4.神に祈りを。






「まったく、シルヴィアのやつ……」

「まぁ、仕方ないですよ。冒険者ってのは、基本的に我が強いんで」



 レイヴンになだめられつつ、俺たちは街を歩いていた。

 ダンジョン探索は後日とした方が良いだろう。マトモに前衛として戦える者がいなくては、そもそも話にならなかった。そんなわけで俺は、レイヴンの申し出に従って何も訊かずに歩いていたのだが……。



「その花って結局、何なんだ?」

「これですか。これはリカルドへの手向け、ですかね」

「手向け……?」

「リカルドの家族の墓、供える。街の北にある」



 彼らが手にした花束が気になり訊ねると、そんな答えが返ってきた。

 そういえば、殺されたリカルドには家族がいたという。思わず黙っていると、言葉を紡いだのは口下手なアレキサンダーだった。



「僕ら、悪いことしてた。だから神様に、お願い――リカルドも、家族と同じ場所、行けるように」

「……そう、か」



 小太りの青年は泣きそうな声色で言いながら、花束を抱きしめるのだ。

 その姿にどこか、胸が締め付けられる。たしかに俺がテイムするまで、二人はアドスの支配下で悪事を働いていた。それでも死後はせめて安らかに。そう願うのは人情というもの、なのかもしれなかった。


 だけど、それでも不思議なのだ。

 そんな彼らがどうして、あんな男の下にい続けたのか。



「どうして、二人はアドスのパーティーに……?」

「………………」



 俺が訊ねると、レイヴンは眉をひそめた。

 そして、どこか心地悪そうに――。



「信じてもらえるとは、思わないんですが――」



 悔やむような口調で、こう言うのだった。



「そのあたりの記憶が、ないんです。……俺はどうして、って」――と。







「アドスの支配下を離れた者は、必ず殺害される。そこに例外的な処置はなく、事情を知る者もいない。精神的支配を目的とするなら、あまりにも効率が悪い」



 王都の街並み。人の往来が激しいそこから離れて、シルヴィアは仄暗い路地裏を歩いていた。視線を端にやれば、そこには浮浪者が落ち窪んだ眼を少女に向ける。蠅がたかり、ネズミが動かなくなった人間をエサと考えてかじっていた。

 腐ったような臭いに眉をひそめ、それでも彼女はある場所へと歩みを進める。

 そして辿り着いたのは、打ち捨てられて久しい一軒の家屋だった。



「ここが、アドスの過ごした家……?」



 軋みを上げ、腐食の進んだ扉を開ける。

 すると埃っぽい空気が中から溢れ出して、思わずむせ返りそうになった。

 しかしシルヴィアはそれを必死に堪え、少しずつだが中を探索する。噂には聞いていたが、ここにはもう本当に誰も足を運んでいないのだろう。

 それこそ、持ち主であったはずのアドスさえ……。



「廃嫡された当時は十二歳。身寄りがなかったアイツを引き取ったのは、見ず知らずの老夫婦だったそうだけど……」



 彼らはその後に、どうなったか。

 考える必要もないはずだが、シルヴィアは何かが引っかかっていた。アドスの経歴は隅々まで調べ上げたと自負している。だがあるいは、だからこそ気になったのかもしれない。



「あの男が冒険者になって暴れ始めたのが、二十歳になる直前のこと。廃嫡されて以降、それまでには空白がある。あの暴れ者が何もせず、八年も静かに暮らしていたなんてあり得るの……?」



 シルヴィアは扉を一つずつ、慎重に開けながら口にした。

 自分の中で考えをまとめるためだろう。彼女はその違和感の答えが必ず、この家屋の中にあると確信に近い何かを抱いていた。

 そして最後の扉の前に立って、周囲を見回す。



「ここだけ、他の部屋より手入れがされていた……?」



 彼女が気付いたのは、比較的その部屋の周辺だけが整えられていること。

 何もかも手付かずになった他と異なり、ここだけには人の手が加えられた痕跡があった。それがいったい何を意味するのかは分からないが、少なくとも何かしらの理由があるはず。そして、それは――。



「……この中に、ってことね」



 シルヴィアは覚悟を決めて、ノブに触れる。

 口元を袖で覆い隠しながら深呼吸をして、ゆっくりと扉を開いた。



「…………うそ」



 すると、視界に飛び込んできたのは。



「なんなの、ここ……?」



 シルヴィアも想像しない光景だ。

 埃こそ被っているが、整頓された室内にはベッドが二つ。日差しが差し込む中で、それらには確かな膨らみがあった。棚に並んでいる本は、医学書だろうか。少女が先にそちらを確認すると、かなり読み込まれていることが見て取れた。


 まるでアドスという人物が住んでいたとは、思えないほど美しい空間。

 そのことに動揺しながらも、彼女はベッドの傍へ移動した。

 そして、ゆっくりとかかっている布を払うと――。



「え……?」



 そこには二つの、遺体。

 腐敗しないように薬でも使用したのか、まだ辛うじて人の形を維持している。しかしそれらはもう、生前の性別さえも確認できなくなっていた。


 そんな彼らはそれぞれに、指を組んで安置されている。

 まるで、そう――神に祈りを捧げるように。



「アドス、アンタはいったい……?」



 シルヴィアは窓から外を見て、思わずそう呟いたのだった。

 


 


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社畜は異世界転移して最底辺テイマーになりました。~くそ雑魚ナメクジ扱いで追放されたけど、どうやら俺のテイムは人間特効らしいので最強のパーティーを作ろうと思います~ あざね @sennami0406

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