じゃと言うのに……」
「いやまあ、普通に見たらまひろって美少女に見えないこともないしなぁ……。こう、ぐーたら系の。髪長いけど、ぼさぼさだしな、ちょっと」
「ま、髪質がやや硬いからのう。じゃが、今更切る気はないな」
プライド的なもの。
やはり、面倒だったから、と言うのが理由でも、ここまでやればいっそ伸ばしたくもなる。
「もういっそ、女だったらよかったのにな」
「ふっ、あり得るわけがなかろう。儂が女子になったところで、何も変わらんよ」
「ですが、担任が言っていたではないですか。あの病気には気を付けろ、と」
「あー、あれかー……儂、そこまで運は良くも悪くもない方じゃし、大丈夫だと思うんじゃが」
「世に人はそれをフラグという」
「変なことを言うでないわ。そもそも、発症原因は不明。発生した原因も不明。そもそも、病気なのかすらも不明。そんな病気を儂が発症させると思うか?」
「ま、それもそうだな。『TSF症候群』だったか? あれに名前を付けた奴は、TS作品が大好きだったんかねぇ?」
「さぁの。話を聞く限り、面倒くさそうじゃし、どうでもいいがな」
健吾が今言った『TSF症候群』とは、まあ……簡単に言えば、性転換病と言うものじゃ。
ライトノベルやマンガなどで見かけるような病気で、今から十年ほど前に初めての発症者が確認された病。
病、とは言っても、そこまで問題があるわけではなく、むしろ発症者のメリットになる場合の方が多い。
この病、創作物で扱われているような物でありつつも、無駄に特殊なものが付与されている。
というのは、この病を発症すると、最大で三つ、特殊な能力が備わるというものじゃ。
現在確認されている物を上げると、魔法が使えるようになったとか、身体能力が大きく向上しただとか、怪我の修復ができるようになった、などがある。
たしかにどれも便利そうなではある。
まあ、変に目立つだけじゃろう。
それから、この病の特徴として、発症すると美男、もしくは美女になる、というものがある。
最初はなぜかわからなかったが、最近の研究である程度は解明されたらしい。
どうやら、その変化した姿と言うのは、発症者の最も好みとする異性の姿が元になっているというのだ。この時点で馬鹿らしいのじゃが、本当のことじゃ。
要は、理想の異性になる、ということじゃな。
ちなみに、現実に興味がないと言った場合は、二次元の好みのキャラに近い容姿になるようじゃ。
現状、この病を治す手段は見つかっておらず、それどころか先ほど儂が言ったように発症原因は不明。
未知のウイルスなのか、それとも染色体等によるものなのか、不明というわけじゃ。
発症者が多ければ研究も進み、治す手段が見つかりそうではあるのじゃが……生憎と、この病は発症率が限りなく低い。
十年前からの物だと言うのに、現在は世界に千人ほどしかいないわけじゃしな。
一応、発症率は五千万人に一人、と言われているらしいが、もしかするともっと確率は低いのかもしれぬ。
それから、この『TSF症候群』の略じゃが、まあ『TranceSexualFantasy』の略じゃ。
本来の使われ方としては、性転換することなのじゃが、この病の場合は、特殊な能力が備わるという点から、こういう名前になっておる。
「あの病気、男女関わらずかかりたい、って奴が多いよな」
「まあ、理想の異性になれるわけじゃしな。そりゃあ、かかりたいと思うものじゃろ。クラスメートの誰かが言っていたように、国からの保障も出るわけじゃから」
この病気は、あまりにも稀有すぎる上に、ぶっ飛んでいるものなので、国からの保障が出るようになっている。
申請すれば戸籍関係のものの書き換えも行ってくれるし、必要経費ということでお金も支給される。あとはまあ、研究対象が減らないように、という理由なんじゃろうが、野垂れ死にしないよう、生活の保障も受けることができる。
そう言う意味では、たしかに勝ち組なのかもしれない。
何せ、働かなくても普通に生活ができるわけじゃからな。
……まあ、おそらくそこにも何らかのルールが存在すると思うがな。現状、性転換した者たちは仕事に就いていらしいしの。
多分じゃが、アルバイトでも何でもいいから仕事に就いていないと、保障は得られないのではないか? と言うのが儂の考えじゃ。
でなければ、ニートが蔓延っていそうじゃしな、発症者で。
まあ、就職難の場合は仕方ないんじゃろうが。
「能力が備わるのはちょっと羨ましくね?」
「まあ、そこは否定しないのう。なんでも、食事が必要なくなるという能力もあるそうじゃからな。それさえあれば、食事にかける分の時間を睡眠に充てることもできそうじゃし」
「まひろさんは、いつも寝る事ばかりを考えていますね」
「そりゃそうじゃろ。睡眠が一番好きじゃからな。人間の三大欲求の内、儂は睡眠欲が一番強いのじゃ。できれば、一日ずっと寝て過ごしたいのう」
なので、そう言う意味では病気にかかりたいと思っておる。
「ほんとお前、睡眠第一だし、めんどくさがりだよな」
「ふっ、褒めるでない」
「いや、褒めてねーから」
やはり、男同士で軽口を叩き合うと言うのは、楽しいのう。
女子は色々と面倒らしいからな。
男と言うのは、色々と楽と言えば楽なものじゃ。
「あぁ、春休みですが、どこかへ遊びに行きませんか? せっかくの長期休みですか」
「お、いいなそれ。どこ行くよ」
優弥が遊びに行こうと言い出すと、健吾がそれに乗った。
「儂は寝ていたいんじゃが……」
「別にいいじゃんかよ。寝てるだけだと、体力落ちるぜ?」
「むぅ、否定できん……」
「遊びに行くのが嫌でしたら、誰かの家に集まって遊ぶ、と言うのはいかがでしょう」
「ふむ……まあ、それならいいじゃろう。室内ならば、行き帰りだけの運動量で済みそうじゃからな。まあ、本音を言えば、家から出たくはないのじゃが……」
「んじゃ、どうせなら俺かまひろの家で遊ぶことにでもするか? それならいいだろ?」
「む、それは優弥がちと厳しくないか? 遠いわけでもないが、決して近いとも言えんし」
儂と健吾は幼馴染で、家が近所――というか、隣同士なので楽である。
向こうも儂の事を知っておるしな。
じゃが、優弥はそうではない。付き合いは中学校からじゃが、家的にはやや離れている。
徒歩で……まあ、十三分程度と言ったところか。
いくら儂が家から出たくないとはいえ、友人に無理強いをするほどではない。
ちなみに、爺ちゃんは儂が遊ぶ姿を嬉しそうに見るタイプなので、問題なしじゃ。
「いえ、僕は特に問題ありませんよ」
「む、いいのかの?」
「ええ。まひろさんはそう言う方ですからね。ならば、僕が面倒ごとを引き受けましょう。それに、僕は動くこと自体嫌いではありませんから」
「そうか。すまないな、優弥」
「いえいえ」
優弥は本当にいい奴じゃなぁ。
こう言う奴を優等生と言うのかの?
なぜかはわからぬが、儂の為に色々としてくれるし、なぜか儂を優先的に考えてくれているみたいじゃしな。何がいいのやら。
ただ、こいつは文武両道を地で行くような奴じゃからなぁ……。
実際、ものすごくモテるしの。
羨ましいとは特に思わん。彼女とか作る気はないしな。もちろん、彼氏なんてものも作る気は甚だない。
そもそも、儂のことを好きになる異性などいるはずはなかろう。
儂だし。
「そんじゃ、早速明日遊ぼうぜ。朝から遊ぶか?」
「むぅ……儂はとりあえず、寝ていたいしのう……とりあえず、十時頃で頼む。それまでには多分起きているじゃろう」
「おう、了解だ」
「分かりました。では、その時間に。お土産も持参するので、楽しみにしていてください」
「お、優弥の土産となると……緑茶と羊羹じゃな?」
「ええ。美味しいものを用意しましょう」
「うむ、楽しみじゃ」
「ほんと、まひろって趣味も爺くさいよな……。好物が、緑茶と羊羹だし。ってか、趣味ってなんだったっけか?」
「趣味か? 寝ることと、時代劇を観ることとクロスワードと言ったところかのう。ま、ラノベやマンガも好きじゃがな」
「……マジで爺くさいな」
微妙に呆れたような反応をする健吾。
儂の趣味って、爺くさいのかの?
これも、爺ちゃんの影響じゃからなぁ……。
「おっと、ここまで来ましたね。では、僕はこれで」
「うむ。また明日な、優弥」
「じゃなー」
「ええ、それでは」
いつもの分かれ道に辿り着き、優弥が離脱。
まあ、儂と健吾の家もここから近いんじゃけどな。
すぐそこじゃし。
「そんじゃ、俺も帰るかねぇ。また明日な、まひろ」
「うむ。また明日の」
軽く挨拶を交わしてから、儂と健吾はそれぞれの家に入って行った。
夜。
「さて、夕飯か……何にしたものか」
「爺ちゃん、何か食べたい物はあるかのぅ?」
儂が声をかけた先には、時代小説を静かに読む、なかなかに渋い顔立ちの老人。
儂の爺ちゃんである、桜花源十郎じゃ。
実は儂が小学生の頃、一時爺ちゃんが死にかけるような出来事があったんじゃが、奇跡的にそこから快復し、今でも仲良く暮らせておる。
入院時に、世界中を旅する婆ちゃんが爺ちゃんの病室を訪れ、すごく安堵した顔をしておったのをよく覚えておる。
死ななくて、本当によかった。
「そうじゃのう……まぁ、まひろが作る物なら何でも嬉しいぞ、わしは」
「そう言われると嬉しいが、ちと困るのう」
儂はリビングにある台所にて、夕飯をどうしようか悩んでいた。
爺ちゃんに食べたい物を尋ねるが、爺ちゃんは優しい笑みを浮かべながら、儂が作るものなら何でも嬉しいと言う。
嬉しいんじゃが、地味に困ってしまうわい。
爺ちゃんの言葉に内心苦笑いをする。
ちなみに、今の時間は夜の七時半。
家に帰って来てから少し寝た結果じゃな。
学園は午前だけじゃったし。
昼食は適当に買ってきて済ませたが、あまり無駄遣いはしたくないしのう……。
お金自体は、両親からの仕送りもあるし、爺ちゃんの貯蓄もあるから一応問題ないが、それでも無駄遣いは避けたいところ。
と、なると……コスパ的にはカレーか。
あれなら、大目に作っても後日食べられるし、何だったら明日来る健吾と優弥にも出せばいいか。
うむ、そうするとしよう。
「ならば、早速作るかの」
「ふぃー、ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした。うむうむ、孫が料理上手になってくれて、爺ちゃんは嬉しいぞ」
「ははっ! 儂も、爺ちゃんに美味しいと言ってもらえて嬉しい。それに、爺ちゃんはおかわりもするからのう! 作り甲斐がある」
二人して仲良く話す。
儂の家は、小学生の頃から親の出張が多く、家事をする機会も多かったため、儂は無駄に家事ができるようになってしまった。
別段悪いわけじゃないんじゃがな。
あっても困らんスキルじゃし。
まあ、できればぐーたら過ごしたいものなんじゃが……そこは仕方がない。
爺ちゃんも料理はできるが、爺ちゃんが一時入院して以降は、儂がほとんどの家事をしておる。たまに爺ちゃんが料理を作ってくれることもあるがな。
その時はかなり嬉しい。
「……さて、風呂も沸かしてあるし、さっさと入ってくるかの。あ、爺ちゃん先に入るか?」
よっこらせと立ち上がる途中で、儂は爺ちゃんに風呂に先に入るか尋ねる。
「いや、まひろから先に入ってくるといい。わしは後で問題ないぞ」
「ならば、先に入って来るぞ!」
「うむ、しっかり温まって来るのじゃぞ。まだまだ、夜は冷え込むでな」
「うむ!」
「む……やはり、髪が長いと洗うのも大変じゃな。まあ、自業自得なんじゃが」
風呂に入り、早速頭を洗い始め、そんなことを呟く。
今更思うのじゃが、男で腰元まで髪を伸ばすってどうなんじゃろ?
一昔前のヤンキーみたいじゃな。あ、いや、ヤンキーというより暴走族か?
襟足を伸ばす、みたいな。
……まあ、儂は単純にめんどくさがりなだけじゃが。
やはり、いっそのこと切るか……? いやいや、それは避けたい。
このまま伸ばす。そう決めたはずじゃ。
ならば、このままでいくのみ。
適当に体を洗って風呂から上がると、変わりばんこに爺ちゃんが風呂に入り、そこで部屋に行くと伝え、そのまま二階へ。
うちは二階建てのごく普通の一軒家。
まあ、ちと大きめなので、二人で暮らすにはやけに広いんじゃがな。
とはいえ、二人で暮らすにはマジで広すぎるが……まあ、広いから好き放題できるので、別に問題はないがな。
二階の自室に入るなり、髪を特に乾かすこともせず、自室のベッドにダイブ。
おー、やはりこのふかふか加減がいいんじゃよなぁ……。
ベッド最高。
「……『TSF症候群』のぅ」
なんとなしに、スマホで検索してみる。
SNSでの呟きやら、どうやったら発症するのか、とか、『TSF症候群を発症したい紳士淑女の集い』などというよくわからんものまでヒットする。
見ている限りじゃと、この病にかかりたいという者が多い。
どれだけ性別を変えたいだろうか?
儂は別にどうもでいい。
ぐーたら過ごし、こうして爺ちゃんと一緒に過ごすということさえできれば、儂は十分じゃからな。
性転換しようがしまいが、生活の仕方は変わらんよ。
「……しかし、露骨なものばかりじゃな。特に男の方。美少女になって、あれこれしたい、とはのう……」
そこまでして、美少女・美女になりたいと言うのか。
反対に、女の方は、イケメンになりたいとかなんとか。こっちもまあ……かなり露骨なんじゃな。というか、下手したら男より酷くないか?
よくわからないものじゃな。
「……さて、儂はそろそろ寝るかのう」
スマホの画面を消して、儂はすぐに夢の世界へと旅立っていった。
翌朝。
ピンポーン ピンポーン
「んっ……ん~……なんじゃぁ?」
インターホンの音で目が覚めた。
もぞもぞと動き、スマホで時間を確認すると、午前十時と表示されていた。
「む……いかん、健吾と優弥が来る時間……いや、もう来ておるのか……?」
頭の中がぼや~っとするので、整理のつもりで独り言を口にすると、どことなく違和感が。
むぅ……なんじゃろうか。
今、変な声が聞こえたような気がしたんじゃが……まあいいかの。
めんどくさいし。
「……とりあえず、眠くて頭は回らんが……玄関に行くかの」
未だぼ~っとする頭でなんとかそう決めて、動き出す。
むぅ? 儂のベッド、こんなに大きかったかの……?
……まあいいか。寝ぼけているだけじゃろ。
「……わわっ、っとと……むぅ、儂、痩せたか?」
立ち上がると、足を滑らせて転びかけた。
危ない危ない、気を付けねば……。
……んー? 儂、こんなに背が低かったかの?
…………ま、気のせいじゃな。背が縮むなんてこと、あるはずがなかろう。
じゃが、こころなしかズボンが小さいような気もするが……ならば脱げばいいか。
……む、しまった。なんかパンツまで脱いでしまったような……まあいいか。気心知れた二人じゃし。
なんだったら、よく風呂にも行ったりするしの。
というか、二人とも普通に林間学校とか修学旅行で一緒に行動するから、風呂とかもほぼ一緒じゃったし。
まぁ、今更恥ずかしがるような関係じゃないな。
……本音は面倒くさいから。
「おー、なんじゃろう、すごくすーすーするぞ」
Tシャツがワンピースみたいになってるから、結構すーすーするのう……。
まあ、これで目を覚ますのもありじゃな……じゃが、やっぱりすごく眠い。
できることならば、おふとぅんに戻ってぬくぬくしたいところじゃが……まあ、仕方ない。
友人を外に放置したままは良くない。
Tシャツ一枚という状況で、現れたとあったら、いくらあの二人と言えど、普通に変態だと思いそうじゃな。
……まあいいか。今更着替えるのも面倒くさい。
なんて思いながら、儂は玄関に到着。
……む? 扉、こんなに大きかったか? まあいいわ。
鍵を開けて、ガチャリと開けると、
「おう来たぞ、まひ……ろ!?」
「まひろさん、お土産のりょく、ちゃ……と……はい!?」
二人が玄関の前でいつも通りの様子で立っていた。
しかし、なぜか儂を見た瞬間驚愕に目を見開いていた。
と、そこで何か違和感を覚えた。
「……む? 二人とも、成長したか?」
あぁ、身長か。
なんだか、二人が妙にでかく見える。
儂が顔を上に向けないとよく見えん。
こう見えてこの二人、儂より背が高いし、と言うか健吾は174センチで、優弥は180センチだったかの? たしか、そのくらい。
じゃが、だからと言って儂が頭を上に向けるほどじゃなかった気が……やはり、二人が大きく成長したのか?
「お、おおおおおおおおまおまおまままままま……!?」
「なんじゃ、どうしたんじゃ? 健吾。マザーコンプレックスにでもなったのか?」
「いやいやいやいや! ちげぇって! というかそうじゃない! お、お前……本当にまひろか!?」
「む? 儂はどっからどう見ても儂じゃろ。何を言っておるんじゃ?」
とうとう頭もおかしくなったのか? 健吾は。
「……まさかこれは。……まひろさん、もしや今のご自身の姿を見ていないのでは?」
「儂の今の姿じゃと? そんなもの、いつも通りぼさぼさの髪に男らしい顔立ちの儂じゃろ?」
「いや、男らしくはない」
「殺めるぞ、健吾」
儂は男らしいはずじゃ。
……女顔と言われるが。
「……ってか、お前、自分の声に気づいてないん?」
「声じゃと? 声……?」
……言われてみれば、何か変な気もする。
儂、こんなに声高かったかの?
試しに、喉元に手を当てて、あー、あー、と声を出してみる。
「……風邪か?」
「ボケてんのかお前!?」
「至って真面目じゃぞ?」
「僕としましては、声が高くなる風邪など聞いたことはないですが……とりあえず、こちらの姿見を見てください」
「一体何だと言うんじゃ……」
こっちは眠くてぼーっとしているというのに。
とりあえず、玄関にある姿見を覗く。
すると、
「……む? 誰じゃ? この幼い少女は」
そこには桜色の髪をした、幼い可愛らしい少女が映っていた。
ただ、やけに眠たげな眼をしておる。
睡眠が足りていないのではないのか? この少女は。
いかんぞ、睡眠はとらねば。
「……おい、優弥。こいつぜってー気づいてないって」
「そのようですね。……仕方ありません。ここは、僕が。……まひろさん、少々手間ですので、もうストレートに言わせてもらいます」
「なんじゃ?」
「そこに映っている幼女は……まひろさん、あなたです」
「……む? あぁ、これ、儂なのか」
なるほど、道理で目が合うわけじゃ。
納得したわ。
「……いや、お前の感想それだけかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
少女になった儂ではなく、健吾が叫んだ。
……どうやら儂、女になってしまったらしい。
そして思った。
これ、絶対めんどくさい奴じゃな! と。
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