3.各々の考え。
翌朝、衛兵がやってきて宿の外はちょっとした騒ぎになった。
それでも人間の死体が上がること自体、そこまで不思議なことではないのかもしれない。街の人々は口々に噂をするものの、至って平穏な日常に戻っていった。しかし日本で平凡な暮らしを謳歌していた自分には、想像以上の刺激だったらしい。
「タクト。アンタ、ずっと顔が土気色よ、大丈夫?」
「あ、あぁ……たぶん、大丈夫」
「嘘つきなさいよ」
冒険者ギルドで、シルヴィアが珍しくそう声をかけてきた。
それほどまでに自分は死んだ表情をしているのか。いや、自覚はあった。人生で人間の遺体を見たのは、亡くなった祖母の葬式くらいだったのだ。
そんな俺が、あのように凄惨な頭部を見たら――。
「う、おえぇ……」
――やばい。
下手に思い出したら、また吐き気が襲ってきた。
どうにか少女にバレないよう気を付ける。もっとも、それができている自信はなかったけれど、これ以上はいい加減に情けなく思えたのだ。
そう考えていると、レイヴンとアレキサンダーがギルドに現れた。
彼らは俺たちを見つけると、軽く手を上げて近付いてくる。
「どうしたんですか、タクトさん。……あれ、その手に握っているのは?」
「ん、これか……?」
そして、すぐに俺が握りしめていたある物に気付く。
手を開くとそこにあったのは、安っぽい装飾が施されたペンダント。記憶は判然としないが、たしか紙袋の傍に落ちていたものだ。とっさに手に取って今まで、離すことすら忘れていたらしい。
もしかしたら、被害者の持ち物かもしれない。
そう思って見つめていると、
「…………そう、か。リカルドは、殺られたんですね」
「え、リカルド……って、あの?」
レイヴンが、どこか感情を隠すようにして言った。
俺はそこに出てきた名前に驚き、訊き返す。すると言葉を継いだのは、アレキサンダーの方だった。
「それリカルドの、宝物。亡くした、家族との絆」
今にも泣きだしそうな表情で小太りの彼は語る。
たどたどしい口調は生来のものであるが、それに首を傾げているとレイヴンがまた言葉を引き取った。
「リカルドは天災で家族を亡くしてましてね。そのペンダントは、すべてを失ったアイツにとって唯一の宝物だったんです。毎日、祈るように肌身離さず持っていたのをよく見ました。ただ……」
「それが今朝の遺体の傍にあった、ということは――」
「アドス陣営からの見せしめでしょう。きっとオレと、アレックスへ向けての」
「…………」
淡々と、当然のことのように話すレイヴン。
それでも俺は胸のざわめきが抑えられなかった。たった一度の簡単な失敗で、あのような死に方を人間がしていいはずがない。もしそれがまかり通るなら、俺は日本にいた頃すでに三桁回数は死んでいるはずだった。
俺自身は義憤に燃える性格では、決してない。
それでもあまりの理不尽に、眉間の皺が深くなっていた。
「いったいアドスって何者なんだ。どうして、あんなに――」
「アドス・ガイゴールは、伯爵家出身の元貴族。あまりの粗暴さから、嫡男ながらに家を追い出されたって噂だけど」
こちらの疑問に答えたのは、シルヴィア。
「……元、貴族?」
「所持しているスキルは『剛力』だけど、聞くところによると他にも隠してる武器がありそうね。たとえば大勢の部下を無理矢理でも従えられるような、ね」
少女は興味なさそうにしながらも、しっかりとした声色で話していた。
どうやらレイヴンたちに訊くよりも彼女の方が、あの男については詳しいらしい様子。しかしふと、シルヴィアの言葉に一つ違和感を覚えた。
「待ってくれよ。スキルは一人一つだろ。どうして、そんなことを?」
「それは、そうね。ただ、そう考えないと説明がつかないでしょ? アイツの悪行は冒険者ギルドの人間なら、誰でも知っていることよ。それなのに誰も逆らわず、咎められることもない」
「そうだけど、でもどうしてお前は――」
俺の問いかけに、少女は誤魔化すように肩を竦める。
たしかに彼女の言う通りなのだが、俺が気になったのはその口振りだった。シルヴィアはもしかして、何か秘密を知っているのではないか。だからこそ、スキルを二つ、なんて例外的な考えを確信的に口にしたのではないだろうか。
だが、そのことを追求しようとした時。
「…………」
脳裏に、リカルドの半壊した頭部が浮かんできた。
吐き出しそうになりながら、次に思い出すのはレイヴンの言葉。
『物事の裏には、思わぬ怪物が隠れていることがある』
万が一、少女の裏にそんなものがあったら。
俺はそんな可能性を考えて、黙り込んでしまった。
「どうしたのよ、タクト。……まぁ、いいわ」
そんなこちらに、シルヴィアは眉をひそめる。
しかしすぐに気持ちを切り替えたのか、一つ息をついてからこう言った。
「アタシは少し一人で調べたいことがあるから。アンタたちは各々、自分の命を守るようにしなさい。……今日は解散」――と。
有無を言わさぬ口調。
しかし、俺はさすがに声を上げた。
「おい、なんでだよ。それこそシルヴィアが危険じゃないか! 昨日の今日で、こんなことになったんだぞ!? 絶対に一緒にいた方が――」
――安全、のはず。
アドスの標的は、俺たち全員だと考えられた。
だったらほとぼりが冷めて、日常が戻るまで静かにしていた方が良い。下手に相手を嗅ぎまわるような行動を取れば、火に油を注ぎかねない。
だけど、そんな俺の願いもむなしくシルヴィアは強い口調で反論した。
「どうにも平和ボケしてるわね。いったい、どんな国で生まれ育ったの?」
「な……!?」
一度離れた彼女だが、すぐに踵を返して俺の胸倉を掴む。
そして、睨み上げながらこう言うのだ。
「危険だから、なに? アドスはもう動き始めてる。だったら何もしないより、何か対策を打った方が何倍も安全策よ」
俺は何も言い返せない。
するとシルヴィアは、どこか蔑むようにこう続けた。
「少し期待したけど、やっぱり頼りない奴ね。どうしても怖いんだったら、アンタは一人で膝抱えて震えながら待ってなさい」
「く……! 違うぞ、俺は――」
駄目だ、会話になっていない。
いったい何が彼女の反感を買ったのか、それは分からない。そして何故、不必要にシルヴィアが単独行動を取りたがるのか、ということも。
俺はそれを指摘しようとした。だけど――。
「しつこい! アタシの事情に踏み入るな!!」
「な……シルヴィア!?」
それより先、彼女は足早に立ち去ってしまう。
俺たちはそんな少女の背中をただ、呆然と見つめるしかできなかった。
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