31 ファーストキス

31



「馬鹿! 最低! なんでくちっ……移しなんてすんの!? 私っ、わたしっ……初めてだったのに!」

 

「……ごめん」


 そして私はエディの頬を平手打ちにした。

 真っ赤になったエディの頬に罪悪感が湧き、叩いた手にはピリピリとした痛みが広がった。


「もういい、出てって! 顔も見たくない」

 

 あの状況なら仕方ないのもわかる、けど気絶してて覚えてないとか。

 そういうのって、一生の思い出じゃんか。

  

 大人の男の人にとったらあのくらい、口が当たった程度なんだろうけど? 


(エディの頬、真っ赤になってた。さすがにやりすぎたかな……大丈夫かな?)


 と思うけど。


「いや、でも! 私は絶対悪くない……!」

(……さて、どうしてくれようか?)

 


 そして翌日、エディは何事もなかったかのように普通にいつも通り接してきて。


 お前、切り替え早すぎんか?


「あら、おはよう? 朝ごはん持ってきたわよ、あと食べたらお風呂入りましょうね! 昨日は入れなかったから気持ち悪いでしょう?」


「……チェンジ! リゼッタさーん! 変態執事がー! 私に、いやらしい事をー!」


 だが私はそんな簡単に切り替えるなんて出来ないし、してやらない。


「……え?」


「はい、カレンお嬢様! 私めがお風呂のお手伝いを致しましょうね? エディ坊っちゃんは書類の整理お願いしますね」


 年配のおば様メイドのリゼッタさんが、エディを部屋の外に流れるような動作でポイする。


「え、は? なんでリゼッタ!?」


「ばいばいー? エディ坊っちゃん? それとも、公爵家の嫡男さん?」


「え? なんでバレて……」


「昨日、厨房で聞いた! リゼッタさんがエディの乳母だったって事も! あと、私にえっちな事したのもチクッといた! ばーか」


「坊っちゃん、……リゼッタはエディ坊っちゃんを見損ないました。こんな成人前の婚約者でもない女の子になんて無体な……!」


「なっ!? 違っ……! あれは! ちょ、まって?」


 リゼッタさんによってエディは追い出され、扉はパタリと閉められて。


 ついでに鍵もキッチリ閉められて。


 私に平穏が戻ってきた。


 そしてリゼッタさんにはお風呂を手伝ってもらい、久しぶりに何の緊張せず優雅にお風呂。


(うむ、最高である)


 だってドア一枚の所にエディが待機してると思うと、やたら緊張してたし。


 昨日の夜。

 こそこそ隠れて厨房に行き、エディの事を全部愚痴ってきた甲斐があった!


 トーマス料理長とリゼッタさんにはエディの実家、オースティン大公爵家からやってきたって昼に聞いておいたからね。


「カレンお嬢様、お湯加減はいかがですか?」


「ちょうどいいよ、ありがとう」


「カレンお嬢様、使用人にお礼などおっしゃる必要は……」


「私もリゼッタさん達と同じ平民だからさ? 逆に私に敬語とかいらんよ」


「カレンお嬢様……ですが」


「……そういうの、私はあまり好きじゃないんだ」


「ふふ。お嬢様はほんと可愛らしいですわね」


「でしょう、でしょう? よく言われる」


(エディが居ないと平和、ちょっとは反省しやがれ。よくも貴族ってこと隠してたな!?)


 しかも私の大事なファーストキス、台無しにしやがって……あんにゃろ。


 


◇◇◇




 

 そして風呂上がり。


 昔馴染みの錬金術師に作って貰った魔道具【冷庫】をイクスから届けて貰ったっていたのでその中からエールを取り出して。


 ぐびーっと一気飲みする。


「ぷっ……はー、くぅー! 最高ッ! やはり風呂上がりにはエール!」

(さぁて、錬成でもしよっかな?)


 タンクトップにショートパンツ。

 そして上からオーバーサイズの白いシャツを羽織るだけというラフな格好で、カレンは研究室に一人向かう。


 やはりあの口うるさい小姑がいないと自由でいい、だがそれはつかの間の自由で。


 

 ――研究室の前ではエディが待ち構えていた。


「うげっ、なんでいんの?」


「貴女なんて格好で出歩いてるの! やっぱり阿保なの!? それとも……襲われたいの?」


「はあ? 私の普段着になんて事をいうんだ、痴漢の癖に」


「痴漢って。え、それって普段着なの……?」


「うん、イクスの普段着だよ? これで普通に外歩くよ?」


「貴女……実は襲ってほしいの……?」


「なに馬鹿な思考回路してんの? きもー! イクスじゃみんなこんくらい普通だよ? 私全然肌見せしてないほうだし?」


「え、嘘、まじ?」


 エディにとってそれはカルチャーショックであった。


「まじー。まぁいいや退いて?」


「いやよ? ……ちょっと、貴女に話あるの」


「えー? やだー変態となんて話したくないです! リゼッタさ……んぐぅ!」


 にたぁ……と。

 悪い笑みを浮かべたエディに。


 あ、ヤベ。

 と、思うカレンだったが。


 それは時既に遅し。


「誰が呼ばせるか。ちょっと大人しくしてろ?」


 エディに簡単に背後をとられ口を塞がれて。

 両手もひょいと掴まれて拘束されてしまい、色々と万事休すのカレンであった。

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薬の錬金術師。 千紫万紅 @latefall

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